第4話 つゆだくだくを所望してみた
――――ピロロロン!
小屋のドアが開くと変な音がなって、男が一人入ってきた。
「いらっしゃいませ~!」
「特盛、つゆだくで!」
「はい! 特盛、つゆだくですね! 少々お待ちください」
娘が案内するよりも先に、素早く席に座り注文とやらを言いつけた。娘は慌てて、その男に水の入ったグラスを持っていき、また長いメモをピコピコと押している。
私たちとほぼ同じ対応をあの男にもしていた。あの者も、私と同じくらいの身分の者なのかしら――――?
それに男が言った『つゆだく』とは何? コースメニューに、追加が出来るものなのかしら?
「サーディン……」
「はっ! お嬢様『つゆだく』が気になっておいでですか?」
「流石ね。その通りよ。娘に『つゆだく』がどのようなものか確認して、出来たら料理に追加させなさい」
「ははぁ。畏まりました」
爺やは机越しに深々と頭を下げると、パァン、パァンと高らかに手を叩き、早速娘を呼びつけた――――が!
「うるせぇな! 店の中で、手なんか叩くな!」
「なっ!?」
さっき入ってきた男が、私たちを睨み付けて怒鳴って来たではないか!
一体何者なの!? この世界のヒロイン――――否、このマクリールに向かって、なんたる無礼な態度を取るのであろう。
私への非礼な態度に爺やも勿論許す筈もなく、ジャケットの内ポケットに忍び込ませているナイフを男に投げ付けようと、素早く懐に手を入れ掛けた時――――。
「待て! サーディン!」
――――咄嗟に私は手を伸ばし、爺やを制した。
「お嬢様! 如何されましたか?」
「若しかするとあの男はあんな荒くれた口調だけど、私の結婚相手候補かもしれないわ……。まだこの世界に来たばかりですもの、もう少し様子を見ましょう」
「はっ! 何とお嬢様……そんな理知的なご発想まで出来るようになられたなんて、爺やはまたまた嬉しゅうございます」
「ふふふ。当たり前よ爺や。だって私はヒロインですもの!」
「素晴らしいです! お嬢様ぁぁぁ!」
感動の余りパチパチと爺やが拍手をし出すと、男がまた睨み付けてきた。
すると娘が顔を青ざめさせながら、テーブルまで小走りで駆け寄ってくる。
「お客様! 店内では他のお客様もいますので、もう少しお静かにお願い致します!」
「何ですの? 私たちが悪いとでも?」
「いや……。拍手されるにしても、他のお客様に迷惑が掛からない程度でお願い出来たらな~と思いまして~」
娘の言っている意味が良く分からぬが、拍手をするとあの男が睨んでくることは確かなようね。
「分かったわ。そなたの忠告は聞き入れましょう」
「ありがとうございます! お待たせしております。先にビールをお持ちしますね」
「うむ、苦しゅうない」
「は、はぁ……」
私が許可を与えたのに、娘はまた小首を傾げている。でもまぁ、それは良しとして――――。
「そなたに聞くが、『つゆだく』とはいかなるものか?」
この問いに娘は一瞬目を見開いて、申し訳なさげに説明を始めた。
「すみません。さっき説明していませんでしたが、特殊なサービスなんです」
「特殊とな?」
その甘美な響きに、『つゆだく』が益々味わってみたくなる。
「牛丼に掛けるつゆを多目に入れるんです。『つゆだくだく』まで対応できますが、如何されますか?」
何と! 『つゆだくだく』と言うのもあるのか。
瞬間、先ほど我らを怒鳴った男に視線が向いた――――。
あの者は『つゆだく』だったわね。なら更に上をゆく『つゆだくだく』を所望しようではないか! 『だく』が多い分、特殊なアイテムを入手出来るか、イベント参加のポイント加算にもなるのかもしれない!
「では私たちは、『つゆだくだく』にして貰えるかしら?」
「あ、はい! では特盛『つゆだくだく』でお持ちしますね~。もう少々お待ちください!」
娘はニッコリ微笑むと、メモをピコピコさせて奥へ戻っていった。
「お嬢様……まさかいきなり『つゆだくだく』とは、難易度が高そうですな」
「まぁね。でもまだファーストステージだし、簡単な方なんじゃないかしら?」
「この世界はきっとお嬢様の味方でございますぞ」
「おほほほ! 当たり前じゃない爺や。私はこの世界のヒロインですから!」
すんなりと『つゆだくだく』に辿り着いた私たちは上機嫌で、新たな世界への期待感に胸を膨らませた。
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