六.

 私は、茜から金樟に行く途中の、道が急に曲がっているところで足を踏み外し、崖の下の用水路まで転落したのだという。

 意識をとりもどした茜にある病院のベッドの上で、そう聞かされた。

 歩道に積もった雪についた足跡が崖の突端にむかったまま途切れているのを不審におもった地元の人が、倒れている私を発見してくれたのだそうだ。

 枕もとには両親と杏莉の姿があった。

 朝早くの病院からの電話で起こされたからなのか、皆、目が赤く、腫れぼったいまぶたをしていた。

 杏莉にいたっては、涙と鼻みずで、顔じゅうがぐしゃぐしゃだった――もっともこれは、睡眠不足だけが原因ではなかったかもしれない。

 バスがなさそうだったから、金樟まで歩こうとしたのだ、という私の説明を信じてくれる人はだれもいなかった。

 茜駅前から、金樟を通って別の町まで行く路線はたしかに存在しており、私が電車を降りた八時台ならば、まだ最終バスが出るまえだったはずだ、というのだ。

 そして、私がめざしていたあたりには、いまはもう住む人の途絶えた廃屋しか残っていない、とも言われた。

 雑木林の中にならぶ鳥居と、その先にある祠、そこでおこなわれる祭礼などのことを話しても、聞いたこともない、と首を振られるばかりだった。

 数日してから、私は見舞いに来る父にたのんで、家族に返されていた、当日私が着ていた上着をもってきてもらった。

 泥がついたままのジャンパーのポケットには、那智谷さんが貸してくれた、黒い金属製のボディーのペンライトが入っていた。

 真月のことも聞いてもらったが、彼女はいまは普段とかわらず、元気にしているらしい。

 そういえば、ひどい頭痛とともに目が覚めたら、なぜか東京駅の地下ホームにいて、前日にどこかで飲んでいたことは憶えているのだけれども、細部はまったく記憶に残っていない、ということがあって、それは十二月二十五日の朝のことだった、とは言っていたそうだ。

 その前後に私と連絡をとったり会ったりしたことはあったかもしれないが、携帯電話の通話記録やメールボックス、SNSのメッセージにも、それを裏づける証拠は残っていなかったという。

 頭を打っている可能性がある、というのと、軽い低体温になっていたほかは、ほとんど体に問題はないはずだったのだが、私はなかなか退院させてもらえなかった。

 年がかわる直前になって自宅近くの病院に転院にはなったけれど、ビッグサイトに行くことも、新年を家で迎えることもできなかった。

 そして、繰り返しカウンセリングを受けさせられた。

 私は、インクで染みをつけた紙を見せられたときには、仲良く会話をしている姉妹の姿が見える、と答え、絵を描くようにと言われたときには家族団欒の様子を描いた。

 模範的な回答をしているつもりだったのだけれども、セッションが終わったあとカウンセラーの先生とふたりきりで面談する母は、毎回深刻そうな表情で病室に戻ってくるのだった。

 家族や看護師さんが、ふとしたはずみに漏らす言葉の内容をつなぎあわせて推測すると、どうやら私は、家出をして、ひと気のない廃村をさまよったあげく、自殺を試みた女の子、ということになっているようだった。

 カウンセリングは再発防止のためのケアのつもりであるらしい。

 それは真実からはほど遠かったのだけれど、私がそのように扱われるようになった原因の一端は、おそらく私自身にもあった。

 私には、隠していることがある。

 そのせいで、いくつもの問いかけに、不完全で不自然な受け答えしかできなかったのだ。

 事情を聞きにきた茜警察署の人にも、カウンセラーの先生にも、家族にも、話していないこと。

 それは、あの夜のできごとの一部だった。

 もしその内容を打ちあけたら、彼らは私のことを、自殺志望者というだけでなく、完全に精神に変調をきたした人間だと考えるようになるだろう。

 だから、私は語るのをためらっているのだ。あの洞窟の奥で自分が見たもの、聞いたことを。

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