第7話 しょうもないことでも恨みは残る

 武田先生とのお悩み相談は、僕が思っていた以上に素晴らしいものになった。


主に、名前を伏せて速水との件に関することを僕が相談したところ、先生は僕に、


「今は、話したくない。そう言いなさい。そして、田中君が話したいと思った時にその友達に話してあげなさい。友達なら、きっと待ってくれるわ。」


というありがたいアドバイスを授けてくれた。


ついでに、入手方法が分からないがどうしても手に入れたいものがある。どうすれば良いだろうか?と、遠回しに武器の入手方法に関するアドバイスを求めてみた。


「そうね、まずは情報を集めなさい。情報はあればあるほどいいわ。そして、自分の知り合いでもなんでもいいから協力を願いなさい。出し惜しみをしてはダメよ。自分の使える手札は全部使いなさい。先生も……どうしても欲しいものがあるから、田中君の気持ちが分かるわ。精一杯頑張りなさい。」


先生は少し遠い目をしながらそう言った。


先生の欲しいものとは、恐らく恋人のことだろう。


28歳の武田先生は、寿退職していく友人たちを見てかなり焦っているという話を速水から聞いた覚えがある。


遠い目をしている先生に、これ以上この件に関する話をするのは危険だと思った僕は、先生にお礼を告げてその場を後にした。




下駄箱につくと、優理が立っていた。


かつて優理に煽られた記憶が蘇るが、最強の無能力者という素晴らしい肩書きを手に入れた僕はもうあんなことは気にしていない。


「心くん。久々に一緒に帰らない?」


「うん、いいよ。」


特に断る理由もなかった僕は、優理の誘いに了承した。


「こうやって、二人で話すのも久しぶりだね。」


「そうだね。」


最近の優理は非常に忙しそうにしており、放課後も毎日急いで帰って、いろいろとしているようだった。


「私ね、来週の月曜から白銀学園に転校することになったの。」


そう言った、優理の顔は少し寂しそうだった。


「土日は引っ越しの準備で忙しいから、今日のうちに心くんと二人で話しておこうと思って。」


「僕と?」


「うん。」



優理はその場に立ち止まってから、静かに話し出した。


「白銀学園に入っちゃったら、もう心くんに簡単には会えなくなっちゃうから。心くん、私ね、頑張るよ。心くんがあの治癒の異能力者の幼馴染は僕なんだって自慢できるくらい、すごい異能力者になる。そして、これからやってくるどんな脅威からも、きっと、心くんやみんなのことを守り切ってみせるよ…。」


優理は、少し言葉を震わせながらそう言い切った。



ははーん。


なるほど、心くんは無能力者だけど私の幼馴染だから私の活躍をいろんな人に自慢して、優越感に浸ってもいいよと、そう言ってまずは、会話の主導権を握ってやろうというわけか。


だが、まだ甘いな。


「優理、身体震えてるよ?本当は怖いんじゃないの?」


恐らくだが、優理は異能力者としてリバーシ復活の話を聞いたんだろう。


そして、これからのリバーシとの戦いを想像して怖くなったに違いない。


「…っ。ばれちゃってたかぁ…。うん。本当はすごく怖い…。でも、私が守らなきゃ。私たちは異能力者なんだから……力を持つものとしてみんなを守らなくちゃいけないの。怖いなんて…言ってられないよ。」


優理は、自分の本音を必死に隠すようにそう言った。


やれやれ、この優理に一度は敗北したなんて知れたら、強キャラの名が廃るよ。


「力があるから守らなくちゃいけない。力がない奴は黙って守られてろ。優理は僕にそう伝えにきたの?」


「ち、違う!そういうことじゃなくて、私はただ、力を持ってる異能力者としてみんなを守りたくて…。」


「ほら、優理は僕たちのことをそうやって、守られるだけの存在だと思ってるよね?ふざけるな…!僕たちは無能力者だけど…ただ異能力者たちに守られるだけの存在なんかじゃない。」


「でも、実際に異能力者には異能力者でしか勝てないんだよ!心くんたちに何ができるのよ!?」


優理は感情的になりながら、そう言った。


確かに、異能力者である優理ならそう思うだろう。


だが、僕から言わせてみれば、それは優理たち異能力者にだって言えることだ。


「逆に聞くけど、優理たち異能力者でさえ敵わない敵が現れた時はどうするの?僕たちのことは優理たち異能力者のみんなが守ってくれるというのなら、優理たちのことは誰が守るのさ?」


「そ、それは……。」


「一緒なんだよ。無能力者も異能力者も、怖いものは誰だって怖い。逃げたいときは誰だって逃げたい。助けてって思っている優理の本心を押し殺させてまで、僕は優理に戦ってほしいとは思わない。」


「じゃあ……どうしたらいいのよ…。」


優理は今にも泣きだしそうな顔でそう言った。



「頼れよ。誰でもいい、無能力者とか、力があるとかそんなのは関係ない。僕らを頼れよ。僕たちは優理が助けてって言うなら全力で助ける。優理も敵わない相手だって言うなら、そいつから優理を連れて全力で逃げてやる。追いかけてくるなら、そいつが諦めるまで逃げ続ける。優理が僕らを頼ってくれる、僕たちが、少なくとも僕が頑張る理由としては、それだけで十分だ。」


優理は僕が言ったことに呆気を取られているのか、ぽかんとした顔でこちらを見ている。



「まあ、あれだよ。優理が僕らに傷ついて欲しくないのと同じように、僕らも優理に傷ついて欲しくないと思ってる。それだけは覚えておいてよ。」


優理は、少し笑いながら頷いた。


「ふふっ。分かった、ちゃんと覚えとくね。でも、そこは僕が優理を守るよとか言うところだったんじゃないの?」


「そりゃ、僕は無能力者だからね!優理が敵わない相手から優理を守り切れるわけないだろ?まあ、逃げ足には自信があるから逃げ切れるとは思っているけどね。」


それを聞いた、優理は心の底からの笑顔を見せた。


「なんでそんなに誇らしげなのよ……。あーあ、なんだか悩んでたのが馬鹿らしくなっちゃった。ねえ、心くん。私ね、頑張って心くんたちを守るね。」


優理は先ほどとは違い、今度は強い決意を感じさせる顔で、はっきりとそう言った。


「うん。でも、無理に頑張る必要はないよ。できる限り守ってくれたら、あとは僕たちも自分たちで何とかするから。」




そのあと、僕らは家に向かって再び歩き出した。


僕らの間に会話は無かったが、不思議と気まずくはなかった。



「ねえ、心くん。私、もう後戻りできないとこまで来ちゃったみたい。」


家の近くのあの公園まで来たとき、優理は不意にそう言った。


ふむ、確かに異能力者になってしまった以上、もう後戻りはできないだろうな。


「だから、全部が終わったら……ちゃんと責任取ってよね?」


「え?それってどういう……。」


「もうすぐ今年も終わっちゃうね。」


「う、うん。それよりもさっきのって…。」


「みんなと卒業したかったんだけどなー。」


優理はさっきまでの沈黙が嘘みたいに喋りだした。


さっきの話は忘れろってことかな?まあ、いずれ分かるか。


なぜか、僕の直感は、ちゃんと聞いた方がいいと言っている気がしたが、今回はスルーすることにした。


そのあと、優理の家に着くまで二人で他愛もない話をした。



「それじゃ、心くん。次、会えるのはいつになるか分からないけど、たまにはメールくらいしてよね?」


「うん。」


それじゃ、と言って家に入ろうとする優理を僕は引き止める。


「優理、これあげる。」


「え?これって…ロケットペンダント…?」


「そう、ロケットペンダント。中に家族写真でも入れて、肌身離さず胸ポケットにでも入れておきなよ。きっと役に立つからさ。」


僕は、優理が異能力者に選ばれたと聞いた時から、優理にロケットペンダントをお祝いで渡そうと決めていた。


ロケットペンダントにした理由は一つ。


 敵の攻撃を受けたときに、ロケットペンダントのおかげで助かったというのを是非とも実践してほしいと思ったからである。


優理は、大事そうにロケットペンダントを胸に抱きよせると、僕に最高の笑顔を見せてくれた。


「本当にありがとう!心くん!大切な人の写真を入れて、肌身離さず持っておくね!それじゃ、またね!」


そう言って優理は家の中に入っていった。





完・全・勝・利!!


最初にもう気にしてはいないと言ったな。


あれは嘘だ。いつか必ずやり返すと決めていた。


ふふふ、優理め。


まさか、僕に恐怖心を抱いていることを見破られるとは思っていなかっただろうな。


あの指摘で完全に主導権を握ったからな。


そのあとは、終始僕のペース。優理は発言の悉くを僕によって論破されて、さぞ悔しい思いをしたに違いない。


無能力者のあんたになにができんのよ!と言われたときはちょっと焦ったが、上手く質問返しをすることで反撃に成功した。


だが、優理が吹っ切れてからはあの僕を打倒した時の優理に戻っていた。


まあ、でもいいだろう。


やっぱり、僕にとって優理はああやって笑顔でいてもらわないと困るしね。



その時、僕のスマホからピロンと着信が鳴った。


スマホを開くと、そこには、


金富美月: おじいちゃんが呼んでいます。

     明日、10時に心くんの家の最寄り駅まで迎えに行きますので準備しといてください。


と書いてあった。



金富さんとあの事件の夜にした会話を思い出す。


「…僕が、おじいさんをぶっ飛ばしますよ。」


「ぶっ飛ばしますよ。」  


だれを?


「おじいさんを」


だれが?


「僕が」



一回、落ち着こう。


きっと、金富さんからの連絡はお茶会のお誘いとかに違いない。


さっきのは見間違いだったんだ!そう思って、僕は再びスマホの画面に目を向ける。


金富美月: おじいちゃんが呼んでいます。


目を凝らしてもう一度見る。



お じ い ちゃ ん が 呼 ん で い ま す 。




あああああああああああああ!!!!




なんでなんだよおおおおお!!



僕の頭上で、カラスがアホーと、そう鳴いた気がした。

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