第10話 鶯菜乃葉さんが物語になる時

(紅茶を飲みながら、私はひとつのわだかまりを吐露とろした。

 昨夜、汐海 クリスティーナ 凪沙さんとのキスを見たことを話したのだった。


 桃ヶ崎甘奈さんは、冷静さを失う様子もなく、あっさりと答えてくれた。)



「私は、汐海さんが好きだから。

 うぅん、好きから。かな……。


 2年の間に99回、告白したの。

 あっさりと、全部断られたわ。


 秘密にしてることじゃないのだけど……、汐海さんは私が書く物語の主人公のモデルなの。

 勝手に彼女をモデルにして書いてるの。


 私は彼女のように、なんでもできて、学園のアイドルを物語の中で表現してみたかった。


 私が書く物語の主人と、汐海さんが似てると思ったことない?

 瓜二つ。結構似てる自信あるんだけどなぁ。」



(言われて、気がついた。


 桃ヶ崎甘奈さんが書く主人公は、確かに汐海さんそっくりだ。


 元々、私は桃ヶ崎甘奈さんが書いた小説が好きで、そこに登場する主人公を愛していた。


 そして。

 いつしか。

 どこかで、汐海さんと重なるものを感じていたのかもしれない。


 つまり、最初――桃ヶ崎さんが書く汐海さんに憧れ、モデルとなった汐海さんに徐々に興味を抱くようになった――。)



「思い当たる節があります。


 だって私、汐海さんを好きになってると思います。」



「書き手としては、最高に嬉しい言葉ね。」



(桃ヶ崎さんは、長い黒髪に手をやった。

 その髪の毛の一本一本が木漏れ日を照り返して美しい。


 彼女は髪の毛は、私のと同じ女の子とは思えないほどに、綺麗だ。)



「お願いしてもいいですか?」


「ん? 何を?」


「今から私の前で、小説を書いてくれませんか?

 桃ヶ崎さんが小説を書いてるところを見たいんです。」



「……。」



「お願いします。静かに、黙って見てますから! そういう問題じゃないですか? 物語が書けるって神秘的じゃないですか。見てみたいんです。」



「……いいわよ。それじゃ、新しい作品を書いても、いいかしら?」


「新作ですか?」



「私、次の主人公は、鶯菜乃葉さんをモデルにしたいの。」



「私なんて書いても、ツマラナイですよ。 


 大役過ぎて、荷が重いです。


 彼氏もいない。勉強もできない、スポーツも得意じゃない。

 絵も上手くない。あっ! でも、ちょっと毛筆だけ得意かもです。


 それから、お姉ちゃんがいます。なんでも得意な人で、人当たりもよくて、人気者なんです。私は、お姉ちゃんとあまり喋らないんですけど……。


 こんなごくごく普通の高校生がモデルでいいんですか?」



「そんな普通の高校生だから書いてみたい。

 

 何に興味があって、何を見て笑って、何を見て楽しいと思うのか。


 好きな食べ物、嫌いな食べ物。


 鶯菜乃葉さんの、ひとつひとつを知りたい。」



(桃ヶ崎甘奈さんは、引き出しから原稿用紙と万年筆を取り出すと、丸テーブルにそれを置いた。


 私を黙って見つめて、原稿用紙に『プロローグ』と、書く。


 真っ白な原稿用紙が桃ヶ崎甘奈さんの言葉で埋まっていく。


 その中に、私が登場する。


 まるで夢のよう。


 桃ヶ崎さんは、少し筆が止まると、私の背後に立った。


 私の首筋に、桃ヶ崎さんの鼻が当たる。


 少し振り返ると、――そのまま唇を奪われた。


 静かな部屋で、私はただ身を任せていた。


 やがて、桃ヶ崎さんの手が、私の胸にそっと触れた。)

 



(――鶯菜乃葉さん。


 どこにでもいる普通の女子高生。


 平凡で、どこにでもいる女の子。


 だけど、ひとつだけ。

 みんなと違うところがある。


 それを、彼女自身、気がついていない。


 彼女は、菜の花の香りがする女の子――。)





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