第6話 トリとハナ

(どうしてよぉぉぉおおおおおおおお。

 汐海 クリスティーナ 凪沙さんから届いたチャットアプリの友達申請を拒否ってしまった。


 唖然としている。私バカだ。


 ラブホからの帰り道、意外にも汐海さんは言葉数が少なかった。

 私の少し前を、スタスタ歩いていた。


 夕日が街を赤く染め、溢れては消えていく言葉なんて必要じゃないほど美しい時間だった。街全体が魔法に掛かったみたいに。


 山手線のホームで別れ際に、チャットアプリのIDを交換したい。と、言われた時、すっごく嬉しかった。


 私は、気が付いたら満面の笑顔で頷いてた。


 なのにだ!


 届いた申請を間違えて、拒否してしまった。


 汐海さんとチャットするチャンスだったよね!


 押し間違えるとかありえないでしょ……。


 不甲斐なさに、枕を顔を押し付けた。)




(どうしてよぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!

 鶯さんに送ったチャットの友達申請が拒否されてしまった。


 理由を探せば、心当たりは……ありまくる。


 先週はトイレで許可なくキスした。


 本日はラブホに連れ込み、乳首を舐める。


 嫌われることしかしていない。


 てか、私どんだけ変態よ……。

 

 鶯さんを見てると、自分を見失ってしまう。

 それに気がつき始めていた。


 今日の帰り道を思い返す。

 確かに、鶯さんは無口ではあった。けれどそれは、街を赤く染めた夕日が、不確かな言葉が邪魔になるほどに美しい時間だったから。


 街全体も鶯さんも魔法に掛かったみたく美しかった。


 別れ際に、笑って手を振ってくれた。


 なのに、拒否って。

 あの夕日を背にした笑顔は演技だったの?!


 役者じゃん。


 もしくは。

 鶯さんは、私なんかとチャットするより、すでに仲のいい人とチャットしてるとか。


 いや、仮にそうだとしても、友達申請を拒否するって、どうなのよ。

 多分……、操作に慣れてなくて、間違えただけと思いたい。


 そう信じる。

 でないと、明日を迎え前に、精神がぐちゃぐちゃになって崩壊しそうだ。)




(死にたいほど後悔した後、私は意識を失ったようにベッドでぼんやりしていた。

 

 ――スマホが鳴る。

 ハナさんからのメッセージだった――。)

 


【こんばんは! ハナです。今日も1日お疲れ様。トリさんはどんな1日でしたか?】


【こんばんは! トリです。今日も1日お疲れ様です。聞いてください! 実は今日は超ビッグイベントが発生したんです!!! いきなり友達が出来ました!

 そして! 友達と新宿にお出かけ! タピオカを一緒に飲んで来ました!】



【良かったですね!!! おめでとうございます!


 トリさんに嬉しいことがあると、ハナも嬉しい気持ちになります。】



(私のチャットネームは、トリ。

 鶯菜乃葉のうぐいすが、鳥だから、チャットでは【トリ】と名乗っている。

 ハナさんとは、チャットだけの関係。


 3年くらい前から毎日、チャットしている仲でつらいことや、嬉しいこと。何気ない日常を話している。


 私とハナさんのきっかけは、ハナさんが書いているネット小説だった。『ツンデレ美少女が拗ねてて可愛すぎる件 』っていう恋愛小説を読んでハナさんに興味を持った。


 そこからチャットの方でもお話しするようになった。

 実は、本名も住んでる地域も知らない。


 ただ、彼女を一言で例えるなら、花のような人だと思う。)



(私のチャットネームは、ハナ。

 名前は、桃ヶ崎ももがさき甘奈かんな

 桃が花だからネットでは【ハナ】と名乗っている。

 

 私は高校三年生。

 まだ男の子にドキドキしたことはない。


 告白された経験は、15回。

 全部、丁寧にお断りした。


 男の子は、私の顔が好きなだけ。

 胸にも、興味はあるのかもしれないけれど。


 性格までは、誰も見てくれない。

 何が好きで、何が嫌いか。何にときめいて、何を欲しているのか。


 ベッドに寝転がって星を眺める。

 流れ星が流れる。


 私は、こうして夜の星を眺めるのが好き。

 クラスで、こんな風に、ぼーっとしてると『大丈夫、具合悪い?』とか、言われるけど……、余計なお節介。


 スマホに――トリさんからメッセージが入る。)



【ハナさんは、どんな1日でしたか? 楽しいことはありましたか?】


【実はねっ! 私も今日は新宿のタピオカに行ったんだよ! 偶然過ぎて驚いている!】


【えええええ! ハナさんも東京だったんですね! 初めて知りました。】


【そうそう私も東京。東京って広いよね。新宿ってタピオカの激戦区だし。】


【今日はどこかですれ違ったかもしれませんね。】


【同じタピオカ屋さんに行ってたりして?!】


【それ運命だねっ!】



(私は、星を見ながらトリさんとチャットする時間が好き。

 スマホを胸に当てて、トリさんを想像する。


 どんな顔で、どんな風に笑う人だろう。)



(私は、ハナさんが書いたネット小説を読みながら、ハナさんとチャットする時間が好き。


 それはまるで、彼女の心に触れたような気持ちになれるから。)


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