第8話 最後の試練はドレッシングだった

「この赤い菜っ葉はちょっと辛いけど、スープに浸かったライスと一緒に食せば、良い感じに中和されるわね」

「はい、お嬢様! 玉子を入れますと、まろやかになりますぞ!」

「私も糸引く豆『ナットウ』を試してみたいわ」

「ははぁ~! 早速追加致しましょう! 娘よ、前菜をもっと追加せよ!」

「ありがとうございま~す! 納豆、キムチ、玉子にチーズ、注文入りま~す! お新香も付けますか?」

「遠慮せず、じゃんじゃん持って来るがよい!」

「畏まりました~! じゃんじゃん入りま~す!」

 私たちは『ギュウドン』特盛、つゆだくだくの魅力に、狂ったように取り付かれていった――――。


「ふぅ~。流石にこれだけ食べますと、お腹もいっぱいになりますな」

「そうね爺や。でも余は満足したぞ」

「この世界の食べ物が、お嬢様のお口に合って何よりでございます!」

 私と爺やは、膨れたお腹を摩りながら『ギュウドン』の余韻に浸っていた。

「ただ一つ、このドレッシングが攻略出来ませでしたが、お嬢様如何致しましょうか?」

「うむ、小さなものだけど、これを使わないでおいて後々の影響がどうなるかは気になるところね」

「サラダの味付けとはいえ、これも立派なアイテムですしな。また娘に使い方を進言させては如何でしょうか?」

「えぇ、良きに計らって」

「はっ!」

 爺やは早速、娘をテーブルまで呼びつける。娘も私たちの反応にすっかり慣れ、目が合うと素早く駆け寄ってくるようになった。私は密かに、この娘を『賢者』候補にしていた。

「今度は如何されました~?」

「うむ、このドレッシングの使い方なのだが……」

「あぁ! 分かりにくかったですよね。このドレッシングが入っている部分をくっ付けるように折り曲げると、真ん中に穴が開いてドレッシングが出てきます」

 娘がドレッシングを指先で摘まんで、使い方を分かりやすく説明する。やはりこの娘は、この世界の物事を良く知っていると見受けられた。

「なるほど……随分と良く考えられた作りをしておりますな」

「勢いよく押すと、飛び出ちゃうので気を付けてくださいね~。今、ドレッシング掛けましょうか?」

「お嬢様、如何致しましょう?」

 爺やが神妙な面持ちで、聞いてくる。私はお腹を摩りながら、しばし悩んだ――――。

 実際にドレッシングが出る所を見てみたいのは確かだけど、今はお腹が苦しいし、サラダを食べる気にはならないわね。

 前の国だったら――――我儘を言って好きな物だけ食べて、食べたくない物は平気で残していた。それが王子たちの印象を悪くする要因の一つにもなったのよね。

 この国では、なるべく食べ物を粗末に扱わないようにしなくては――――。

 だけど!! ドレッシングは使ってみたい!

 さっきは『ナットウ』でドレスを新調出来なかったわ。若しかしたらこのドレッシングが、何か影響を与えるかもしれないじゃないの。

 そう思った瞬間、私は身体を衝き上げるような衝撃が走った――――。


 そうだわマクリール――――これはやはり試練なのよ。お腹いっぱいの所で、サラダを残さず食べきれるか試されているに違いないわ。

 やはりここは、ドレッシングを攻略することでファーストステージをクリアするのではなくて!?

「爺や、これは試練よ! ドレッシングをサラダに掛けなせなさい! そしてサラダを食べきれば、次のステージへ進める筈だわ!」

 私の閃きに爺やは小指を立てた手を顔の前まで上げて、思いっきり驚愕した。

「な、なんとぉぉぉ! そんな仕掛けでございましたか! こんな苦しい状態で、ハードルが高い課題が残されていたとは……それにしてもそれを見極めたお嬢様、素晴らしいご見識でございます!」

「爺や、何度も言わせないで頂戴。私、この世界のヒロインですから!」

 なんて言いつつも、ドヤ顔でキメ台詞を言ってみる。

「ははぁ~! でも爺や、その台詞好きでございます!」

「もう……照れるじゃないの」

「お取込み中申し訳ないんですが~ドレッシング、どうします?」

 私と爺やが盛り上がっている所に、ドレッシングを手に持った娘がおずおずとお伺いを立ててきた。


「あら、待たせて済まなかったわ。ドレッシング、掛けて宜しくってよ! 思いっきりいって頂戴!」

「どど~ん! どっぱぁぁぁ~と頼みましたぞ!」

「はぁ……では、ゴマと和風、其々掛けますね」

 娘は何故か苦笑いしつつ、サラダに向かってドレッシングを噴射した――――。

 パキッ! ブチュ! ――――それは、一瞬の出来事だった。

「はい、どうぞ!」

「え、これだけ?」

「難題の割には、呆気なかったでございますな?」

「空いたお皿、おさげしますね~」

 サラダを凝視して固まっている私たちを余所に、娘は残りのアイテムを全部片づけて去っていった――――。


 残されたのは、サラダのみ――――。

「爺や……これで、この世界のファーストステージはクリアよ」

「はい、お嬢様!」

 私はゴマドレッシングを選び、爺やはワフウドレッシングを選択した。

「では、いざ参らん!」

「ようこそセカンドステージです!」

 私たちはスプーンを高らかに掲げると、サラダに向かって振り下ろした――――!!

 

「うっぷ……食えない……」

 胃袋の中では、『ギュウドン』特盛がどっしりと占領して、サラダが付け入る隙など微塵もなかったのだった。

 ――――ファーストステージ、まだクリアならず。


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