第2話 2人の部下

◆ 2020年12月29日(火曜日) 午後01時20分 

僕は若者と離れてから5分程で事務所のビルにたどり着いた。


『ただいまー』

ドアの前に立った僕はいつもの様にひと呼吸おいてから事務所のドアをあけ、靴を脱ぎながら仲間に声をかけた。


『あっ、社長!お疲れ様でーす。』

『お疲れ様でーす。』

すぐさま事務所の奥から元気な声が2つが返って来た。


最初の声の主は入社2年目、データ分析を担当する「森本 有希子」。

 ・24歳の独身女性。

 ・容姿を韓国の女優で例えるなら

  イム・ウンギョンさん。

 ・可愛いのだが、感情が顔に表れやすく、

  営業には向かないタイプである。


続く声の主は入社5年目、営業を担当する「本吉 義郎」。

 ・27歳の独身男性。

 ・容姿を韓国の俳優で例えるなら

  チソンさん。

 ・二枚目から三枚目までこなせそうな

  人当りの良いタイプである。


あっ!伝え忘れていましたが、

僕は「真島 陽太」。

 ・50歳の既婚男性。

 ・容姿を日本の芸能人で例えるなら

  若い頃の大村 昆。

 ・この会社「テイル・ウンイドデータ」

  の代表取締役である。

テイル・ウンイドデータと言う会社は、社会的事象(災害・事故・大統領発言・紛争など)の影響による為替レート・石油価格・金価格などの未来変動を予測し、依頼元の企業からトランデータを受け取り、此方のマスタとの関連性を付けて、お客様における未来の資産状況や投資に役立つ情報を提供している会社である。


『オビワールドさんからの発注、どうなった?』

真島は自分の席に向かいながら本吉に発注状況を確認した。

オビワールドとはアメリカ国内でベスト20に入る投資会社である。


『朝一番で発注頂けていた事を確認しました。』

本吉から軽快な声で回答が返ってきた。


そのまま本吉は状況報告を始めた。

『午前10時には分析を行うトラン、10万件もアップロードされてます。』

『今は森本さんにデータの特異点調査をしてもらってます。』

『それと、・・・』


本吉が森本にアイコンタクトを取った。


『そのトランの分析ですが特異点の項目群の洗い出しは完了です。』

『仕掛中の作業ですが、此方が持っている過去の社会的事象データと突合せする

 クエリの最終チェックをしております。』

『年明けの仕事始めには結果(予測データ)をご提出致します。』

森本は社長に次の質問をさせなくても済む様に、的確に要点だけを回答した。


此方が持っている過去の社会的事象データとは、1980年から現在までの社会的事象をカテゴリに分類し、さらに同じカテゴリの中でも幾つかのレベルに分け、

それに発生国と地域と発生日を付加して作ったマスタ情報と、1980年から日単位で為替レート・石油価格・金価格・株価などの膨大な情報の事である。

体系図にすると下記のようなデータであるが、注目すべきはその仕組みである。

仕組みを簡潔に説明すると、WEB情報から自動で情報を検索しマスタデータを作成するウエブスクレイピングと言う仕組みと、AIを使って未来予測データを作成する仕組みを独自で構築している事である。


【マスタ1】

  社会的現象:●▲■台風

   ┣レベル:A-2

  ┣日本・東京都

  ┣開始日 2019年9月20日

  ┣終了日 2019年9月21日


【マスタ2】

  日本・東京都・2019年9月20日

   ┣為替レート 140($/円)

   ┣原油OPEC 81.06($/バレル)

   ┣金  3400(円/g)


真島は椅子に座ってからすぐにパソコンの電源を入れた。

   

『お手すきの時にでも注文請書.PDFにサインインをお願いできますか。』

本吉が僕のタイミングを見計らって電子承認を求めて来た。

タイミングとは僕のパソコンのOSが起動し終えて、安定稼働に入るのを想定した時間である。


『了解』

真島はマウスを片手に返答をした。


真島が注文請書.PDFを確認しようとしたその時、背中越しの窓から救急車とパトカーのサイレンが大きな音で聞こえてきた。


『事故ですかね?』

『それともまた新型コロナウイルスに感染した人が駅で暴れたのですかね?』

『被害とかなければ、いいですよね~』 

徐々に大きく鳴るパトカーのサイレン音によって本吉もサイレン音を意識したのか、特に誰に対してでもなく普段の声量で呟いた。


その時の森本はサイレン音が全く聞こえていないのか、モニターに顔を寄せてクエリ結果の最終チェックに没頭していた。


サイレン音が聞こえなくなった頃から、僕は事務所に到着するまで妄想の回想をし始めていた。


30分程経過すると再び救急車のサイレン音が聞こえ始めた。


『社長! 救急車の到着から発車まで結構長かったですよね。』

『社長がお戻りになられる途中に何か見てませんか?』

本吉が僕に話しかけて来た。


『パトカーの台数が多そうだから事件かな?』

『そう言えばここにくる途中に大曽根の地下道で若者が中年らしき男性を尾行しているのを見かけたよ。』

『その若者は僕のすぐ前を歩いていて、前方の中年らしき男性を意識しながら歩いていたから、尾行だと思ったんだ。』

『最後まで見届けはしなかったけど、もしかしたら二人が取っ組み合って若者が倒れていたりしてね。』

真島は本吉の質問に対して妄想の結末も付け加えて話をした。


すると先ほどまで仕事に没頭していた森本がディスプレイを除いたままの姿勢で会話に参加して来た。

『社長の妄想の8割は現実化しているから、怖いですよ~。』


どうやらサイレン音も会話も全て耳に届いていたようだ。


『やめてくれよ、変な妄想が現実化しているとそれは呪いだよ、呪い。』

『俺は呪術師ではないから。偶然だ偶然、偶然にしておいてくれ。』

真島は少し困惑し、それを隠すかのように苦笑いをしながら森本に言った。


『アハハ、そうですね』

『でも社長~、先週の火曜日に中国の習遠平に対して "脳梗塞になって失明ぐらいしていると、この世界の安全度が上がるのになぁ" とおっしゃってましたよね。』

『あれ、その2日後に習遠平が脳梗塞で入院したじゃないですか。』

『あれはやっぱり、社長の呪いではないですかぁ〜。』

森本は笑いながら2度頷いた後、思い出したかの様に少し前に僕が話した願望に対して突っ込んできた。


『そうなんだよな~、あの偶然は自分でもびっくりしたよ』

『暫く妄想を控えようかな~』

真島は更に困惑感が増した様相で森本に言った。


その時、僕は妄想中に額に右掌をあてる癖を思い出していた。


暫くして森本は仕事の手を休めて立ち上がった。

コーヒーが飲みたくなったからだ。


『社長、何か飲まれますか?』

森本は給茶室に向かって歩きながら僕に確認して来た。


『じゃあ、ホットコーヒーをお願い。』

僕は"TVドラマならもっと早いタイミングでお茶を確認するだろうに"

と思いながら言った。


森本は僕からの返事を聞きながら本吉にも見えるように右手をあげて指でOK?を示して給茶室へ入って行った。

それを見た本吉は給茶室へ向かった。

実はこのOK?は森本が本吉を呼ぶサインでもあったのだ。

本吉が給茶室に入るなり森本と本吉の会話が始まった。


『社長さぁ、時々すごい能力を発揮する時がありますよねぇ。』

『私が3時間かけて見つけた出した特異点に対して、社長は一度もデータを見ていないのに私が気が付かなかった特異点を教えてくるんですけど、それってどう思います?』

森本が本吉に意見を求めた。


『確かに社長はデータを余り見ないよね。』 

『でもさ、俺がお客さんに渡すデータはどんな工程で作られたかを知っているんだよね。』

『僅かな時間でこっそりチェックしているのかなぁ?』

『それとも、これまでの長い経験で培った推理力なのかなぁ?』

『どちらにしても、スーパーマンだよ、スーパーマン。』

本吉は社長への尊敬を含めて意見を述べた。


『ほんと、普通人ではないですよね。』

森本にとっても、経験だけでデータしっかり見ないで特異点を言い当てるなんて考えられない事からの同意する返答であった。


そうこう会話をしている間に3人分のコーヒーが出来上がった。


『スーパーマンの為に作った特別コーヒーです。』

森本はコーヒーカップ2つを持って、その1つを僕の机に置きながら、本吉に聞こえる様に言った。


『おっ、サンキュー』

真島は"スーパーマン"の言葉はスルーして森本の顔を見て感謝の気持ちを伝えた。

それを見ていた本吉は笑みを浮かべながらコーヒーを手に持ったまま席についた。

その後、森本も自分のコーヒーを置いて席についた。


◆ 2020年12月29日(火曜日) 午後03時00分

2020年の仕事納めの午後3時になった。


『社長、今年一年もお世話になりました。』

『よいお年をお迎えください。』

本吉が席を立ちながら


本吉と森本は机の上を整頓し始め、お互いに相手の整頓が終えるのを待って僕に年末の挨拶をしてから退室して行った。


真島は2人がビルを出たのを窓から見届けると直ぐにGoogleで"習遠平のその後"を探した。

だが、新しい情報は何も見つからなかった。

『手術はどうなっているんだろう?』

『無事に手術を終えて経過観察中か?』

意識して額に右掌をあてて、そして呟いた。


◆ 2020年12月29日(火曜日) 午後05時00分

真島はパソコンをシャットダウンさせつつ、立ち上がりコートを羽織った。

そして事務所を出て大曽根駅へと向かった。

若者のその後が気になっていたからだ。


大曽根駅の途中で信号待ちをしていると強く冷たい風が攻撃してきた。

『う~、さぶぅ~』

思わず両肩を釣り上げ首を引っ込めて呟いた。

両手をコートのポットに入れて歩いているが、鼻や耳には耐え難い冬の風だ。

歩行者信号が青になるのを待って、少しだけ駆け足で地下道へと向かった。


地下道へ向かう階段手前に来た時、スマホからeメールの着信音が聴こえて来た。

真島は立ち止まってeメールを確認した。

 社長

 お疲れ様です。森本です。

 まだ、事務所ですか?

 今、TVニュースで今日の13時過ぎJR大曽根駅で20歳くらいの男性が倒れており、

 病院に運ばれましたが、その後、死亡が確認されました。

 と出てますよ。

 もしかして、社長が見掛けた若者ですかね?

 ネットでも確認できますよ。

 以上です。


「まじか」

「宝くじの一等は当たらないのに、こう言う事は当たるんだよなぁ」

真島は頭の中でそう呟いて、妄想の中で事件現場となっていたJR大曽根駅の改札へ足早に向かった。

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