第11話 銀色の扉の向こうは寒かった

 私は由緒正しき  家の令嬢マクリール――――。

 新たな世界のヒロイン、マクリール――――。

 高貴な王子の后になるマクリール――――。

 そんな私が、ここで躓く訳にはいけないのよ!

 必ずや、『ニホンエン金貨』が入った壺を見付けてみせるわ!!



 私と爺やは無意識に中腰になりながら、そろりそろりと忍び足で娘が戻って行った『甘い香』の間へ侵入しようとしている。

 砦の中の道幅は狭い。二人並んではやすやすと通れない構造にしてあるのも、簡単に敵を侵入させないためなことが伺えた。

 ならば余計、金貨が隠されている可能性が高いと見たわ――――。

「お嬢様、もう直ぐですぞ」

「えぇ……油断は禁物よ爺や」

「はっ! 畏まりました。どこから武器が飛んで来ようとも、爺やはお嬢様を命に懸けてお守りいたしまする」

「爺や……嬉しい言葉だけど、爺やには私が王子と結婚するのを見届けて貰わなくてわよ」

「お嬢様……」

 体勢的に振り向かなかったけど、震える声から爺やが涙を浮かべているのは伝わってくる。

 爺やとの信頼を確認している間にも、私たち『甘い香』の間に到着した――――。


 『甘い香』の間には、カウンターの外壁のような扉は設置されていなかった。安易に侵入が可能な分、何か仕掛けられていないかと身構えてしまう。爺やも同じことを思ったのか、直ぐにか『甘い香』の間には入ろうとはしていない。

 ただ良く聞き耳を立てると、更に奥の方から娘と他にも数人居るような話声が聞こえきた。

 小屋の住民たちだろうか? きっと金貨を奪われないようにする計画を練っているのであろう。

「お嬢様……参りますぞ」

「行くわよ。爺や」

 私と爺やは、意を決して『甘い香』の間に足を踏み入れた――――。


 甘い香の元は、入り口付近に存在していた。

 それは鉄の大きな箱で蓋がされていたから中身は見れないが、明らかに甘い香りはここから発生している。

 中が気になるけど、今は金貨が先よマクリール。金貨を手に入れて、このステージをクリアした時、若しかしたら箱の蓋が開くオチかもしれないわね。十分有り得るわ――――。

「爺や、急ぐためにも二手に分かれて探すわよ」

「畏まりました」

 私は大きな扉がある物体の方へ、爺やは更に奥の小部屋の方に向かった。


 確かに奥の方が凄く気になる。だけど開けた『甘い香』の間と違って、奥の部屋は私たちが食事をした場所からも目が届かない程の所だ。ここは護身術も身に着けている爺やに任せた方が得策であろう。

 だからと言って、こっちも安全とは限らない。何時、何が襲ってくるか分からないから用心しないとである。

「早くここを探さなくてわね」

 私の目の前に存在している、大きな銀色の扉に開く――――。取っ手に手を掛けて引くと、ずっしりと重厚感が伝わってきた。

 こんな立派な扉、きっと中には何かある――――。

 扉をゆっくり開けていくと、隙間から冷気が零れて来た。

「寒っ!」

 な、何なの? 扉を開けた途端、一気に寒くなったわ。ここは若しかして、異空間なのかしら――――。ならば入った瞬間、私は別の世界に飛ばされてしまうかもしれないわ。そしたら爺やと離れ離れになってしまうし、そこの世界でヒロインが存在していたら、私はまた敵役の悪役令嬢にさせられてしまうかもしれない――――。

「入れない……でも……」

 でも、ここに金貨がある可能性が十分出てくる。異空間に飛ばされる覚悟で金貨を選ぶか、安全策を取って金貨を諦めるか、答えは二つにひとぉぉぉつ!

 中々決断が出来なくて、歯痒い思いが胸に募っていく。そしてこの冷気の中にも興味がない訳でもない。

「少し覗くだけなら、大丈夫かしら……」

 恐る恐る顔だけドアの隙間に入れてみると――――。


「わぁぁぁ! お客様! なんでキッチンに入って来てるんですか! それも冷蔵庫まで開けているし!」

「えっ! 何事!?」

 やはり顔だけでも異空間に飛ばされてしまうの!?

 驚いて頭が少しパニックになっていると、娘とさっき広場に出て来た男性が慌てて後ろから話しかけてくる。

「お客様、衛生上の問題もありますので勝手に調理場には入って来ないでください。冷蔵庫の中の食材とか触っていませんよね?」

「え、えぇ……触ってなくてよ」

 なんと、ここは『調理場』であったか。そしてこの扉の向こうは、食材を貯蔵する場所のようだ。だから温度が低かったのね。

 それにしてもこんな立派な貯蔵庫があるなんて、この小屋の持ち主は案外位が高い貴族のものかもしれない。

 私を止めに来た男性の方をジッと見る。背は高いが、決して顔立ちが頗る整っている訳でもない。敢えて言うならば、和み系だわね。

「そなたに尋ねるが、この小屋はそなたの所有物か?」

 私の質問に男性は、不思議そうな顔をした。

「いえ、僕のではないですよ。雇われ店長なので、お店は会社の所有物ですけど……」

 そう答えると男性は、娘と顔を見合わせて訝し気な表情になった。

 何故、身分を確認したとでも言いたげね。だって私は、この世界のヒロインですもの。最高のステータスの王子と結婚して、ハッピーエンドにならなければならないのよ!

 因みに今言っていた『カイシャ』って何かしら?

「そなた、また尋ねるが……」

「それよりも! こっちがお尋ねしたいんですけど!! お支払いどうされるんですか? 本当に出来ないなら、無銭飲食で警察に通報しますよ!」

 私が質問をしようとしている所に、娘が怒って強い口調で捲し立ててくる。

 『ムセンインショク』に『ケイサツ』――――また新しい用語だわ。爺やに調べさせなくてわ!

「爺や! 爺やっ!」

 私は必死で爺やが向かった奥の方へ呼び掛けた――――。

「爺やぁぁぁ! 直ぐに来なさい!」

「マクリールお嬢様ぁぁぁ――――!」

 呼びかけた方から、爺やの悲壮な声が飛んでくる。爺やがこんな声を出すなんて珍しい。

「爺や? どうしたの!」

 やっぱり敵が潜んでいたの? 金貨は入手不可能だったの!?

 色んな不安が一気に襲ってきて、体中を交錯する。気が気じゃなくなった私は、急いで爺やの元へ駆け寄ろうとしたが、娘と『テンチョウ』と名乗った男子に阻まれる。

「お客様、勝手にスタッフルームの方まで入られたら困ります!」

「爺や!!」

「ちょ、ちょっと、お客様、落ち着いてください!」

 邪魔する二人を何とか振り切って行こうとした時――――奥の部屋から、爺やを連れて別の女性が現れた。


 その女性は私に視線を向け、まるで値踏みでもするみたいに頭から足元までジッと見詰めてきたかと思うと、爺やを指さして聞いてきた。

「この人のお連れの方?」

「お嬢様ぁ~」

「そ、そうよ……」

 妙に堂々とした態度に、言い知れぬ不安感を掻き立てられる。この女性ものは、怪しい。

 何か仕掛けてくるかもしれないと身構えたら、女性はニッコリと微笑んだ。

「貴方はあのマクリールお嬢様?」

「え……」

 この世界で私を知っているものが居るの? 

 一体、この女性は何者――――!?

 ひょっとして私のライバルになる、この世界の『悪役令嬢』――――!?



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