第9話 人を騙すときは殴られる覚悟をしとけ
正直に言おう。
僕には初め、おじいさんを殴る覚悟なんてなかった。
おじいさんが怖いというのももちろんあったが、それ以上に、金富さんがおじいさんのことを大好きだということもあった。
だが、このおじいさん、いや、じじいは自分のことを尊敬して慕ってくれている金富さんを弱いと、そして愚か者と言って嘲笑った。
おまけに、笑顔が素敵な金富さんにあんな顔をさせやがった。
決めた。
僕は、このじじいをぶん殴る!!
思った時には、既に行動していた。
僕は、スッと立ち上がって、コーヒーカップをポイッとじじいの後ろの方に投げた。
じじいは驚いた様子で僕が投げたコーヒーカップに目をやる。
一発だ。
この一発に全てをかける。
僕は、僕の投げたコーヒーカップに気を取られているじじいに殴りかかった。
「くたばれ!このくそじじい!!」
「ダメ!!」
金富さんの声が聞こえるがそんなことは知らん。
僕は、このじじいを殴る。
あと少しで、じじいの顔に僕の拳が届く。
その時、僕の拳とじじいの顔の前に金の壁のようなものが出てきた。
やばい!!
そう思った僕は、必死に手を引っ込める。
じじいの異能か!?と驚いている僕に向かって、金富さんが金の壁を金の延べ棒に戻しながら話しかけてくる。
「はあ…。まさか、本当に殴り掛かるなんて…。田中君、とりあえず一旦ストップ。分かった?」
え?金富さんが金を操っている?ということは……金富さんが金の異能力者?
いや、でもあのじじいが金の異能力者のはずじゃ…?
「田中君!!分かった?」
目の前に金富さんの顔が現れ、僕の思考は現実に引き戻される。
「は、はい!」
「うん。それなら、よろしい。」
僕の返事に満足した金富さんは、今度はじじいの方へ歩いていく。
「おじいちゃんも、もうお終い。いくら、田中君の本性を暴くといっても流石に言いすぎよ。私、これでも少し傷ついたのよ?」
「すまん、美月!だが、どうしても田中君の本性を知っておきたかったのだ。あんなことを儂はこれっぽっちも思っとらん!だから、許してくれんか…?」
金富さんのおじいさんは先ほどまでとは打って変わって、金富さんに縋りつくような目を向けていた。
「はあ。分かっているわ。それにしても、コーヒーカップまで投げてくれちゃって……片付けが大変だわ…。」
金富さんはため息を吐きながらそう言った。
え?もしかして?
「あの、もしかして……さっきまでのって……嘘、ですか…?」
ようやく現実を把握することが出来てきた僕は、金富さんに声を震わせながらそう聞いた。
「ごめんなさい!田中君がおじいちゃんをぶっ飛ばしてやるって言ってたって話をしたら、興味を持ったおじいちゃんがじゃあ、試してみようって…。」
金富さんは頭を下げながら、申し訳なさそうにそう言った。
「そうだ。まあ、まさか本当に殴り掛かってくるとはさすがに思わなかったがな。」
おじいさんもニヤリと笑いながらそう言った。
「じゃ、じゃあ、美月さんを弱いと言っていたのは…?」
「それは、正しくは思っていた、だな。今は、もうそんなこと思っとらん。」
「異能を継承しない理由とかは…?」
「そもそも、異能は既に継承しているからな。あれは、田中君が来ると分かった日から作り上げた嘘だ。」
「無能力者が弱いと言っていたのは……?」
「儂は、そもそも無能力者を弱いとは思っとらん。事実、かつてリバーシと儂が対峙した時に儂のことを全力でサポートしてくれたのは無能力者ばかりだったし、儂は今でも彼らがいなければ今の儂はいないと思っているからな。」
「それじゃ、やっぱり、今までのは……。」
「うむ!全て演技だ!だが、田中君の様子を見るに上手くいったみたいだな。なあ、美月?」
「でも、やりすぎよおじいちゃん。ほら、田中君ったら驚きで放心状態になっちゃってるわ。」
「美月も乗り気だったくせに何を言うか。」
そう言って、おじいさんは大きく口を開けて笑った。
今までのは全て演技だったってことは……僕が怒っておじいさんを殴りにいったのは全くの勘違い…?
その結論が思いついてからの僕の行動は早かった。
「すいませんっっっでしたああああああ!!!」
素早くおじいさんの前に行った僕は、金富さんにもうやめて!と叫ばれるまで土下座し続けたのであった。
あの勘違いの事件があった後、僕は金富さんとおじいさんに誘われ昼ごはんをいただいていた。
「いやー!それにしても、田中君が殴り掛かってきたときは驚いたな!」
「もう、やめて下さい…。」
「おじいちゃん、さすがにもうやめてあげて。……でも、正直私は嬉しかったわ。田中君が約束を守ってくれたっていうのもあるけど、田中君、あの時、私の方を見てから殴り飛ばす覚悟を決めてたでしょ?私のために殴ろうとしてくれたの、凄く嬉しかったわ。」
「儂も正直驚いた。初めは、どうせ可愛い美月に格好つけるために言ったのだろうと思っていたが、田中君は実際に儂に殴り掛かりに来た。あの時に、美月は良い男を見つけたなと思ったぞ。」
そう言って、二人は僕のことを褒めてくる。
「いえ、僕はただ約束を守ろうと思っただけですから。それよりも、二人が仲良さそうにしているみたいで安心しました。おじいさんも金富さんに異能を継承したみたいですし、本当に良かったです。」
「そうだったな。その件に関しても、儂は田中君に感謝しなくてはいけないな。」
そう言って、おじいさんは金富さんに異能を継承しなかった真の理由を語ってくれた。
「儂は、金の異能力者として様々なことをしてきた。だからこそ、金の異能力者が直面する数多くの問題や苦難を知っている。儂は、美月にその様な苦しい思いをして欲しくなかった。だから、儂は美月に異能を継承するつもりはなかった。だが、美月が儂に全力でぶつかってきたとき、美月は儂に団結してどんな苦難にも立ち向ってみせるという強い覚悟を示してきた……それは、間違いなく儂が若い頃にした覚悟と同じだった。そして、儂はそんな美月の姿を見て、金の異能を継承することを決めたのだ。」
一通り、話し終わるとおじいさんは僕に頭を下げた。
「田中君、ありがとう。君が美月を、そして儂を変えてくれた。これから美月は数多くの苦難にぶつかるだろう。だから、どうか、美月の隣に立って力になってくれないだろうか?よろしく頼む。」
「ちょ、ちょっと!おじいちゃん!」
美月さんが少し慌てた様子をみせる。
僕の返事は決まっていた。
「おじいさん。残念ながら、僕には、ただの無能力者である田中心にはそのお願いを叶えることはできません。」
おじいさんは下げた頭をまだ上げようとはしない。
そんなおじいさんに僕は本当に伝えたかったことを伝える。
「ですが、これから「シン」という男が現れます。最強の無能力者を名乗る彼こそが、リバーシから金富さんを守り抜きました。ですから、彼に依頼してください。そうすれば、きっと彼は受け入れてくれるはずですから。」
おじいさんは僕の発言を聞いて、頭を上げたあと、ふっと笑った。
「では、最強の無能力者であるシンよ、美月のことを陰から支えてはくれないか?」
シンはおじいさんに向けて、はっきりと言った。
「仰せのままに。」
僕とおじいさんは二人で笑いあった。
話に取り残されている金富さんだけがどういう状況なのか理解しきれていないようだった。
そのあと、食事も終わった僕は金富さんとおじいさんにお礼をさせてほしいとお願いされた。
「何か、欲しいものはないのか?」
そう聞かれた僕の頭に武田先生の教えと、シンとしての活動に必要な様々な道具のことを思い出した。
「では、僕がシンとして活動することへの支援をお願いできないでしょうか?具体的には、コスチュームや武器などをお願いしたいのですが。」
「ハハハ!それはいい!儂たちF.Cはシンへの支援を約束しよう。」
こうして、僕は見事にシンとしての活動の問題点を解決することが出来たのだった。
その後、シンとしての武器やコスチュームなどについて話し合いなどをしていると夕方になってしまったため、親も心配するだろうということで今日はお開きになった。
帰りも、僕は金富さんに家まで送ってもらうことになった。
「田中君。今日はありがとうね。私もおじいちゃんもすごく楽しい時間を過ごせたわ。これも全て田中君があの日、私を助けてアドバイスをくれたからよ。」
「そんな、僕は何もしてませんよ。ただ、金富さんが頑張っただけです。」
「ううん、そんなことないわ。正直、おじいちゃんにぶつかっていったときすごく怖かったの。でも、私の頭の中で、シン君がくれた言葉たちが私に勇気をくれた。だから、私はこうしておじいちゃんと仲良くなって、金の異能力者になれた。ねえ、シン君。私、これから頑張るわ。いつか、シン君の隣に並び立って、シン君に頼られるくらい。最初の方は、きっとたくさんシン君を頼ってしまうと思うけど……もし、シン君が辛くなったときは……私たちを頼ってね?」
そう言って車を運転する金富さんの横顔はやっぱり綺麗で、夕日のせいか少し赤くなっているように見えた。
そして、行く時と同じように僕の家の最寄り駅まで来た。
「金富さん、今日はありがとうございました。」
「ええ。こちらこそ、本当にありがとう。また、コスチュームと武器が出来上がったら連絡するわ。」
「お願いします。」
「心君からは連絡をくれないのかしら?」
「え?」
「だから、心君からは連絡をくれないのかしら?」
そう言って、金富さんは僕に顔を寄せてくる。
「あ、あの、金富さん。顔が近いです…。」
「…美月って呼んで。金富さんじゃ、おじいちゃんと区別付かないじゃない。」
「じゃ、じゃあ、美月…さん?」
「なにかしら?」
美月さんは笑顔でそう言った。
「あの、顔が近いので放してください。」
「なら、心君から私に連絡してくれる?」
「は、はい。」
「なら、いいわ。」
そう言って、顔を放した美月さんは上機嫌に見えた。
顔を放してもらった僕はようやく車からおりることができた。。
「それじゃ、私は行くわね。」
「はい、送ってくれてありがとうございました。」
エンジンをかけて車をいよいよ車を出そうかというとき、美月さんは車の窓を開けた。
「言い忘れていたけど、心君。あなたがおじいさんを殴り飛ばそうとしていた時、私のおじいちゃん並みに格好良かったわよ。」
美月さんは笑顔でそう言うと、車を家に向かって走らせ始めた。
か、可愛すぎる!!!
****
<金富銀治視点>
今日、美月が連れてきた田中心という男は儂が思っている以上に良い男だった。
無能力者だが強いということは聞いていたが、想像以上であった。
儂を殴りに来た時のあのスピード、ギリギリまで気配を消してからの素早い行動、コーヒーカップを投げて隙を作るというとっさの機転。
どれをとっても素晴らしかった。
何よりも、異能力者だろうと関係なく、大切なもののために戦うという覚悟。
ああいう男を儂は求めていたといっても過言ではない。
「おじいちゃん、ただいま。」
「おかえり、美月。」
美月とこうして仲良くなれたのもあの田中心のおかげだ。本当に感謝してもし尽せない。
美月の様子見ていると、やけに上機嫌に見える。
「美月、田中くんと何かあったのか?」
「そ、そんな!心くんに名前を呼ばれて嬉しいなんて思ってないわよ!」
「思っているんだな…。」
「うう…。」
美月はこういうところがある。
いつもはしっかりとしているくせに、儂とか自分の好きな人やものに関しては少し頭が緩くなってしまうのだ。
こんなことでは、悪い男に引っかからないか心配だ。
そんな時、儂に名案が思い浮かんだ。
そうだ、あの田中心という男を美月の許嫁にしてしまえばいい。
そう思った儂は、早速外堀を埋めるべく準備するのだった。
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