第8話 金持ちの前だと少し体が縮こまる
金富さんからの連絡が来た翌日、僕は家の最寄り駅で金富さんからの迎えを待っていた。
今日の朝に、金富さんの家があのF.Cであることを思い出した僕は、失礼のないように父さんにお願いして、もう使っていないスーツを借りていた。
10時になると、僕の前に一台の軽自動車が止まった。
まさか、これが迎えじゃないよな…?
そう思っていると、軽自動車の助手席の窓が開いた。
「おはよう、田中くん。なんでスーツなのかとか、色々気になるところはあるけど、とりあえず乗って。」
運転席にいた金富さんにそう言われた僕は、よろしくお願いしますと言って助手席に乗った。
「あの、金富さん。この車って金富さんのですか?」
まずは、初めに気になったことを質問した。
「ええ、そうよ。大学に入ってすぐに免許を取ったから、そのお祝いで一台買ってもらったの。」
免許を取ったからといって、簡単に新車を子供に買い与えるあたり、さすがは金富家といったところだろう。
「ところで、心くんはどうしてスーツなの?確か、まだ中学生よね?」
そう聞かれた僕は、ここまでに至る経緯についてザックリと説明した。
「ふふふっ。なによそれ?いくら私たちでも、招待した中学生の服装なんて誰も気にしないわ。逆に中学生がスーツなんて来てたら、あの子は何者なんだってじろじろ見られると思うわよ?」
「まじですか?」
「まじよ。」
これは完全に失敗した。
確かに、父さんたちもさすがに大丈夫だと思うぞとは言っていたけど、あの時の僕は少しでも金富さんのおじいさんの機嫌を損ねるわけにはいかないと思って、聞く耳を持たなかった。
そうだ、そのおじいさんの件について、金富さんにおじいさんとの対話は成功したのか確認しなくては…。
「あの、金富さん。結局、おじいさんとの対話はうまくいきましたか?」
僕は恐る恐る、金富さんにそう聞いた。
すると、金富さんは少し悲しそうな顔をしながらこう言った。
「そうね…。その件に関しても、おじいさんから話があるみたい。ごめんね、田中君。私じゃ、おじいちゃんを止められなかった。」
いやいや、嘘でしょ?
なんで、そんな悲しそうな顔をしてるの?
なんで、ごめんって謝ってるの?
「ハハハ…。金富さんは冗談が下手だなあ…。」
「………。」
なんで黙るのおおおおおお!!!
ああ、終わった……。
金富さんの家に着くまで、僕はずっと金富さんのおじいさんと対峙した時、どうするかを考えていた。
「着いたわよ。田中くん。」
そう言われた僕は考え事をやめ、車から降りる。
車から降りた僕の目の前には、あの有名なF.Cの本社ビルがそびえ立っていた。
す、すごい……。
僕が目の前のビルに圧倒されていると、横から金富さんに話しかけられた。
「田中くん、こっちよ。付いてきて。」
「あ、はい。」
そう言って、僕はビルの中へ入っていく金富さんに付いていった。
ビルの中に入った僕は、金富さんに連れていかれ、エレベーターに乗って金富さんのおじいさんが待っているという75階を目指した。
そして、ついに金富さんのおじいさんの部屋の前に着いた。
金富さんが部屋のドアをノックする。
「誰だ?」
「おじいちゃん、美月です。以前お話しした田中くんを連れてきました。」
「入れ。」
そう言われて、僕と金富さんは部屋に入った。
部屋の中には向かい合うように、高級そうなソファーが二つあり、その間に机が一つ、そして、かなり大きいテレビが一つあった。
金富さんのおじいさんと思われる人物は片方のソファーに座っていた。
「初めまして、田中心と言います。本日はお招きいただきありがとうございます。」
僕は、あらかじめ考えていたセリフを言った。
「まだ、中学生と聞いていたが、なかなか礼儀正しいな。申し遅れた、儂は
そう言って、金富さんのおじいさんは僕に向かいのソファーに座るよう促した。
「失礼します。」
そう言って、僕はソファーに座る。
「美月、お前は給湯室へ行ってコーヒーを一つと、田中君は何を飲むかね?」
「僕もコーヒーをお願いします。よろしければミルクと砂糖を付けていただけると嬉しいです。」
「分かった。なら、コーヒーを2つで片方にはミルクと砂糖を付けて持ってきてくれ。」
「分かりました。」
金富さんはそう言って、部屋を出ていった。
部屋の中で二人きりになると、金富さんのおじいさんが話を始めた。
「とりあえず、田中君。このあいだは、美月のことを助けてくれてありがとう。美月のやつは力を持たんくせに態度だけは一人前だからな。だから、あんな事件に巻き込まれるんだ。田中君もあの子のために迷惑を被っただろう?」
金富さんのおじいさんが、どこまであの事件に関する真相を知っているか分からなかった僕は、当たり障りのない返事をすることにした。
「い、いえ、むしろ僕は金富さんに助けていただいたので、感謝はあっても、迷惑を被ったなんて思うことはありません。」
「だが、実際にあの場を何とかしたのは君だろう?田中心君。」
おじいさんの雰囲気が変わった。
「あのリバーシを名乗った連中は美月が敵うような相手ではない。事実、美月は足を怪我して動けなかったようだしな。君が警察に通報してから警察が現場に到着するまでに15分かかったらしい。では、その15分の間に美月をリバーシから守り抜き、警察が来るまで時間を稼いだのは誰か?君しかいないんだよ。田中心くん。」
「それは……金富美月さんから聞いたのですか?」
「いや、違う。全て儂が独自のルートで調べた結果だ。」
す、すごい…。これがF.Cの会長兼金の異能力者の情報力。
「それを知って、僕をどうするつもりですか?」
僕は目の前のおじいさんを警戒しながらそう言った。
「いやいや、勘違いしないでくれ、儂は田中君に本当に感謝しているんだよ。ある一つのことを除いてだがね。」
そう言った、おじいさんは僕を睨めつけてくる。
「先日、美月が儂のもとへきて、私の全力を見てほしいと言ってきた。見てみて驚いたよ、儂の娘はこんなにも弱いのかと。そのあとに、娘が何を勘違いしたのか知らないが金の異能を継承させてくれと言ってきた。最近は、大人しくなってようやく自分が弱いことを認めたのかと思って喜んでいた時に、そう来たからな。思わず、全力で怒鳴ってしまったよ。そして、話を聞いてみれば、どうやら美月をそそのかしたやつがいるということが分かった。それは誰なんだろうね?」
ば、ばれてる……。
だが、まだ諦めてはいけない。
もしかしたら、このおじいさんは金富さんが大事すぎて危険な異能力者になって欲しくないと思っているのかもしれない。
そこだけは確認しておかなくては…。
「一体、誰なんでしょうね?ところで、どうしてそこまで金富さんに異能を継承しないんですか?」
「しらばっくれるつもりか……まあ、いい。なぜ、異能を継承しないか、その理由は単純だ。美月が弱いからだ。弱いくせに無謀にもリバーシを名乗る連中に突っ込む、そして返り討ちにあって、関係ない人に助けられることになる。ここまで行くともう、愚か者だな。弱いうえに愚か者、異能力者とは無能力者たち弱きものたちを守る強きものでなくてはならない。その異能力者が弱いなんて言うのは論外だ。」
イラっとした。
おじいさんの無能力者を弱いと信じて疑っていないようなその様子に。そして、あの時怖いのを押し殺して、自分の信念のもと不利な状況でも立ち向かっていた金富さんを、弱く、そして愚かだと言ったことに。
だが、ここで僕が怒ってはいけない。
なぜなら、コーヒーを持ってきていた金富さんが、すぐそこでおじいさんの話を聞いていたからだ。
さあ!目の前のおじいさんに一言ぶちかましてやれ!!
しかし、金富さんの口から僕が望む言葉は出てこなかった。
「コーヒーをお持ちしました。」
そう言って、金富さんはコーヒーを置いて部屋の隅へ行こうとする。
「ふん!聞いていたのに何も言い返してこないとはな。だが、それがお前にふさわしい態度だ。」
おじいさんがそう言った時、僕は見てしまった。
金富さんが悔しそうに唇を噛み締めながら、涙を必死にこらえている様子を。
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