第9話 鶯菜乃葉と桃ヶ崎甘奈とトリとハナと

(なんとか物事を好転させようと隣クラスから大慌てで入ってきた鶯菜乃葉さんが私の前で息を切らしている。)



「ハナさん……」



(チャットネームで呼ばれて、あぁ私の目の間には、正真正銘、トリさんがいるんだなぁって実感した。


 チャットして3年。

 その間に『会おうね』なんて一回もメッセージを送ったことはない。


 リアルとネットは全く別の方がいいと考えていたからだ。


 実際に深入りしない距離感がとても心地よかった。


 それでも。

 いつもどこかで、私はトリさんを探していた。


 でも、まさかだ。

 こんな風に出会えるなんて想像してもなかった。

 ゆっくりと、その名前を口にする。)



「トリさん……。」



(チャットネームを呼ばれて、ハナさんもスマホを見て気がついていたのかぁって思った。


 チャットして3年。

 その間に『会いたいね』なんて一回もメッセージを送ったことはない。


 私は。

 ハナさんの書く小説が好きで、ファンのひとりでいたかった。


 ハナさんの目も口も鼻も耳も、ひとつひとつ。


 小説の登場人物を読みである受けてが自由に想像出来るように、私もハナさんを自由に思い描くのが楽しかった。


 それでも、確かに。

 いつもどこかで、私はハナさんを探していた。


 ずっと。


 ずっと。


 でも、まさか。

 こんな風に出会えるなんて想像もしなかった。)



 キーンコーンカーンコーン。



(私は、静かにスマホを差し出した。

 桃ヶ崎甘奈さんも同じだった。


 昨日の汐海さんとキスしているとき、絶望した。


 でも。


 これで2人は終わりじゃない。


 新しい始まりだと思いたい。


 信じたい。


 リアルから逃げていた訳じゃない。


 名前も顔も知らない2人からリアルに変わっても、大丈夫。


 きっと。


 きっと……。


 ………………。


 授業中。

 ハナさんからチャットが届いた。)




【今日の放課後、体育館の裏にある、元文芸部の部室に来てくれますか? ハナ】


【行きます。トリ】




(送られてきた地図通りに、体育館の裏から茂みをかき分け、小道を進むと小さな建物が見えた。看板に文芸部とある。


 私は、いつもハナさんとチャットの距離感を思い出しながら、ノックした。)



「トリです。……鶯菜乃葉です。」



(ゆっくりとドアが開いて、トリさんが思いの外笑顔で出迎えてくれた。


 中央には小さな丸テーブルがあって、そこには可愛いティーカップが2つ。

 中に入ってみると、外の見た目とは違い、本がぎっしりと並ぶ室内に、木漏れ日が差し、部屋全体は明るく清潔感があった。)



「ハナです。……桃ヶ崎甘奈です。紅茶をどうぞ。」



(席に案内されて、紅茶を一口。


 美味しい。

 

 喉をからお腹に紅茶が入っていくと、ほっと落ち着いた。


 2人には3年の思い出が少なからずあった。


 ここにきて、それまでに抱いていた不安や嫉妬はなくなっていた。


 きっと紅茶が、違う。


 桃ヶ崎甘奈さんの人柄がそれを忘れ去れてくれる。


 ただ、本に囲まれて紅茶を飲む。それがともて贅沢な時間だった。)



「私ね、ここでいつも小説を書いてるの。」



(これが、ハナさんが初めて私に話してくれた内容だった。)


「もともとは看板にあった通り、文芸部の部室として使っていたのだけど、去年に廃部。今では誰もこの場所を知らない。


 おかげさまで、私だけの執筆活動に使わせてもらっているわ。


 秘密の場所。


 人を招いたのも、鶯菜乃葉さんが初めて。」



「そんなところに私が来ても良かったんですか?」



「ずっと。トリさんともし出会うことがあったら、この場所で紅茶を飲みたいと思っていたの。」



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