第7話 糸引く豆はアイテムにはならなかった

 グルグルグルグル――――爺やはひたすら『オハシ』で『ナットウ』を掻き混ぜていた。

 爺やの見事な高速回転もあって、『ナットウ』は真っ白な糸に包まれていき、茶色い豆の存在すらなかったものになりそうだった。

 なのにまだ、ドレスは出現しない――――。若しかして回転速度だけじゃなく、何個か『ナットウ』が必要なのではないか?

 そうこうしていると――――ブスッ!

「なんとっ!」

「あぁっ!」

 ナットウが入っていた容器の底に穴が空いてしまったではないか! 更に穴から、どろどろとナットウが零れだす。

「爺や! 何とかしなさい!」

「はっ! 畏まりました。移し替える容器などがあれば良いのですが」

 えぇい――――何ということ! もう少しでこの世界で初のドレスがゲット出来たかもしれないのに。でも今は、零れるナットウをどうにかせねばだわ!

 娘に容器を持ってこさせる時間はなかった。

「爺や! 仕方ない、ギュウドンの上に一旦避難させなさい!」

「畏まりました!」

 爺やは私の命令に素早く反応がして、糸を引いて落ちるナットウを山盛りの肉の上に避難させる。

 落ちたナットウは肉の上でのったりと広がり、見た目がなんとも――――美しくない!

「お嬢様……申し訳ございませぬ」

「サーディン、気にするでない。ナットウはまた追加すれば良い」

「お嬢様~!」

 私の許しに感激する爺やの前で、ねっとりと輝きを放つナットウを凝視する。

 ファーストステージなのに、難易度が高いものが多いわね。この国にはヒントを与える賢者とか居ないのかしら?

 そうね――――腹ごしらえしたら、賢者を探しましょう。爺やも物知りだけど、賢者とはまたスキルが違うもの。ドレスにしても仕立て屋が先ず居ないと、ドレスも出現しないのかもしれないわ。

 愛されヒロインになるには、ヒロインに従事する家来から集めねばならなかったのね!

「爺や、先ずは食べるわよ! そして私をより素晴らしいヒロインに導く、家来を見付けにいくわ!」

「家来ですか!? お嬢様……爺やだけでは至らぬと……」

 途端、爺やが凹み出す。変なところで、面倒臭いわね。

「サーディン、私にとって一番信頼できるのは爺やよ。ただ前の世界なら、設定上爺やばかり働かせていたけど、この世界は私がヒロインなのだから、爺やだけでは手が足りないこともきっと出てくるでしょう」

「うおっ! それは確かに……軽率でございました。お許しくださいませ、お嬢様……」

「気にせずとも良い。先ずはこのギュウドンを食べようではないか」

 そう言ってギュウドンの器を覗いてみると、心なしかスープが減っているような気がするのは気のせいかしら――――?

「ははぁ~。お嬢様、新しい世界にいらっしゃってから、成長が著しくございますな。爺や大変嬉しゅうございます」

「ほほほ! 爺や、感激し過ぎぞ。さぁ料理が冷めてしまうではないの。早く頂こうじゃないの」

「ははぁ~!」

 爺やは口ひげに垂らしそうな鼻水を素早く拭い、『オハシ』ではなくスプーンに握り直して、ナットウと肉を掬いあげた。私は爺やに毒見させてから、頂くとしよう――――。

「では、頂きますぞ!」

 ナットウが載ったギュウドンが爺やの口の中に入っていく。途端、爺やの目がカッと見開いた――――!

「ふぉっ! こ、これは……」

「爺や、どうしたの!?」

 まさか毒――――!? あの糸を引いたナットウは、やはり食べるべきじゃなかったの!!

 爺やは手で口を押えて、小刻みに震えだす。これは本当に毒だったのかもしれない。ファーストステージなのに、もうバッドエンドなの――――!?

「お嬢様……これは……この肉と豆は……」

「爺や! 大丈夫!? 毒なら早く、吐き出しなさい!」

「大変美味でございますぞ! 爺や、こんな美味しいもの初めて食しましたぞ!」

 ――――めっちゃ、元気だった。


「ちょ……爺や驚かさないで頂戴! てっきり毒かと思ったじゃないの!」

「いやはや、失礼致しました。余りの美味しさに、言葉を失うっていうのを体験してみとうございました」

 頬を赤らめて照れる爺やを一瞬、殴りたい衝動に駆られたが何とか堪える。

「そ、そう……美味しかったならいいのよ。じゃぁ私も頂こうかしら……」

「お嬢様、折角ですのでチーズを載せてみてはいかがでしょうか?」

「あら、そう? その臭い豆でも美味しいなら、チーズもイケるかもね」

「ははぁ~! では失礼して」

 妙にウキウキしながら、爺やが私のギュウドンにチーズを振り掛ける。ミルキーなチーズの色は、爺やのナットウに比べたら見た目はマシだった。

「ささ、どうぞお試しくださいませ」

「じゃぁ……」

 恐る恐る、チーズが掛かったギュウドンを口の中に運んだ――――。

「ほわっ!」

「ふぉっふぉ~! お嬢様、如何でしょうか!」

「美味しい……わ。前の国では味わったことのない、素朴だけどそこはかとなく深みを感じる、絶妙な味わいだわ」

「ははぁ~! お嬢様、流石でございます!」

 『ギュウドン』――――こんなに美味しいものが、この世界にはあるのね。それもこんな小さな小屋で作られているのに――――この世界はまだまだ、素晴らしいものがあるに違いないわ!


「爺や、他の前菜も載せてみるわよ!」

「お嬢様、畏まりました!」

 お腹が空き過ぎていたのも手伝って、ここぞとばかりに他の前菜も肉の上に載せていく。

 こうして私たちは、ようやく『ギュウドン』にありつけたのであった――――。


 

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