衝撃吸収女
「ところで……あなた。ごめんなさい。お名前はなんです?」
「かなえです。伊藤 かなえ」
いい加減名前くらいは知った方がいいだろう。
「かなえさん。後藤さんはどうやって説得したの?」
私は中断された質問をもう一度聞いてみた。するとやっぱり、「えっと」と口籠り、意図的に私から視線を逸らした。言い難いことなのだろうか。それとも言いたくないのか。私が「無理に答えなくてもいいよ」と言うと、彼女は相変わらず目を逸らしながら言った。
「その……先生の名前を出したんです」
「え? 私?」
正直に面食らった。
「そうです。その、私は先生の生徒だから私か私の友達に何かしたら絶対に首突っ込んで。ごめんなさい。首を突っ込んであなた達を捕まえるって言ったんです。で、あなたのことは警察に良く言うからって」
「決め手は後者ね。きっと」
どうだろう。恥ずかしい気持ちが浮かぶ中、私は冷静だった。私と言う存在がそんな抑止力にはならないと思うのだが、これが案外そうかもしれないと考えてしまう。いけない。いけない。自戒自戒。
「いや、きっと前者ですよ。令美さん。名探偵ですから」
お盆にお茶を四杯持って桐子さんが帰ってくるなり言う。駄目駄目。自戒自戒。
「私にそんな抑止力はありませんよ。警察というパワーワードです」
「いや、何をおっしゃる。福祉士変死事件も占い師怪死事件も、メイド喫茶放火事件も解決したのは令美さんじゃありませんか。あそこの大学生はみんな知ってますよ」
熊さんまでそう言う。私は自分の口元が緩んでしまうことを感じながらもそれを止められない。そう、自分で言うのもあれだが、私は巷で有名な女性教師だ。成り行きで幾つかの事件を解いてしまい、その所為で名前が方々に広まった。しかも今はSNSがあり、それが余計に私を売ってしまう要因となった。現在、私は探偵でもないのに毎日何かしらの捜索をどこの誰とも知らぬ人から頼まれ、テレビの出演依頼が来て、おまけに雑誌に寄稿してくれと頼まれたりもしている。二つ目は一度たりとも受けたことはないが、この間は了解を得ないテレビカメラが直接、私を突撃してきた。学校では私の上役(教授)が私に陰湿めいた文句を言い始め、講義では生徒達から講義内容と全く関係のない質問を浴びせてくるようになった(その類の質問をしたら評価を下げると言ったら全員黙るようになった)。私はそれらを快く思ってはいないが、しかし、褒められ慣れてもいないのだ。人々が私と言う個人を担ぎ上げるのに私は慣れておらず、果たしてこの状況を喜んでいいのか、悪いのかわからないのだった。
でも、褒められたら喜んじゃう。だってそうでしょう?
「そんなそんな。私なんておこがましい」
口ではそう言っても顔はニヤニヤ笑っている。これから起こることはきっと、この私への罰だったのだろう。やはり、自戒しなければいけないのだ。きっと。多分。メイビー。
恥ずかしさと照れが頭を熱くさせ、私は後ろ手で頭を掻いた。今日は寝癖を整えてきたけれど、もう駄目。頭をクシャクシャと搔きむしり、照れと恥ずかしさを如何にか弾き出そうともがいた。踊る心を打ち沈め、教師として、子供っぽい一面を見せないように。
「そんなことありませんよ〜」
言った直後だ。
言った直後のことを私は正確に覚えていない。何故なら私は正面玄関に真後ろを向いていて耳や目は身の内で小躍りする自分を如何にかしようと躍起だったから。頭を掻く女教師の元に、それは正面から速度を落とさず私に近づき、玄関の戸も後ろにあった机も、全てを弾きながら、それは私も弾き。むしろ、私を緩衝材にして止まったのだから。
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