遠隔思念

コンスタンティヌス1世

第1話 妄想

 2020年12月29日(火曜日) 午後01時00分

ここは名古屋の市営地下鉄大曽根駅とJR大曽根駅を行き来する地下通路。

僕は駅から離れて行く南西出口に向かって歩いている。

会社に戻って経理仕事をする為だ。

この地下通路は、地上との往来用エスカレータに隣接するコンビニエンスストアとその向かいのドラックストアを通り過ぎてしまうと他に集客を期待できそうな店舗がないので、地下通路の人通りほぼゼロ。

また、音楽が流れていない。

だから、普段は自分の靴音だけが響く通路となっている。


ところが今日に限っては僕と同じ方向に若そうな男性と、その先に中高年らしき男性が歩いてる。

響く靴音は3つ?、いや2つ。

僕と2人の距離は10メートルと20メートルくらいだろうか。

僕の歩調が他人より少し速い為か、数秒で若者の約2メートル後方まで近づいた。

僕は若者を追い越すタイミングを見計らうとしたちょうどその時、若者に対して”僅かな苛立ち”の感情が湧いた。

それと言うのも若者は急にフェイントでもしているかの様に、歩調に強弱をつけたり上半身を左右に揺らしたりして歩いたからだ。


「なんだコイツ」

僕は怪訝な顔をしながら心のなかで呟いた。


この程度の”僅かな苛立ち”は、ほんの数秒の急ぎ足で彼を追い越しさえすれば解消出来るのだろうが、”僅かな苛立ち”の後すぐに”僅かな興味”も持ったのだろうか、ついつい若者の歩調に合わせてしまった。


僕が若者と2メートルの距離を保ちつつ歩いていると、急に若者が地下街のT字路手前で立ち止まった。


『おっっ』

僕は彼に聞こえる程度の声を発しながら立ち止まった。


若者は後にいる僕に気がついた。

しかし、若者は僕に迷惑をかけている事など一切気にせずに立ち止まったままの姿勢で中年らしき男性が先に曲がって進んだ右方向をゆっくりと覗き込みはじめた。

誰から見ても尾行を想像させる挙動である。 


「こんなやせ細った漫画オタクと言う表現がぴったりの男が尾行?」

僕は心の中でそっと呟いた。


仕方なく僕も立ち止まる事になったが、この瞬間から若者に対する”僅かな苛立ち”は完全に消失し、”僅かな興味”は”確実な興味”へと変わった。


若者に続く僕が再び歩き始めた。

地上へ出る階段の手前まで来ると、若者は振り返り僕に浅く会釈をしてから階段を勢いよく、でもなんとなく不器用に駆け上がって行った。

先に地上へ出た中年らしき男性の後を追ったのだろう。


「あいつ運動神経は良くなさそうだし、尾行に向いてないんじゃないのか?」

僕は再び心の中で呟いた。


僕が階段を上り終えた時には、二人の男性の姿は何処にも見当たらなかった。


僕は”中年らしき男性は若者に気づいて逃走し、そして若者は走って追いかけている最中に違いない。”と言う妄想をした。

そしてその妄想は、"僅かな興味"から"大きな興味"に変わった瞬間でもあった。


それからの僕は更に妄想を膨らましながら事務所へと向かった。


僕が事務所の扉を開けるまでには僕の妄想は完成していた。

その妄想の内容はこうだ。

 ・中年らしき男性は若者の尾行に気が付いて大曽根駅の改札に向かって逃げる。

 ・若者は中年らしき男性を追いかける。

 ・改札手前で若者は中年らしき男性に追いつき呼び止めた後、もみ合いになり

  若者が転倒して頭を強打する。

 ・中年らしき男性は若者が倒れている間に自動改札を飛び越えて走って行く。

 ・若者は声にならない声で「誰かあいつを捕まえてくれー」と叫ぶ。

  だが、周囲にいる人々はその声に応えない。

 ・若者はよろよろしながら一旦は立ち上がったが、直ぐに倒れこむ。

 ・若者を振り切った中年らしき男性はホームから線路側に飛び降りて走り去る。

 ・周りにいたサラリーマン風の男性達が救急車と警察を呼び、近くに寄って来る。

  若い女性が「大丈夫ですか?」と若者に声をかける。

 ・何台かのパトカーが集まって来る。

 ・最初のパトカーが到着してから救急車が到着する。

 ・若者は病院へ運ばれる事になるが、病院に向かっている途中で死んでしまう。

 

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