盗聴
<陛下>や<リオポルド様>、<私>や<俺>といった風に、二人が口にする言葉は、その時その時で揺れ動いていた。<セヴェルハムト帝国臣民>としての立場と<かねてからの友人>、そしてなにより、
<セヴェルハムト帝国の徹底した改革を望む者>
としての立場が混在している状態で話していたからだろう。
そしてそんな二人の会話は、自室で休息を取っていたミカには筒抜けだった。
と言うのも、彼女は、秘密裏にウルフェンスの待機室に<伝声管>の原理を利用したいわば盗聴器を仕掛けていたのである。壁紙の裏に穴が開いていて、そこから室内の音がミカの部屋にも届くようになっているのだ。
彼女は、誰のことも心からは信じていなかった。ウルフェンスのことも、
『他の人間に比べればまだマシ』
とは思いつつ、すべては信用していない。彼を<兄>と慕っていたというのも、そうすることで彼から見た親密さを高め、油断を誘うという目的もあったようだ。
なので、この部屋と、従者用にとウルフェンスの待機部屋に使っている部屋をあてがわれた時に、模様替えと称して工事を依頼、夜間、業者がいない間に自ら壁に加工を施して細工したのだった。
伝声管についての知識があればこそのものである。
加工技術そのものは拙かったので決して仕上がりは綺麗なものではなかったものの、機能としては十分であり、問題なく使えているようだ。
『ふむ…この二人については良い手駒として利用できそうだな…』
壁に掛けられた自身の肖像画をずらしてウルフェンスとネイサンの会話を傍受しつつ、ミカはそんなことを考えていた。
ちなみにこの肖像画は<蓋>の役目をしており、盗聴しない時にはミカの部屋の側の音がウルフェンスの部屋に漏れないようにしている。向こうの音が聞こえるということは、こちらの音の向こうに伝わっているということだからだ。
「!」
その時、ミカの自室のドアがノックされる。
するとミカは慌てることなく肖像画をそっと掛け直した後に、
「入れ」
と声を掛けた。
「お茶をお持ちしました」
ドアを開けて入ってきたのは、紅茶を用意した侍女だった。その侍女は早速紅茶を淹れながら、
「間もなく夜会の準備が整いますので、お茶が終わりましたらお支度をさせていただきます」
と告げる。
「……分かった…」
その言葉にミカはやはり冷淡に応えた。
<夜会>とは、今回のリオポルドとミカの婚礼を祝うために催される祝賀パーティだった。すでに深夜とも言える時間だが、この国の王族も貴族も、自分達の遊興のためであれば手間も時間も問わない。今回の夜会も、夜通し行われる予定だった。
『本当にくだらない……』
内心では毒を吐きつつも、
『しかし、今の時点では体裁を整える必要もあるからな……』
と、ミカは自身に言い聞かせたのだった。
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