第2話 目が覚めたら異世界らしき国だった
チカチカチカ――――。
耳障りなサイレンの音が遠のいていき、五感を刺激してくるのは光のコラージュだけだ。
落ちているのか、宙に浮いているのかすら分からない。
だからってどこかに横たわっている訳でもない。
私は何処へ、向かっているのかしら――――――――。
「お嬢様ぁぁぁ――――!」
遠くで爺やが、何やら叫んでいる声が聞こえた気がした――――。
*****
「お嬢様ぁ~! マクリールお嬢様ぁぁぁ!!」
毎朝、私を起こす日課の爺やが、いつもにも増して大声で呼びかけてきた。
「サーディン……煩いわよ……。まだメンテナンス中でしょ……」
「何を仰っているんですか! そのメンテナンス中に大暴れして、屋敷を破壊してまでシステムをバグらせて『愛され令嬢は今宵も王子たちと舞踏会』の世界から脱出してきたのではありませぬかぁ~!」
だ~か~ら――――。
「長いって言ってるでしょ! そのタイトルは!」
怒り任せに怒鳴りながら起き上がると、目の前には座り込んで号泣している爺やがいた。
そして爺やが耳元で喚き散らしていた言葉通り、記憶の画像がユラユラと浮かび上がるようにして、少しずつ蘇ってくる。
「お嬢様! お目覚めになられましたか! 爺やは嬉しゅうございます!」
「あ……ここは」
まだ微かに霞む目で辺りを見渡してみると、明らかに観られない風景だった。
「爺や、これらのカラフルだけど堅物な物体はなんなの?」
「ははぁ。今調べますので、少々お待ちくださいませ」
私の疑問に爺やは屋敷で詰め込んできた鞄の中から、いそいそと分厚い辞典を取り出して謎の物体を調べ出した。
爺やは爺やだけに、見た目は初老のおじいさんだけど、とっても優秀で文武両道、頭脳明晰設定だったりする。だから困ったことがあれば、爺やに命じれば大抵のことは解決するの。結果こうやって、あの忌々しい世界から抜け出せてこれている訳だし――――。
「オーホッホッホォ~!」
「お嬢様、ご機嫌よくなってきたところ失礼致しますが、どうやらこの物体は『車』と言うもので、わが国で言うならば『馬車』の代わりになるものですな」
「へぇ~クルマっていうの。でも馬も繋げないで、どうやって動かすのかしら?」
「ははぁ~。どうやら機械式でエンジンという者が、ガソリンという液体を飲んで力に変えて、この黒い車輪を動かすみたいでございますぞ」
「あら、結構複雑な仕組みなのね。それにあんな大きなものを中から動かすなんて、エンジンと言うものは小さいのに、力はかなりのものじゃないの?」
「左様でございます。姿も見せませぬゆえ、不意に襲われたらこの爺やでも対抗出来るか……」
「まだこの国がどういう情勢か人種がおるのかも分らぬからな。用心しなくてはね」
「ははぁ。お嬢様は、爺やが命を懸けてお守りいたします故」
「爺や、任せたわよ」
そう告げると、爺やは硬い地面の上で正座して、深々と頭を下げた。
そうこうしている内に頭もスッキリしてきて、大分気持ちも落ち着いてきた頃――――。
ギュゥゥゥギュルリギュルギュル~。
「きゃっ!」
「お嬢様! こ、これは……腹のむしが鳴いたのでございますね」
「煩いわね! いちいち言わなくてもよろしい!」
「ははぁ~。失礼致しました。しかしお嬢様、腹が減ってはなんちゃらでございます。ここは腹ごしらえと参りましょう。新天地祝いとして、爺や腕によりを掛けてお嬢様の大好物料理を御作り致しましょうぞ!」
爺やは張り切って片手を胸に当てもう片方の手は空に向け、舞台役者みたいなオーバーなリアクションを取っている。それは構わないのだけど、料理を作れそうな場所も、材料もなさそうなのよね。
そう思っていると、私たちの居る直ぐ傍の小屋のドアが開いた――――。
「はぁ~。忙しかった。ようやく休憩に入れる……」
国民服かしら? 帽子を被ってエプロンをしている。何より上着に飾りっけが全然なくて随分と簡素ね。
明らかに私たちの世界とは違う服装の男が、ゴミらしきものを運んできて蓋の付いた箱にそれをしまうと、また小屋の中に戻っていった。
「お嬢様……あの小屋は一体……」
「爺やも気付いた?」
「はい……」
そう、問題はさっきの男の服装ではない。ドアが開いた時に漂ってきた、何とも甘美な香り。空腹の状態の私の胃袋をどうしようもなく刺激してくるジューシーな芳香――――!
私と爺やは顔を合わせ、同時に頷いた。
「爺や、新天地祝いのご馳走は、あの小屋の者に作らせてやりなさい」
「畏まりました!」
私たちは意気揚々と、若干小走りで小屋の中へ入っていった――――。
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