隠された名所
ログフラ共和国において観光業、もっと具体的に言えば外貨稼ぎというのは、とても大切なものらしい。
零くん曰く、この国は軍事国家であり、だからこそお金に困っているという。何故なら強い軍隊というのはお金が掛かるから。例えば戦争映画に出てくる自動小銃の場合、自衛隊が使っているようなものだと一丁当たり二十~三十数万円。意外と安い気もするけど、でも何万人も歩兵がいるならそれだけ数を揃えないといけないし、整備費とか弾代は別だし、訓練で使えば故障もあるだろうし、量が量だから保管庫を建てたりしないとだし、老朽化もあるから定期的に購入しないとだし……銃を一種類維持するのにどれだけお金が掛かるのやら。
これに加えて戦車だとか戦闘機、あとログフラ共和国は海沿いの国だから駆逐艦とか潜水艦とかも持つと、もうお金はいくら有っても足りない。しかもそういう最新兵器はアメリカとかの『先進国』が作ってるものだから、基軸通貨であるドルを使わないと全く買えない訳で。
だからこそ観光客からの外貨獲得が大切で、リゾート地の開発にとことん力を入れているらしい。その目論見はそれなりに成功したらしく、稼いだ外貨で最新鋭の兵器を揃えているとかなんとか。
……正直それを聞くと、凄く観光を楽しみ辛い。わたし達の支払ったお金が、他国を脅したり侵略したりする兵器を買うために使われるというのは、わたし的には抵抗がある。勿論最低限の装備は国を守るために必要だと思うし、武器とはいえ商品にお金を支払うというのは当たり前の事だと思うけど、話に聞くこの国の軍事力は過剰だとも感じるし。
だから、うん、そういう意味では此処は思いっきり楽しめる場所だと思う。お金を使う必要がないから。
でもね?
「くっさあああいっ!? 臭っ!? くさぁ!?」
ルビィが雄叫びを上げているように、鼻がもげそうな悪臭が漂う場所に恋人及び友人を連れてくるのは割と本気で止めてほしかったなぁ。
わたし達は今、ホテルから凡そ三十キロほど離れた海沿いに居る。海沿いと言っても埋め立て工事が進められ、岸部はコンクリートで固められていた。海は真緑色に汚れていて、ホテル周辺の青い海からバスで一時間も掛からないような近場とはとても思えない。磯風も酷く生臭くて、そこに癒やしを求める事も出来ない有り様。周りに家はなく、如何にも郊外といった感じ。
そして何よりキツいのが、目の前のフェンス越しに見える『施設』。
ううん、施設そのものは多分臭くない。小学校の校舎ぐらいの大きさがある工場には長く伸びた煙突が生えていたけど、そこから煙は出ていないのだから。というか機械が動くような音すら聞こえてこない。恐らく、殆ど稼働していないと思う。
その代わりとばかりにトラックやショベルカーが動いているのが、フェンスのすぐ傍にあり、工場とも隣接している土地。
その土地には山のように積まれたゴミがあった。何ゴミかと聞かれると、凄く困る。パッと見ただけで段ボールとか空き缶とか、車とか材木だとかトタン板だとか……なんでもかんでもあるからだ。漂ってくる生臭さを考えると、生ゴミもあるに違いない。燃えるゴミも燃えないゴミも一緒くたみたいだ。
あまりにも酷い光景と臭い。わたしもルビィも磯矢くんも、誰もがテンションだだ下がりになってしまう。
「うん、良いね良いね。こういうのが見たかったんだ」
ただ一人、この場所に立ち寄りたいと言って皆を引き連れた、わたしの彼氏を除いて。
零くんはゴミの山を見て、テンション上げ上げ状態。数枚の写真をスマホで撮った後、今は大きなカメラで敷地内のゴミ山の撮影をしている。カメラで撮影した数はもう何十にもなりそうだけど、角度を変えたり向きを変えたりで、もうしばらく撮り続けそうな様子。わたし、今日はまだ一枚も撮ってもらってないんだけどなー。
まぁ、彼女であるわたしは彼が何をしたいのか、すぐに理解出来た。この旅行の『真意』についても。だけど傍から見れば変人の奇行。ルビィと磯矢くんも訝しげに見ている。
「ねぇ、何してるの? 此処、なんか新手の観光名所な訳?」
ついにルビィが尋ねると、零くんはカメラから目を離さずに答えた。
「勿論見た通りゴミ処理施設だよ。今人類が遭遇している環境問題の中で、最大級の問題児さ」
その答えを聞けば、ルビィも磯矢くんも納得する。納得したから、二人とも肩を落とす。
零くんとわたしの大学での専攻は、環境学。その中でも環境問題について学んでいる。
零くんは環境問題の解決に熱心で、海外で現地の写真を撮るというのは日常茶飯事。教授が何処そこに行くぞーと言えば、即答で何処にでも付いていく。あとわたしも一緒に連れていかれる。割とこの活動的な姿勢と斬新な発想で、まだ院生でもないに数々の論文を世に出してるから、本当に凄い事ではある。わたしは、まぁ、そういうところに惚れたので、連れていかれるのは嫌じゃない。
ルビィや磯矢くんも零くんのそういうところは知っているので、旅行先でも環境問題の調査をしようとする姿勢を今更責めたりなんてしなかった。ただ、なんの調査をしているかは気になるのだろう。今度は磯矢くんが尋ねる。
「最大級の問題児ってのは、どういう事だ?」
「うん。まずこのゴミ処理施設なんだけど、国内向けじゃなくて国外向けなんだ。『ゴミ輸出』のための場所だね」
「ああ、ゴミ輸出問題は知ってるぞ。とある国が他国にゴミを押し付けるやつだ……最近は特に酷いらしいな」
「うん。ハッキリ言って最悪。この状況が続いたら、本当に取り返しが付かなくなるよ」
零くんの答えを聞き、磯矢くんが表情を曇らせる。ルビィも顔を顰めた。二人の専攻は環境学じゃないけど、零くんと友達なのだからその手の話は何度も聞かされている。それにゴミ問題については、昨今はニュースでもよく聞く話だ。
二〇一〇年代後半から、自国で処理しきれなかったゴミを海外に押し付ける行いは問題視されていた。特に廃プラスチックの問題は深刻で、あまりの量に何処の国でも処理が追い付かないほど。受け入れ国はリサイクルすると言いながら、結局燃やしたり埋め立てたりしていたらしい。
流石にこれは良くないと二〇二〇年代中頃、問題解決のための様々な国際条約が結ばれた。先進国はゴミ処理能力を向上させ、どうにかゴミを自国で処理するようになったけど……数年もしたら今度はゴミの埋め立て地がなくなった。二〇一〇年代で既にパンク寸前だったのだから当たり前の結果なんだけど、いざそうなったら何処の国も対処なんて考えてなくて大パニック。じゃあもう条約無視してでもゴミを外国へとなったけど、一〇年代の主要なゴミ受け入れ場所だった新興国は経済発展によりゴミ輸出国に『成長』していた。もう、何処もゴミなんて受け入れられない状態になっていたのだ。
そうしてドタバタしていた時に新たな処理場として名乗り出たのが、世界で最も貧しい地域だったアフリカ各国。彼等はゴミを引き取ると先進国に言ってきた……勿論、有料で。経済的に未発達な彼等は、兎に角外貨が欲しかったのだ。
新しいゴミ処理場が現れて、先進国も新興国も諸手を挙げて喜んだ。そうしてゴミは綺麗に片付いてめでたしめでたし……となれば良かったのだけど、そうはいかない。何しろ経済が未熟なアフリカ各国の処理能力は、先進国から見れば皆無としか言いようがない状態だったから。世界中からやってきたゴミは空き地に積み上げられてそれでお終い。焼きもされないそれらが敷地内から転がり落ちて、海とか陸地を汚染する。むしろどうせ外に漏れ出るからと、受け取った傍から海に捨てる国まである始末。
お陰で、環境悪化のスピードがここ十年で一気に加速したとかなんとか。
「論文やニュースでそういった話は聞いていたけど、やっぱり実物を見たかったからね……おっ、ベストショットだ」
そう言いながら零くんがカメラを向けた先――――海に隣接しているゴミ処理施設では、ゴミ山が現在進行形で崩れていた。どどどどどっ、という音が聞こえてくる。大量の、分別も何もされていないゴミが一気に海へと流れ出た。
そんなあってはならない光景が見えていただろうに、海の彼方からやってきた外国の船が、ゴミ処理施設と隣接している港に接岸した。
……ベストショットとか言ってるけど、零くん、今頃腸が煮えくり返っているに違いない。ちょっと顔が怖くなってるし。
「これは酷い……! 何故この国はこれを放置している! 処理出来ないなら、受け取りを辞退すべきだ!」
そして正義感に熱い磯矢くんは、この惨状に対し怒りを露わにした。
「そりゃ、今じゃこれもこの国の外貨獲得源の一つだからね。ぶっちゃけ観光客よりずっと儲かる。利益があるんだから、ゴミの供給元が輸出を止めない限り止まる訳がないよ。利権にもなってるだろうから、山本くんみたいな人が政府にいても握り潰されるだろうね」
「ぬぅ……ならせめてゴミは自分の国だけで処理出来るようにしないとな。良し、明日から俺はもっとゴミを減らすよう、努力するぞ!」
「あはは。山本くんはもう十分やってると思うけどね。でも、そうしてくれるとボクとしても嬉しいかな」
本当に嬉しそうに笑いながら、零くんはカメラをしまった。もう十分撮影したという事なのだろう。
「じゃあ、ボクの目的は済んだから、あとは旅行を存分に楽しもうか。ホテル横のプールとか、海が見えて綺麗だよ。キララの水着も見たいし」
それから何事もなかったかのように、そう告げてくる。
水着が見たいと言われたわたしは身体が熱くなるのを感じて、ルビィと磯矢くんは大きくずっこけた。
「アンタ、この流れでよく平気で言えるわね……そういやなんでプールの周りの海は綺麗なのかしら。ゴミ処理施設がこんな、バスで一時間掛からないぐらい近いのに」
「海流の問題じゃないかな。ホテルからゴミ処理施設の方に流れているから、ゴミ処理施設の汚染はホテル側には来ないんだ。観光客に汚いところは隠せるよう、向こうも考えている訳だね」
「……最悪。私、悪い事して隠すやつが一番嫌い」
心底嫌そうに、ルビィは不満を言葉にする。磯矢くんの事を真面目で誠実とか言っていたけど、ルビィも似たようなものだ。
「まぁ、ホテルの人達はただの労働者だし、そう嫌わないでやってよ。彼等も生活があるからね」
「分かってるわよ。環境問題ってそーいうのが、こう、ぐちゃぐちゃーってなるから嫌い」
「ははっ、確かにな。もう少しシンプルな方が、俺も分かりやすい」
「そうだね。それはボクも心底思うよ……さて、それじゃあお昼はシンプルに、ケバブにでもするかい? 確かホテルの近くに屋台があったよ」
「いや、そこはもっとアフリカらしい料理にしろよ。ケバブは中東の料理だろ」
わいわいと話ながら、零くん達は此処へ来るのに使ったバス停の方へと歩き出す。わたしも、今はこの国の環境問題を見て回りたい訳ではなく、卒業旅行を楽しみたい。すぐにみんなの後を追おうとする。
ただ、零くんほど熱心じゃないけど、わたしも環境問題には人より強い関心があるもので。
最後にもう一回、しっかりこの目に焼き付けておこうと思いゴミ処理施設の方へと振り返る。施設の横にあるゴミ山の存在を、ちゃんと記憶に刻み込んで……
「……あれ?」
そうしていたら、ふと、違和感を覚えた。
何か、変な気がする。
違和感を覚えたのだから何かがおかしい筈。だけど何がおかしいのかは分からない。
十メートル近い高さのゴミ山が乱立している点? ううん、そのぐらいの高さなんて、別におかしくない。港に着いた船から運び出されたゴミを使って、ショベルカーとトラックが現在進行形で新たな山を作っているし。
それともゴミ山を作っているゴミの種類? フェンスのすぐ傍にあるゴミ山を見れば、山の土台となっているのがぐちゃぐちゃな黒いもの、多分焼却処分時の灰だと分かる。その灰から飛び出すように、段ボール箱とか空き缶とか、傘の骨組みだとか石像だとかガラス瓶だとか、魚の骨とか牛の頭蓋骨みたいなものとか……見慣れているかは兎も角、様々なゴミが見られた。それらのゴミの中に、特別変なものは見当たらない。分別も何もないのは気になるけど、『違和感』とは違う。
なんだろう。何がおかしい?
変なものがある訳じゃない。だとしたら、あるべきものがないという事? 一体何がないのだろうか。このあらゆるゴミが集まったとしか思えない、ゴミ山から何が――――
「キララぁ! どうしたのー!」
なんて考えていたら、ルビィの大きな声が聞こえてきた。
ハッとして振り返れば、随分遠くまで歩いていたルビィがこちらを向いていて、口の周りを手で囲った体勢で居た。わたしを呼び、待っている。
ちょっとだけのつもりが、随分考え込んでいたらしい。かなり恥ずかしい事をしてしまったと、顔がカッと熱くなる。ぶんぶんと頭を振って、頭の中の考えを外へと追い出す。
「う、うん! ごめんね、今行くよー!」
すぐに返事をして、わたしはルビィ達の下へと向かう。
そうすればもう、ゴミへの違和感なんてこれっぽっちも残っていなくて。
これから始まる本格的な卒業旅行に、胸が弾み出すのだった。
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