第30話 経験済みだと簡単に思える

 僕こと、シンは今、白銀学園の近くで速水からの指示を待っていた。


「速水、どうだ?行けそうか?」


『うーん。ちょっとまだ厳しいな。唯一開いている門からは絶えず変な集団が白銀学園に向かっていってるから危ないし、もう一つさっき何者かによって破壊された門の近くでは誰かが交戦しているみたいだからそっちも危険だ。』


「そうか…。せめて、この人の流れさえ止めることが出来ればな…。」


僕がそう呟くと、速水が何かに気付いたようだ。


『人の流れか…。心、俺の位置から見ればこの人の流れがどこから来てるのかが分かる。多少、危険かもしれないけどそこに行けば何かあるかもしれない。行ってみるか?』


「もちろん。」


ここで何もしないで待つよりましだと思った僕は速水の提案に頷いた。


『分かった。…見た感じ、近くのもう使われなくなってる廃工場からこの流れが生まれてるっぽいな。』


「分かった、じゃあそこへ向かってみる。」


僕はそう言って、速水との通話を切り、廃工場へと向かっていった。






廃工場の中を伺うと、男性と女性が話しながら大量の人たちに何かをしているのが見えた。


「あー!もう!まだ終わらないのかしら?」


「うーん。少し、日本の異能力者たちを舐めすぎていたかもね。でも、この調子で偽物の異能力者を送り続ければいずれあっちは力尽きるよ。」


あの男は…もしかして贋鬼?


どうやらここであの贋鬼が異能力者をどんどん生み出しているようだった。


だが、このたくさんの人たちはどうしてここに集まってきてるんだ?



「あー、不味いわね。もう近くには男はほとんどいないみたい。」


「何?それはまずいな。淫鬼の魅了で人が集められないじゃないか。」


なるほど…どうやらあの淫鬼とかいう女性が男たちを魅了して集めていたのか。


「ところで、淫鬼。君はいつまでこちらの様子を伺っているやつを見逃すつもりなんだい?」


ドキッ!


心臓が跳ね上がる。


まさか、ばれていた?


「あら、贋鬼も気付いていたの?ねえ。聞いているんでしょ?そろそろ姿を見せてくれない?」


淫鬼はそう言うと、僕の方にプレッシャーをかけてきた。


流石に、これは出ないわけにはいかないな…。


僕はシンのコスチュームを身に付け、新たに加えた仮面を被ってから奴らの前に出た。


「ははは、やっぱり君だったのか。シン君。」


贋鬼が笑いながらそう言った。


「久しぶりだな、贋鬼。ところで、お前らはこんなところで何をしている?」


「まあ、もう想像はつくだろうけど、異能力者の複製をしているのさ。今は、こっちの僕の横にいる水の異能力者の異能をコピーしているところさ。」


陰から様子を伺っているときは見えずらくて気付かなかったが、確かに贋鬼の横には一人、目が虚ろになっている男がいた。


確か、水の異能力者はどこかの国に所属する異能力者だったはず…。


どうして、こんなところに?



「不思議そうな顔をしているね。教えてあげようか?それは僕の横にいる淫鬼がやったのさ。この淫鬼の異能によってこの水の異能力者は僕らの奴隷になっているんだよ。」


贋鬼がそう言ったのを聞き、僕は淫鬼という女性の方にちらっと目を向ける。


何故だか分からないが、この女性と目を合わせてはいけない気がする。


「…ねえ。シンって言ったわよね。あなた、私とどこかで出会ったことないかしら?」


今まで、黙ってこちらをじっと見つめていた淫鬼という女性がそう言った。


僕はそう言われて、淫鬼を目が合わないようにじっと見た。



あれ?この人、もしかして……。


「キーホルダーをくれた…お姉さん…?」


それを聞くと淫鬼は嬉しそうに笑った。


「やっぱり。ふふふ…。久しぶりね、こんな再会になるとは思ってなかったけど嬉しいわよ。」


嘘…だろ…?


あの優しそうなお姉さんがまさかリバーシの一員だったなんて…。


僕が少なからずショックを受けていると、淫鬼は嬉しそうに笑いながら話し始めた。


「ねえ、シン君。私たちとゲームをしないかしら?」


「ゲーム…?」


「そう。こっちにいる私の自慢の下僕三人とシン君が戦うのよ。シン君が勝ったら私たちはもう異能力者の複製をやめるわ。でも、もしあなたが負けたら…。」


「負けたら?」


「私のものになりなさい。」


淫鬼は妖艶な笑みを浮かべながらそう言った。


「淫鬼、何を勝手なことを言っているんだい?」


贋鬼がそう言って、淫鬼に詰め寄る。


「でも、贋鬼。彼はただものじゃないわ。それが私たちのものになるかもしれないのよ?これは大きなメリットでしょ?」


「まあ、それは一理あるね。」


「でしょ?それにシンって戦鬼が言ってた無能力者でしょ?流石に異能力者三人には勝てないわよ。」


それを聞くと贋鬼はため息をはいた。


「はあ。まあ、好きにしなよ。」


「ええ。それで、シン君。返事を聞かせてもらえるかしら?」


なるほど…。


ゲームに勝てば、この流れを止められる。


それは白銀学園を守る優理や美月さんにとって間違いなくプラスになるだろう…。


それに、この流れを止めなくては僕が安全に白銀学園に侵入するのも厳しくなる。


だったら、答えは一つだ。


「やろう。」



「そう来なくちゃ。」


淫鬼はそう言って笑みを浮かべた。


そして、淫鬼は廃工場内にいる人たちを廃工場の外に出した。


そして、贋鬼も一旦手をとめてこちらのゲームを観戦するようだった。


「ちょっと、贋鬼は異能力者をコピーして生み出しなさいよ。」


「こんなに面白そうなもの見ないわけにはいかないだろ。」


贋鬼はそう言って、頑なにそこを動こうとはしなかった。


「そろそろ始めて欲しいんだが…。」


待ちくたびれた僕がそう言った。


「あら、せっかちな男はモテないわよ?まあ、でも始めましょうか。」


別に、モテなくていいし!!


 僕が心の中で負け惜しみを言っていると、僕の前に三人の男が現れた。そのうちの一人は先ほどの水の異能力者だった。その三人は全員目が虚ろで何を考えているか分からなかった。


「一応、この三人の異能だけは教えてあげるわ。右から、水、土、風の異能力者よ。」


水、土、風…?


「本当に…その三人なのか?」


僕は思わず淫鬼にそう聞き返した。


「あら、異能力者三人だとは思わなかった?後悔しても遅いわよ。それじゃあ、スタート!!」


淫鬼の掛け声と同時に目の前の三人が僕に攻撃を仕掛けてくる。


水鉄砲の水圧を更に上げたようなものや、土を固めた弾丸のようなもの、風の刃などが一斉に飛んできた。


だが、それらは全て経験済みだ。


僕はその全ての攻撃をいつも通り躱す。


その動きを見て淫鬼は驚いているようだった。


「…はは。ははははは!!」


僕は笑いが止まらなかった。


まさか、F.CのVR内でずっと戦ってきた水と土と風の異能力者が相手とはな。


正直、その組み合わせはVR内では完封したことがある!!


頭の中で有本さんが「ほら、僕のおかげだろ?」と言っているのを除けば本当に気分がいい。


「後悔するのは、どっちだろうな?」


僕はそう呟くと、土の異能力者に接近していった。


土の異能力者はその力を使い、防御要因として活躍する。


だが、異能の発動までの時間や本人の動きなどはそこまで早いわけではない。


だからこそ、最速で近づき顎に掌底を当てる。


すると、土の異能力者の顎からピキピキとヒビが入った。


そう、この土の異能力者は全身を硬い土でコーティングすることでたいていの攻撃は防御しているのだ。


たいていの攻撃は…な…。


「ふふふ。残念だったわね、あなたが壊したのは周りの土だけよ。」


淫鬼がそう言った直後、土の異能力者は静かに床に倒れた。


「な、なんで…!?」


淫鬼が驚いた表情をみせる。


「…なるほど。顎に強い衝撃を加えることで脳震盪を引き起こしたってことだね。」


どうやら、贋鬼は気付いたようだ。


そう、あの土のガードは立派なものだ。


だが、僕の十八番の掌底は内部に衝撃を通すための技。あのガードとの相性は抜群だった。


「でも、まだ二人いるわ!」


淫鬼がそう言った直後、水の異能力者が大きな水球を作りこちらに投げようとしてくる。


更に、風の異能力者が僕の周りに竜巻を発生させ僕の動きを封じた。


こうなると、僕は何もできない。


ワイヤーをいつでも発射できるように準備して、静かにその時が来るのを待った。


そして、竜巻が消えたその瞬間。


僕はワイヤーを二方向に発射した。


そして、僕の上から水球が僕を包み込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る