ほどほどの暮らし

『奴らの頭の中には、もはや<セヴェルハムト帝国>は存在しない。奴らにとってこの国は、ただの<資源>なのだ』


ウルフェンスはミカの言葉に息を呑んだ。


『まさかそこまでなのか……』


と思ってしまう。


しかしミカはもうそんな彼には取り合わず、


「行くぞ」


とだけ声を掛けて歩き出した。


ウルフェンスが一緒でないと侍女達が付いてこようとするので待っていただけで、本当は一人ででも出掛けたいくらいだった。さすがに何ヶ月も毎日のように出掛けていたら慣れてもくる。


しかもここは、マオレルトン領。女性の一人旅でも何の心配も要らないと言われるくらい、セヴェルハムト帝国内でも一~二を争うほどの治安の良さを誇る地域でもある。


が、それでもさすがにミカ一人を出歩かせるわけにはいかないので、ウルフェンスも慌てて従う。


なお、リオポルドの方は、二人が出た後でようやく起きてきて、マーレ達と積もる話をしながら食事をとっていたが。


朗らかに談笑するその姿は、幸せの形そのものだっただろう。一時とはいえ王としての重責から解き放たれた彼が、年齢相応の、まだ子供っぽさが抜けない若者の表情に戻ることができる時間だったのだから。


一方、ミカはと言うと、ウルフェンスを従え険しい顔で領内を馬で移動する。


そんな彼女の目に映る光景も、人々がただ穏やかにいつもと変わらぬ日常を過ごす姿だった。いや、王と王妃が逗留しているということでいつもにも増して笑顔にあふれているかもしれない。自分達の領主と良い関係を築いている王の存在に感謝しているのだろう。


けれど、そういう微笑ましいはずの光景を見ても、ミカの表情は硬く、険しいものだった。


それはなぜか?


実はマオレルトン領自体は、セヴェルハムト帝国内においても必ずしも豊かな領地ではなかったからである。作物の生産量は平均の約七割。正直、ぎりぎり飢えずにいられているという程度なのだ。


農地を回っても、特に豊かな部類に入るルベルソン領と比べればその差は歴然としている。一見しただけでも半分にも達してないのでは?という印象だった。


それなのに、人々の表情は穏やかで、平和そのものである。


作業をしていた農民に、


「この収穫量では決して生活は楽ではないだろう?」


と尋ねても、


「そうですね。でも、ここの領主のマオレルトン様も贅沢をなさらない方ですから、私達も飢えずにいられているだけで満足です。


人はほどほどの暮らしができればそれで良いのだと、マオレルトン様もおっしゃっています。だから私達も今の暮らしが続けられればそれでよいのです」


と、本気でそう思っているのが分かる穏やかな表情で語ったのだった。


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