第27話 冬の空は光がより明るい

 美月さんの方に戻ると、美月さんは険しい顔で電話をしていた。


「じゃあ、二日後に……分かりました。はい、必ず守り抜いて見せます。」


美月さんはそう言って電話を切った。


「あの、美月さん…?」


僕が恐る恐る声をかけると、少し驚いた顔で美月さんはこちらを向いた。


「あ、ああ。心君、もう大丈夫なのかしら?」


「はい。それより、さっきの電話って…。」


「何でもないわ…。心君には関係ないことだから、気にしないで。」


美月さんはそう言ってぎこちない笑顔を浮かべた。



これだ。


今日の美月さんは一年前と違って心の底からの笑顔が減ったように思える。


僕にはそれが凄くもどかしくて、なぜだか悔しかった。



「そうですか…。」


「ええ、それじゃもういい時間だし帰りましょうか。」


僕と美月さんはそのまま車に乗って帰っていった。


帰りの車中は静かで、その静けさが僕には少し心苦しく感じられた。




僕の家の最寄り駅が近づいてきた時、僕は美月さんに話しかけた。


「美月さん、今日は僕の家の近くの公園まで送ってもらえませんか?」


「え、ええ。別に構わないわ。」


「ありがとうございます。」




美月さんが公園の駐車場に車を止める。


「着いたわよ。」


「美月さん、少し公園でお話しませんか?」


僕は、美月さんにそう言った。


「え?わ、分かったわ。」



僕と美月さんは車から降りて、公園のベンチに座った。


真冬の公園は日が落ちるのが早いこともあり、誰もいなかった。


「美月さん、何か悩んでいることでもあるんですか?」


僕は美月さんにそう聞いた。


「ないわよ。」


美月さんははっきりとそう言い切った。


嘘だ。


美月さんが何かに悩んでいることなんか見ていれば分かる。


「…僕には話せない。話すつもりはないってことですか?」


「ええ。無能力者の心君には関係ないことだから。」


美月さんは冷たくそう言い放った。


「…っ!…そうですか。分かりました。」


「ええ。話はこれでお終いかしら?なら、私はもう行くわね。さようなら、心君。」


美月さんはそう言って、その場を後にした。


僕は美月さんの後ろ姿をただ見つめることしかできなかった。




美月さんがいなくなった後、僕はベンチに深く腰掛けた。


「はぁ。」


美月さんは嘘をついている。


これは間違いない。


美月さんは何かを抱えているのだろう、僕には、無能力者の僕には言えない何かを。


それは、もしかしたら異能力者特有のものかもしれないし、リバーシに関係することかもしれない。


ただ、分かるのは美月さんは絶対にこの悩みを僕にだけは言う気がないということだ。


美月さんの突き放すような言い方で僕はそれに気づいた。


なら、僕はどうすればいい?


美月さんの気持ちを尊重して、心の底から笑えていない今の美月さんを放っといて何もしない?


嫌だ。


それだけは絶対に嫌だ。


正しいとか正しくないとかじゃなくて、ただ僕がそれが嫌なんだ。


だから、ここからは僕のエゴだ。


どれだけ時間がかかろうと、必ず美月さんがもう一度心の底から笑えるようにする。


僕がやりたいことを好きなようにやる、そのための一年でそのための力なんだから。




僕は僕のやることを決めて家への帰り道を歩き始めた。


冬の空の月明かりは僕を優しく照らしていた。



***

<side 美月>


 心君に酷いことを言ってしまった。


私の心の中はその罪悪感でいっぱいだった。


「でも、仕方ないじゃない…。」


私は小さくそう呟いた。



今日の心君との買い物は凄く楽しかった。


それこそ、もっと二人で色んなところに出かけたり、遊んだりしたいと思うくらいには…。


ただ、私にかかってきた一本の電話が私にそれを許してはくれなかった。


その電話はリバーシの襲撃に関することだった。


襲撃は二日後、おまけに敵はたくさんの異能力者を抱えているという話だった。


厳しい戦いになるから辛いとは思うが覚悟はしといて欲しいと言われた。


そこで私は決めた。


心君とは決別すると。


心君は今の生活に満足していると言った。


その笑顔は紛れもなく心の底からのものだった。


今の心君は、もう戦いとは無縁の一般学生としての日々を楽しんでいる。


その心君を私たちの戦いに間違っても巻き込むわけにはいかない。


私は良くも悪くも目立ちすぎている。


もし、敵が私と心君が仲が良いということの気付いて、心君を人質にしてきたらと思うと、私にはこれ以上心君と仲良くしようとは思えなかった。


だから、さようならを心君に告げた。


運転席に座って、家に帰ろう。そう思った時だった。


私の太ももに雫が一つ零れ落ちた。


「…え?なん…で…?」


もう覚悟は決めたんだから、泣いちゃダメ…。


私がそう思って必死に涙をこらえていると、さっきまで心君が座っていた助手席に小さな袋が入っていた。


「なに…これ?」


私がそう思って、袋を開けると中には小さなメッセージカードとペアキーホルダーが入っていた。


「これって…。」


間違いない。これは私が雑貨屋でずっと見ていたキーホルダーだった。


いつか心君と二人でつけられたらな、なんて思いながら見ていたものだ。


「これが何で助手席に…?」


私は不思議に思いながらもメッセージカードの方に目を通した。


そこには、



 『美月さん、何か悩んでそうだったので、これで元気になってくれると嬉しいです。』



と書いてあった。


もうダメだった。


次から次へと目からあふれる涙は止めることなんてできなくて、私は車の中で声を出して泣いてしまった。


「ううっ……ひくっ……さよならなんて…したくないよぅ……。」


涙と一緒にあふれ出る言葉は間違いなく私の本心だった。




どれくらいの時間がたっただろうか。ひとしきり泣いた後、ようやく落ち着いてきた私は最後に携帯の連絡先から心君のアドレスを消すことにした。


悲しいけど、最後にこんなにいいプレゼントをもらえたんだ。もう、思い残すことなんてない…。


私がそう思って、心君の連絡先を消そうとした時、心君から一着の新着メールが来ていたことに気付いた。



From:田中 心


 必ず美月さんが心の底から笑えるようにしてみせます。




メールには短くそう書いてあった。


胸の奥がじわりと温かくなる。


「ふふっ。本当、ずるいわね、心君は。」


こんなメール送られたら期待してしまいそうになる。


だからこそ、ここで終わりにしよう。


心君のことが本当に好きだから、大好きだから…心君には幸せになって欲しい。




「心君…大好きだよ…。」


私はそう呟いて、心君の連絡先を削除した。




冬の空の月はとても綺麗で、魅力的だったけど、今の私には眩しすぎた。




***


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