第9話 通貨が通過しなかった

「く、苦しかったけど、ようやくサラダも攻略出来たわね……」

「うっぷ……ははぁ~お嬢様、良くぞ苦難を乗り越えられてました。爺や、腹がはち切れそうですが胸もはち切れんばかりに嬉しゅうございまする」

「爺や……ヒロインたるもの、これくらいこなさなければならぬからな。これからももっと、難易度の高い試練が待ち受けていようぞ。だが私は、この世界のヒロイン……うっぷぅ」

 キメ台詞も言えないくらい、牛丼特盛つゆだくだく、前菜フルコースは私たちを追い詰めていた――――。


 私と爺やは机に突っ伏した状態で、今後のことを話し合っていく。

「お嬢様、この後でございますが、この世界での屋敷を探さねばならないかと思われます」

「屋敷? もう住む場所くらい設定されていないのかしら?」

「はぁ……そうだと良いのですが、何せこの小屋ですら未知なることが沢山ございましたし、新たな屋敷のヒントらしきものが今のところ見当たらないのございます」

「……そう、それは困ったわね」

 この苦しさが収まったら、一先ず外を散策してみないといけないわね。途中で屋敷に案内する村人とかが現れるのかもしれないし。

 この小屋だって、食事出来る場所だったなんて知らずに辿り着いていたのだから、きっと屋敷も直ぐに見付かる筈よ。

 だって私は、この世界のヒロインですから! ――――ふぅ、心の中だけど言えたわね。


 暫くジッとしていた私たちの元へ、賢者候補の娘が近付いてきた。

「あの~大丈夫ですか? 良かったらお茶飲まれますか?」

 娘は気を利かせてきたが、今はお茶が入る余裕は私たちの体にはまだなかった。心配そうに覗き込んでくる娘に、爺やが良き絶え絶えで答える。

「お心遣い、痛み入りまする。ただ私たちは、腹も胸もいっぱいでして、お茶を招き入れる余裕がございませぬ」

「まぁ、あれだけ食べられましたからね~。飲みたくなったら言ってくださいね」

「かたじけない」

 娘の優しさに、爺やが感動して目頭を指でそっと押さえた――――。

「お会計を先にしても良いでしょうか? これからまた忙しくなってくるので、却ってお待たせしちゃうかもなんで」

「え……!?」

「オカイケイ?」

 また新たなる試練が登場した――――!


「爺や!」

「はっ! 畏まりました!」

 咄嗟に爺やが時点で調べ始めたが、数秒後物凄い形相で動きが止まる。

「爺や……どうしたの?

「お嬢様……『オカイケイ』とは、金銭で対価を支払うことでございます」

「え!? 支払いですって!!」

 この世界でヒロインなのに、金貨を渡さねばならぬのか――――!

 前の世界でも、支払ったことなんてないのに、何て厳しいルールなのかしら。いや、あの憎きエーデルは払っていたのかもしれない。あの地位は、金で手に入れたのか!?

「ふ、ふふふ……。致し方ないわね。それがヒロインのルールなら支払ってやりなさい」

「ははぁ~。畏まりました! では娘、金貨を何枚渡せば良いのじゃ?」

 しっかり者の爺やは、脱出する時にちゃんと金貨も持ってきていたようだ。爺やは本当に、頼りになるわね~。

 少し落ち着いてきたお腹を摩りながら、笑みを浮かべていると――――。

「金貨っていうか、四千二百六十円になります~」

 娘は満面の笑顔で、数枚に重なった紙切れを私たちの前に置いた。

 その紙切れには、沢山の呪文と数字が記載されている。アイテムをゲットしたポイントとかが加算されたのか?

「これはなんぞや?」

「注文された伝票です。お客様たちが召し上がられたものの内容とその金額です」

 娘は動じることもなく、笑顔のままテキパキと質問に答えてきた。

 むむむ――――賢者候補なだけあって、読みが早いのであるな。だがしかし、金貨の枚数が分からぬではないか!

「そのヨンセンなんちゃらフェンは……」

「四千二百六十円ですね」

「そ、それは、金貨が何枚必要なの!」

「金貨じゃなくて、日本円でお願いします。もし両替されていないなら、電子マネーでも対応出来るのがありますよ。ただクレジットカードは出来ないんですが~」

「ニホンフェン?」 

「デンシマネーにクレジットカード??」

 私と爺やが新しい通貨を理解できないでいたら、娘の表情が曇ってきた。

「若しかしてお客様、今支払いが出来る方法がないんですかね? それは流石に困るんですけど~」

 娘の態度は明らかに私たちを怪しんでいる。なんでヒロインの私が、こんな扱いをされるの!? てかまだファーストステージなのに、通貨単位高くない!?

「あれだけ入手したのに、ポイントも貯まっていないのかしら……」

「左様でございますよ」

「ポイントカード制ではないですよ~」 

 戸惑う私と爺やに、娘はバッサリと切り捨ててくる。

「くっ……」

 なんと、ここからが本番だったのね。『ナットウ』どころではなかったんだわ! それともドレスがあれば、支払いに使えたのかしら? あぁぁ――――ここの世界のルールは難し過ぎて理解が出来ない!

 ファーストステージもクリア出来ないなんて、私はこのまま王子とも会えずに終わってしまうのぉぉぉ!

「お嬢様!!」

「お客様!?」


 余りのショックと悔しさに私の身体は床に崩れ落ち、ガックリとこうべを項垂れた――――。


 

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