交番にて
「……四年連続ですか?」
「いえ、聞いた限りでは五年です」
私が大学講師になった年と同じだった。いや、そんなことよりも今は立場上彼女らを心配すべきなのだろう。桐子さんを立たせ、一緒に彼女たちのところまで行こうと思う。
「道理でいつもより足音が大きいんですねえ」
「苛々を体で表すタイプなんですよ。うちの上司」
「一時の感情で凶行に及ぶ可能性もありますねえ」
「そこはご安心ください。普段周りに苛立ちをぶつけるタイプですから。瞬間的な感情が爆発するという所謂つい『カッ』となる人間ではございませんので」
桐子さんと私は歳が近いこともあってこうして雑な事をよく話していた。この交番は私の大学への通り道であると同時に私がよく利用する交番でもある。だから桐子さんと会うのは私が大学に行き帰る二回、こうして用事で行くのはもう何度目になるだろう。私達がお軽く話していると、遠くの熊が吠え始める。
「江田!」
「へい! 連絡っすね! ただいま!」
お話は中断されて桐子さんはゴキブリの俊敏さで交番の電話へと飛びついていった。私は熊さんのところまで行き、二人の様子を見る。みゆきさんは当時を思い出しているのか、唇を震わせており、黒髪の子はと言えば携帯をかけながら彼女の代わりに用紙に何やら記入していた。電話の相手はきっと昨日の先輩だろう。六徳を出頭させようというわけだ。それと同時に事件のあらましを書き示している。器用な子だ。それか、こういう事態に慣れているのか。
「しかし、話を聞いてると酷いもんですな」
熊、もとい、隼人さんがそう私に話しかけてくる。
「完全に同意します。最近のニュースもこんなことが多いですね」
「ん。昔からあったことですよ。今になって出てきただけでしょう。俺が大学生の頃はもっとひどかった記憶がありますね」
「と言うと?」
「直接的な売春やら麻薬の蔓延やら。少人数なのは救いですけど、ヤクザがもっと大々的に絡んできて、その分過激でしたな」
私が大学生の頃は精々麻薬ぐらいのものだったのだが、熊、熊さんは随分な学生生活を送っていたらしい。いや、私が知らないだけで私の頃もそうだったんだろうか。
「書きました」
通話と鉛筆の手がほとんど同時に止まり、彼女はバインダーをホイと熊さんに手渡した。渡した方の手でもう片方の腕を掻きながら言う。
「後藤先輩が六徳を引き連れてこっちにくるみたいです。こっちの方でいいですよね? それとも直接刑事さんがいる方へ?」
「いや、こちらで構わないです。ですが、そちらの被害に遭われた方は被疑者と会われても大丈夫ですか? 問題があるのなら別の方がよろしいかと」
熊さんが言う。彼は基本的に警察以外の人間には感情を隠せる。すなわち一般的な社会人である。大きな体格と厳つい顔以外。と、桐子さんが来て熊さんと彼女たちにもうすぐ刑事が来ると伝え、交番のさらに奥へ。刑事のいる警察署からこの交番までは時間で凡そ十分程度。恐らくお茶でも汲みにいったのだろう。
黒髪の子がみゆきさんに大丈夫かを聞くと、彼女は震えながらも頷いた。私は「先輩の車は何分くらいで着くと思う?」と聞き、五分くらいだと答えた。丁度いい。ちょっと話を聞くには十分だろう。
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