ネットワーク

ミカの機嫌が悪いのは、ここの領民が清貧を是としている所為ではない。


「すまんが、畑をよく見せてもらえるか?」


そう言った彼女に、農民は、


「ええ、ええ、どうぞ」


実に気前よく畑に立ち入ることを許した。商人だとは名乗ったものの実際には何者かもよく分からない相手にだ。畑の扱い方すら承知しているかどうか分からないような相手に大切な畑を好きにさせる。


この無責任さがミカにとっては許せなかったというのもある。


しかも、畑の土を手に取ってみると、程よく粘りがあり、それでいて湿りすぎていない、ロイドニア領の肥沃な土にも勝るとも劣らないいい土だった。


それで、ロクに手入れもしないで放置しているロイドニア領に比べればまだマシでも、土壌の点ではやや劣るはずのルベルソン領の半分にも届かないかもしれないという有様に怒っているのだ。


『ここの連中は、<清貧>なのではない。『自分達はセヴェルハムト帝国の民である』という自覚を持たず、ただ自分達だけが幸せに暮らせればいいと思っているだけなのだ……!』


と。


そう。今よりもう少し努力するだけで格段に生産力が上がり、ひいてはそれがセヴェルハムト帝国の国力そのものになるというのに、自分達の幸せだけで満足し、国のことなど何も考えていないのである。


なるほどこの世界全部がこの調子で穏やかに日々の暮らしに満足しているならそれでいいだろう。どの国も勢力の拡大を望まずそれで満たされているのなら。


だが、現実はそうではない。


物流が十分に発達しておらず、何万トン何十万トンもの食料や資源を一度に輸送する方法がない現状では、食料や資源を互いに融通しあう仕組みも十分ではないため、自国の国土だけでは国民を養いきれないとなれば他国から奪うことで賄うという発想が生まれるのが世の習い。


途方もない物量を一度に運搬できる大型タンカーや鉄道網、馬車では何ヶ月も掛かるような遠方までさえ一日と掛からず物資を届けられる航空機も存在しないのだからどうしても近隣の国を頼るしかないが、都合よくすぐ隣近所の国が食料や資源を融通してくれるとは限らない。


そもそも『他国に食料や資源を融通する』など、よほど余裕がなければできることではない。隣り合った国同士で常に融通しあえるなどという幸運が、そうそうあるはずもない。


だから奪うのだ。


<持てる国>が<持たざる国>に確実に支援の手を差し伸べることができるようになるには、惑星規模の物流および情報のネットワークが必須なのである。


そうすれば、どこか余裕のある国から食料や資源を調達するということも可能になる。そうして体勢を整えて、今度は自分達が困窮している国に融通するということができるようにもなっていくのだろう。


しかしそれらはすべて、<惑星規模の物流および情報のネットワーク>があってこその話である。


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