『この国は数年以内には滅ぶ』


実はウルフェンス自身、そういうことを何度か口にしたことはある。しかしそれは実際には、あくまで自らの危機感を煽り気を引き締めるためのある種の<ブラフ>でしかなかった。口ではそう言っていても、本音の部分では、


『まあ、まだ十年や二十年の猶予はあるだろう』


と見込んでいた。


なのに、ミカは、はっきりと、


『数年以内に滅ぶ』


と断言した。しかもとても<ブラフ>などとは思えない真剣な様子で。


そこまで言われてもまだウルフェンス自身には実感まではなかったものの、ミカが急ぐ理由の一つには違いないだろうとは彼にも思えた。


だから黙って彼女に従う。


彼女自身も言っていたように商人として貴族では知りえない情報を持っていてもおかしくない彼女には、それを確信するに足る根拠があり、ゆえに自分がいくら異論を唱えても届かないだろうということは容易に想像できたからである。


加えて、


『最悪の事態を想定して動いておけば、もしそのとおりにならなかったとしても、<笑い話>にしてしまえばいいからな』


とも思った。


そういうところはさすがかもしれない。


だが同時に、マオレルトン領の民に対する彼女の目には、不安も覚えざるを得なかった。まるで敵国の人間でも見るかのような冷酷な眼差し。


『……今後もし、彼女がこの地の民を蔑ろにするようなことを言い出したとしたら、その時は自分のすべてを賭けて止めよう……』


そんな風にも思う。


『ここは、リオポルド様にとっては、ご実家のあるモーハンセウ領よりも大切な地なのだ。


むしろ、この地こそがリオポルド様にとっての<故郷>と言ってもいい。


病弱でずっと療養していて、リオポルド様が十歳になる前にお亡くなりになられ、数えるほどしかお顔を拝見することのなかった御母堂ではなく、マーレ様こそが本当の母親とさえ言えるだろう。


リオポルド様がリオポルド様でいらっしゃる所以ゆえんがすべてここにある。


はっきり言えば、このマオレルトン領さえ守れれば他はどうなっても構わない。リオポルド様のためであれば、我がルパードソン領さえ捧げてみせよう』


視察を終え、屋敷に戻るまでの間、ウルフェンスはそんなことを考えていた。


彼のそんな想いを知ってか知らずか、ミカはずっと冷たく凍りついたままの表情だったが。


途中、行きずりの少女から、


「はい、これあげる♡」


と、道端で積んだ花を渡され、それをしっかりと胸に収めていてもだ。


「……」


屋敷に戻り、自分にあてがわれた部屋で一人になって、すっかり萎れてしまった花をドレッサーの上に置き、ミカは、やはり冷たい目でそれを見下ろしていたのだった。


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