第3話 新しい世界のヒロインになりました

「いらっしゃいませ~! 空いているお席へどうぞ~!」

 小屋の中に入ると、威勢の良い声で歓迎された。

「爺や。この小屋には、玄関まで出迎えるものはいないのか?」

「ははぁ~。どうやらそのようです。下々の所有物ですので、そうこまでの礼儀は行き届いてようです。ここは大目にみて差し上げましょう。先ずは腹ごしらえを。何とも良い香りがしているではありませんか」

「まぁ……そうね」

 爺やの言うことは大抵一理あるのよね。それにここは私たちのいた世界と違う『異世界』ですのも。きっと常識も通用しないに違いないわ――――。


 小屋の中を見渡すと、カウンターになっている個所と、テーブルが配置されている個所と別れているが、後は椅子だらけだった。

「爺や。ここの小屋は椅子を作っているのかしら? こんな狭いのに、椅子だらけだけど」

「如何にも。でも先ほど声を掛けてきたものは、空いている席に誘っていましたし、爺やにもまだ何とも解りかねまする」

「分かったわ。取り敢えず食事の用意をさせてましょう。この国のことも含めて、この小屋の者に聞いてみるの良いでしょうし」

「はっ! 流石、我がお嬢様マクリール嬢! ささ、この御召し物ではカウンターでは座りにくいので、テーブル席の方に参りましょう」

 爺やは私の半歩前を歩いて、狭い小屋でテーブル席まで案内していく。

 テーブルの傍まで行くと爺やは私が座りやすいように、いつも通り席を引いたのだが――――。

「爺や……この椅子は随分と粗末な作りじゃなくて? 背凭れにクッションは付いていないし、腰を下ろす部分も柔らかさが足りないじゃないの」

「ははぁ。確かに。ただ何分『異世界』の椅子ですので、今はこれにて我慢して頂きとうございます」

「……分かったわ。悪かったわね……サーディン」

 慣れない異世界なのに、ついついいつもの調子で爺やに我儘を言ってしまった自分を恥じると、爺やは小さい瞳を潤ませて感激し始めてしまった。

「お嬢様ぁぁぁ! 爺やは嬉しゅうございます。お嬢様がこんな安っぽい椅子で我慢して下さった上に、爺やにもお気遣い頂くなんて――――!」

「ちょっと爺や。そんなに感激することじゃなくってよ」

 自分で言うのもなんだか、異世界に来れた嬉しさもあって、少し大人になれた気分だわ。

 そんな自分の成長に悦に浸っていると、先ほどの小屋の娘がグラスを運んできた。


 小屋の娘はグラスを二個、私と爺やの前に置くと、前掛けから長方形ものを取り出して、蓋を開いて中を指でポチポチと押し始める。

「お待たせしました。ご注文はお決まりですか?」

「え? ご注文? 注文って、頼んだら何でも出てくるのかしら?」

「あ、いえ。当店を初めてのご利用なんですね。今ご説明しますので」

 どうやら異世界でも、そこそこ言葉が通じるようだ。しかし食べたいものを何でも用意してくれる訳ではないようね。仕方ない、ここは『異世界』だし、小屋だもの――――。

「これがメニューになります。メインは牛丼でサイズが、小盛、並、大盛、特盛とあります。お得なセットやサラダやお味噌汁などサイドメニューも付けられます」

 娘は、ニッコリと笑って丁寧に説明してくる。それが私には、少し感動を覚えた。

 何せ前の世界では、私はヒロインの敵役だった――――。家柄は良くても、皆私をヒロインの敵と言うだけで毛嫌いしてきていたのだ。

 でもここにはもう、あの憎きヒロインのエーデルは居ない! この世界では私がヒロインなのよぉぉぉ――――!

「お嬢様?」

 爺やの呼び掛けに我に返り、「ゴホン」と小さく咳ばらいをする。

「左様か、ならば『ギュウドン』をメインディッシュにしようかしら」

「サイズはどのサイズにされますか?」

「サイズ……一番大きいのにしてちょうだいな」

「えっ! 結構な量ですよ。食べきれますか?」

 娘は凄く驚いて、一番大きなサイズを避けさせようとしてきた。

 若しかして、私に肉を差し出したくないというのかしら? もう私は、この世界のヒロインなのに、肉を提供させるレベルから始めないといけないの?

 でも、こんなことで挫けてはいけないのよマクリール――――愛されヒロインの道を究めて、今度こそ愛しの王子と結婚するのだからぁぁぁ――――!

「えぇ……これくらい食べれてよ。だって私、ヒロインですから!」

「お嬢様! 素晴らしいお言葉です!」

「そ、そうですか……お客様は、どれにされますか?」

 長方形のメモを押しながら、娘は爺やにも好みを聞いてきた。

「わ、私でございますか。では一番小さなサイズで……」

 爺やは遠慮がちに頼んでいる。前の国では、いくら爺やでも私と同じテーブルで食事をすることはなかった。ならば今だって、卓を一緒にすることなんて言語道断くらいに思っているかもしれない。

 でも私がかなり腹ペコなのだから、爺やだって腹ペコな筈――――。

「娘よ。爺やにも私と同じサイズのものを用意して頂戴」

「お嬢様!?」

 驚愕する爺やに手を向けて、一旦黙らせる。

「副菜も全部、頼んだわよ」

「えっ! 全部ですか!?」

 またしても娘は、驚いた顔を見せた。どんな顔をされようとも、困難に立ち向かってこそヒロイン――――負けなくてよ!

「そうよ。私の希望に添えられないの?」

「あ……いえ、大丈夫です。少々お時間頂きますが宜しいでしょうか?」

「構わないわ。コースの順番は、お任せするから。あとワインはあるかしら? 銘柄は何でもいいけど」

「すみません。ビールはありますが、ワインは取り扱っていなくて~」

「あらそう……なら取り敢えずビールでいいわ。庶民の飲み物だけど、今日は門出だから祝杯したいし」

「はぁ……畏まりました」

 娘はメモをピコピコ押しながら、首を傾げて小屋の奥へ戻っていった。


「お嬢様……本当に爺やも同じものを食しても宜しいのでしょうか?」

「何を言っているのサーディン? 当たり前でしょ。ここは異世界なんだから、昔の設定に囚われる必要はなくってよ。今は兎に角新しい世界への旅立ちを二人で祝いましょう!」

「お嬢様ぁぁぁ――――!」

 爺やは小さな瞳が見えなくなるほど、涙を溢れさせている。そんな爺やの姿に、私の胸の奥もジーンと熱くなった。

 思えば私が『悪役令嬢』設定なばっかりに、爺やにも沢山苦労させたものね。この世界では、爺やにも少しは楽をさせてやらねばならないわね――――。

 爺やと二人感動に浸っていると小屋のキッチンから、さっきと同じ何とも美味しそうな芳香が漂ってきた。途端「ギュルルルル~」と再び腹の虫が、騒ぎ出す。

 

 ふふふ――――先ずは第一ステージ。取り敢えず何かしらアイテムがゲットできるかしら。

 私は『ギュウドン』を待ちながら、小さく微笑んだ――――。


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