見せてくれる女

秋村ふみ

見せてくれる女

 あなたはこんな都市伝説をご存知だろうか?

 午前四時に四丁目を散歩すると、見るからに素っ裸の上にロングコートを羽織っただけの姿をした、若く美しく髪の長い女性に会うという。その女性に「見せて欲しい?」と尋ねられ、それに「うん」と答えると、更にその女性は「じゃあ私が見せたら、あなたのも見せてくれる?」と尋ねてくる。それに「うん」と答えると……。



「助川さんって、優しくていい人ですよね」

 職場の飲み会の席。同僚の女性にそう言われると、助川トオルは照れながら礼を言った。しかしトオルにとってそれは、複雑な褒め言葉であった。

 トオルは、幼い頃から自分を抑えて生きてきた。なにか嫌なことがあっても誰にも愚痴をこぼしたりはせず、人の悪口を言ったりもしなかった。なにか欲しいものがあっても、家計が苦しいのを理解していて我慢した。食べ物の贅沢もしなかった。女性に対する下心もない。誰に対しても敬語を使い、何に対しても真面目だった。他人がいくら怠けようが許せるが、自分が人よりも怠ける、楽をするということが許せなかった。そんなトオルを、周囲の人間は『真面目で優しくていい人』と認識している。しかし違う。トオルはただ、人に嫌われないように本来の自分、『本心』を隠して善人を演じているだけだった。幼い頃から『優等生』のレッテルを貼られ、社会人になってからもズルズルと、人に嫌われるのを恐れるあまり、そのレッテルを剥がせずにいた。日々の生活に対する不満や会社の人間に対する愚痴、女性に対する下心など、面に出せずに心の中に溜め込んでる『本心』を、トオルは毎日、ノートに綴っては自室の机の引き出しに隠した。そうすることによって、日々の苛立ちを抑えていた。



 会社の飲み会は一次会が終わり、トオルは同僚達の誘いを断れずに二次会、三次会、四次会とはしごした。そしてようやく帰ろうとすると、同僚の平辺がトオルの肩を掴んで話しかけてきた。

「なあ助川、四丁目の露出女の噂、知ってるか?」

「は、はい、小耳に挟んでました」

「お前さあ、同期なんだから、こんなときくらい敬語やめろよ。それより今、三時半だ。なあ、一緒に行こうぜ?」

「え?いや僕はそんなの興味…」

「またまたぁ、いいから一緒に来いよ!本当は興味あるくせに」

 平辺に言われるがまま、トオルは断りきれずに四丁目まで共に向かった。


「なんだよ、いねぇじゃん」

 四丁目を歩き回って、時刻は四時半になっていた。しかし例の露出女には出会わなかった。

「帰ろうぜ。遅くまで付きあわせて悪かったな、助川」

「いえ…」

 平辺はがっかりした様子で帰っていった。トオルは少し休んでから帰ろうと、近くにある公園のベンチに座り込んだ。普段、トオルはあまり酒を呑まない。久々に酔って、頭がクラクラしていた。そして視界がぼやけて見えるようになってきた。


 しばらくすると、誰かが公園のブランコを漕いでいる音が聞こえてきた。トオルがブランコの方に目をやると、ロングコートを羽織った、二十代くらいの髪の長い女性がブランコを漕いでいた。トオルは目を疑った。膝から下が露出していて、コートの下には何も着ていないように見えた。トオルはふらふらとした足取りで、その女性に近づいた。すると女性はブランコを降り、コートのボタンに手を添えながらトオルに「見せて欲しい?」と尋ねた。トオルは迷うことなく「うん」と答えた。更に女性に「じゃあ私が見せたら、あなたのも見せてくれる?」と尋ねられ、トオルは周囲に人がいないのを確認した後、「いいよ」と答えた。すると女性は笑みを浮かべ、コートのボタンをひとつひとつ、焦らす様にゆっくりと外していった。そしてボタンをすべて外し終えると、コートに隠されていた素肌を、トオルの前にさらけだした。透き通るように綺麗な素肌が今、トオルの前にある。女性は「じゃあ、あなたも見せてね」と告げると、瞬く間に突然、姿を消した。




 翌朝。トオルが会社に行くと、会社の壁という壁に、いままでトオルが記してきた『本心』が貼り出されていた。見やすいように、拡大コピーされて……。

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見せてくれる女 秋村ふみ @shimotsuki-shusuke

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