第5話 庶民のお酒ビールの泡は高難度だった

 しばらくして、娘はトレーに缶とグラス、少々の前菜を載せてやって来た。

「お待たせしました。こちらビールになります。あとサイドメニューの玉子、チーズ、キムチ、納豆になります。残りはまたお持ちしますので、少々お待ちください」

 オードブルだろうか。小皿に載ったものをトレーごとテーブルに置かれる。この国の食事スタイルだろうから、取り敢えず観察も含めて娘に任せることにしよう――――。

「えぇ、良きにはからえ」

 私の許しに娘は笑顔を見せる。だがしかし――――次に新たなるアイテムを提示してきた。

「それとサラダのドレッシングですが、ゴマと和風がありますけど其々お持ちしましょうか?」

 何ですって――――ドレッシングゥ~!? 『ゴマ』と『ワフウ』? それは一体どんなものなの??

 突然のアイテム出現に一瞬目が真っ白になりそうになっていると、爺やが素早く何でも百科事典で『ドレッシング』なるものを調べ出す。

「お嬢様……これはサービスアイテムかもしれませぬぞ。『ドレッシング』は野菜などの味を引き立てる、液体だそうです。宝石や武器とか、高価なものではないのは確かです」

「そ、そう……なら『ゴマ』と『ワフウ』其々頂けるかしら?」

「は~い。少々お待ちくださいね~」

 娘は明るい声で返事をし、いそいそと奥へ引き下がっていく。娘も段々と、私たちの従者としての意識が高まってきたようだ。


 ふぅ――ちょっと焦ってしまったけど、爺やのファインプレーのお陰で、すんなりとアイテムをゲット出来たわ――――。

「爺や、良くやったわ」

「はっ! 恐れ入りまする。しかしこの国は、聞き慣れぬ言葉やアイテムが多いですな」

「えぇ、それをいかに早く分析して手に入れるかも攻略の鍵になるわね。出来るだけ多くのアイテムを手に入れて、ランクの高い王子に会えるようにするわよ」

「ははぁ~。お嬢様は志が高かくおられて、爺やは頭が下がりまする」

「ふふふ……私は常に上を目指しているもの。この国は私がヒロインだし、どんな困難にも立ち向かってみせるわよ」

「ははぁ! そんなお嬢様に爺やはどこまでも付いて参ります」

「うむ。ではビールも来たことだし、乾杯でもしようぞ」

「ははぁ~! ではグラスにお注ぎ致しまする。それにしてもこの国もビールも、また珍しい容器に入っていますな。それも金属製のようですぞ。それもフォルムがなんとも機能的。ここは文明が栄えているのかもしれませぬな」

 爺やはその金属製の容器から、琥珀色のビールをグラスに注いでいく。コポコポと響く不思議な音が、なんだか妙に心地が良いのだが――――。

「うわっ! 凄い泡でございます! 膨らんでグラスから溢れ出てしまいまする!」

「なんなのこのビールは! 実は毒が入っているんじゃなくて! あの娘を呼びなさい!」

「はっ! 畏まりました!」

 爺やは娘を呼ぶのに、咄嗟に拍手をしようとした時だった――――。

「お前ら馬鹿か? こうやって注ぐんだよ」

「へ……?」

「なんと!?」

 先ほど私たちに無礼な態度を取った男が、呆れた表情で近寄って来たかと思うと、グラスと金属容器を其々手に取り、私たちの頭上に掲げる。

「無礼な! 何をする!」

「煩せぇな。黙って見てろ」

 男はまた無礼な口調で怒鳴ると、手に持ったグラスを傾け、ゆっくりビールを注ぎ入れ出した。

 琥珀色の液体が美しく光りながら半分まで注がれると、男はグラスを立てて続けて注ぐ――――。

「あ……泡が……」

「これは、美しい!」

 見事だった――――。グラスには琥珀と白い泡が、絶妙な配分で注がれていた。

 前の国では庶民が木製のコップでビールを飲んでいるのは知り及んでいたが、こんなに美しいものだったとは今初めて知った。

 庶民の癖に、こんな美しい飲み物を普段飲んでいたのね。もっと庶民の生活にも興味を持っておくべきだったわ。今後の課題ね――――。

 男は爺やの分のグラスにも綺麗にビールを注いで、テーブルに置いた。

「ほらよ。コツがあるんだよ」

 そう一言、言い捨てると自分の居た場所に、スタスタと戻っていった。

 

 一連の流れを魔法が起きたみたいな衝撃で固まっていた私たちだが、早めに我に返った爺やが椅子から立ち上がり、男の背中に向かって深々と頭を下げる。

「助けて頂き、感謝いたしまする!」

「はいはい」

 爺やの謝意に男は背中を向けたまま、軽く手を振るというだけの非礼ぶりは変わりないけど、それでも不思議と好感が持てた。

 席に座り直した爺やが、顔を紅潮させて男を見詰める。

「無礼な輩かと思いましたが、心根は良い人物でしたな。この国の殿方に期待が出来そうですぞ。先ほどは、ナイフを投げ付けなくて、本当に良かったです」

「えぇ……そうね」

 私は爺やの言葉をぼんやりと聞きつつ、特盛の牛丼を食らう男の背中をジッと見詰める。

 格好はいささか問題あるけど、私を助けようとしたことは見所があるわ。まだファーストステージだから、このレベルの男性しか現れていないのかもしれないけど、レベルアップしたら、この男も磨きがかかるかもしれないし、他の王子も続々と現れるのは確実ね!

「ふふふ……やはりあのゲームから脱出したのは正解だったわね」

「はい、お嬢様! では新たな世界に祝杯をしましょうぞ!」

「えぇ、爺や! 私たちの明るい未来に乾杯よ!」

 私と爺やは意気揚々とグラスを掲げて、ビール乾杯をしたのであった――――。


「てか、苦ぁぁぁ!」



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