悪役令嬢ですが牛丼屋でバイトを始めてみた

藤見 暁良

第一ステージ

第1話 バグったので逃げ出してみました

 そう――――私は絶対に、幸せにはなれないのだ。

 どんなに頑張った所で私が『悪役令嬢』である限り、人に恨まれ悪者扱いにされる。

 そして、望み通りの恋愛すら叶わない――――。

 それが何度も、何度も繰り返されていく。

 私の悪役人生は、永遠に終わらない――――。

 あぁ、もうこんな世の中嫌だわ。

 どこか別の世界に行きたい。

 誰からも愛されて、ヒロインにしてくれる世界。

 誰でもいい――――私をここから救い出してぇぇぇぇ――――!


 *****


『コレカラ明日ノ十八時マデ、メンテナンスニ入リマス』

 機械的なアナウンスが、何処からともなく響き渡る。

 ここは世に数ある乙女ゲームの中でも、マイナーな『愛され令嬢は今宵も王子たちと舞踏会』の舞台――――システムの中である。

 そして私はそのゲームのヒロイン――――のライバル。いわゆる『悪役令嬢』のマクリール。以後よく見知っておくことよ!

「お嬢様~。どうかご機嫌を直してくださいませ。ちょうどメンテナンス時間になりましたし、お茶と甘いお菓子でも……」

 そしてこのオロオロしている白髪白髭の老人は、私の召使いの爺やで常に傍に居る。

「サーディン! 放っておいてちょうだいな。私は次のイベントには登場しなくてよ!」

「登場しないと仰いましても、お嬢様の一存ではどうにもなりませぬぞ」

「くぅぅぅ……煩いわね!」

 私は怒りのまま寝具の枕を爺やに投げ付けるが、こんなこと日常茶飯事で慣れている爺やは、簡単に枕をキャッチする。

 それがまた妙に癪に触った私は下唇を思いっきり噛んで爺やを睨み付けてから、ベッドに突っ伏した。

「お嬢様ぁ~!」


 そう私は、辟易しているのだ。ずっと一生、『悪役令嬢』で嫌われ続け、好きな王子とも結ばれない立場を――――。 

 このゲームが配信が終わらない限り、システムが壊れない限り、永久にこの屈辱と悲しさにまみれた人生は終わりを告げない。


 嫌だ――――そんな人生、もう嫌ぁぁぁぁぁ――――!!

「サーディン! ここから逃げるわよ!」

「お嬢様!? 逃げると言いましても、メンテが終わったらまたこの屋敷に強制的に戻されてしまいますぞ!」

「そんな気休めな家出なんかしなくてよ! このゲーム自体から脱出するのよ!」

 感情の赴くままに部屋中を走り回る私を爺やが慌てて追いかける。

「お嬢様、そんなお戯れを! 無理でございます。この世界から脱出するなど不可能でございます!」

「そんなのやってみなければ分からないじゃないの! それとも爺やは、私があの憎いヒロイン、エーデルにこのまま何十年も苦渋を味わう人生で良いと言うの!」

「そんなことはありませぬ。しかしシステム上、私も何も出来ませぬ故」

「きぃぃぃ! だったら大人しく私と一緒について来なさい!」

「お嬢様ぁぁぁ!」 

 無理は承知よ。でもどんな手段を使っても、この運命に抗うのも『悪役令嬢』のプライドってものじゃないの! 

 見ていなさいよエーデル! あんたに出来ないことを私はこの世で成してみせる!!

 

 私はこの作られた世界を壊すかのように、屋敷中のものを破壊し始めた。

「お嬢様こんなことしても、また元に戻ってしまうのでは?」

「良いから爺やも手伝いなさい!」

「はっ! 畏まりましたぁぁぁ!」 

 何を言っても私の怒りが収まらないと悟った爺やは、諦めて屋敷破壊行動の手伝いを始めた。

「あぁぁ……どうなることやら……」

「ええい! 無くなってしまえぇぇぇ! こんな世界!」

 正直、爺やが言った通り、こんなに壊した所で所詮システム。簡単に元に戻ってしまうかもしれない。

 だけど私にも、少しくらい奇跡が起きて欲しいのだ――――。

 この世界ゲームの中で細やかながら願っていたのは、好きな相手と結ばれる奇跡だった。それが永遠に叶わないのならば、こんな世界に居る必要なんてない。

 私はずっと、ヒロインの引き立て役で居たくはないぃぃぃ――――。 

 

 心の叫びが絶頂に達した時だった――――。

 突如照明が暗くなり、赤い光がチカチカと点滅しだす。

「これは……」

「お嬢様!」

 次にアナウンスがけたたましく鳴り響く。

『システム異常! システム異常! メンテナンス時間ヲ延長シマス』


奇跡――――起きた?

「サーディン! これって若しかして!」

「はい、お嬢様! 私たちの破壊行動が激しくて、何かしらシステムに影響を与えているのかもしれませぬぞ! このままもっと壊して……否、この屋敷ごと木っ端みじんに爆破させてしまいましょう!」

「爺や!?」 

 予想外に影響が現れたことで、突如爺やに火が点いたみたいだわ。だけど屋敷ごと爆破って、本当に大丈夫なのかしら――――。

 そんな心配をしている間にも、爺やは早々と荷物をまとめ出して、逃げる準備に取り掛かっていた。

「お嬢様、これを装着して下さいませ」

「こ、これは?」

「飛行傘でございます。これを装着して高い所から飛び降りると、空中で開いてゆっくりと地上に降りることが出来ます」

「そう……そんなものまで用意……って、それってつまり?」

「この屋敷には、屋敷の極秘資料や財産を守るために爆薬が仕掛けております。他にも何かあった時咄嗟に逃げるため、この飛行傘を用意されております」

「……マジなの?」

 さっき散々、私に何をやっても無駄っと言っていたのはなんだったの――――!?

 屋敷の爆破だって設定上のものなのに、こんなに本気になってどうするのよ!

 やる気満々の爺やに突っ込みを入れている間にも、爺やは私に手際よく『飛行傘』を背中に背負わせていた。

「では参りましょう~。いざ、ゲームの世界の外へ――――!」

「えぇぇぇぇ――――!」

 爺やは私の腕を掴んで、初老とは思えない力とスピードで走り出し、勢いよく窓へ飛び込んだ

 バァァァン――――窓枠が弾けるような音を響かせ、開いた小さな扉は私たちを見送るように送り出す。

そして、落ちる私と爺や――――。

「きゃぁぁぁぁ――――――――!!」

「去らばじゃ、『愛され令嬢は今宵も王子たちと舞踏会』の世界よぉぉぉ!」

「タイトル長いわぁぁぁ――――!」

 私たちが雄叫びを上げた数秒後、凄い爆発音と屋敷が崩壊する音が周囲に轟いていく。

 フォワン! フォワン! 

 ――――尋常じゃない音でサイレンが鳴り出し、綺麗な月夜が警告ライトで赤く染まる。


『バグリマシタ。原因解明マデ、システムダウンシマス』


 バグ――――それって、幸せの扉の鍵かしら?



 

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