033.大妖火車お燐VS毒神龍九頭大尾竜:会戦
地面すれすれにお燐は宙を走る。地面を蹴れば足音が発つ。荷車が地を這う音も。ぎりぎりまで気配を消して奇襲をかけれたら。淡い期待が胸のうちにあった。
徐々に大きくなる紫色の淡い光を目で捉え、九頭大尾竜のどの対面に出るのかも分からないまま近づいていた。ズシーンズシーン。聞こえる九頭大尾竜の重苦しい足音も大きくなる。地響きが空気を振るわせ、大地が悲鳴を上げるように震えていた。
やがて九頭大尾竜が姿を現す。
十五メートルもある巨体にかかった霞雲が尾を引いて白紫の線を引いている。その姿は山頂にかかった雲を山が動き引きずっているよう。お燐は山を相手にしているような錯覚を抱く。
武器の荷車に合わせたいまのお燐の大きさは二メートルほど。まだ体の大きさを変えられるお燐でも子猫の大きさから七メートル程度が限界だ。限界まで大きくなっても二倍の体格差があった。
何よりも九頭大尾竜という曲がりなりにも神代から生きる龍であり、神と呼ばれるものから生まれた存在はそこにいるだけでも圧倒的な存在感があり、そこにいるだけで大妖怪のお燐でさえも気圧されてしまった。
そして現れていく全貌に息を呑み思い出す。
九頭大尾竜は竜であり龍である。
蛇のような長い体を持つ龍。西洋のトカゲのような姿のドラゴンと呼ばれる竜。どちらの特徴も持つ。トカゲのような手足のある胴体は竜で、長い蛇のように伸びて背に
巨体を支えるだけの大きな太くて長い尾を引きずりながら、お燐よりも重い足を上げて大地を揺るがせて前へと進む。
九つある首の一つが不自然に動いた。顔がお燐を向いてその目が
いけない。気づかれた。止まっていた足を再び動かし始める。荷車を引いて四足で走りだす。ボボボボボボボ。荷車の火の輪を回す音が響く。
北西には六本足だか八本足のスレイニプルという名のとても足の速い神馬がいるそうだ。あたしとどっちがはやいだろうね?
荷車の車輪を含めて六本足になったお燐の加速はすさまじかった。踏みしめた地面が抉れて後ろに土煙を残す。ただまっすぐに走るだけならまだ加速できる。戦いとは初撃が重要なのだ。これでも足りないと加速して空を駆け。バンッ。大きな爆発音とともに音の壁を越えた。
お燐を捉えていた首がお燐を見失う。音の壁を越えた衝撃で身を硬くしたお燐に二度目の衝撃が走る。太古より強靭な肉体を持つとされ竜の首一つが予想外の一撃を喰らってグシャリと潰れた。その首はそのまま他の首も巻き込んで後ろに吹っ飛ぶ。
生身の体であったなら四散していたであろう衝撃を耐え切ったお燐はすぐさま頭を切り返える。体当たりで速度が落ちたのをこれ幸いと体をひねり一回転。突然のことに混乱するほかの頭を一つを振り回した荷車で叩き潰した。ゴシャリと鈍重な音を発てて吹き飛び、これまた近場の頭の一つが巻き込まれる。
お燐はドリフトしながら軌道修正。そのころになってようやく安全圏にいて事態を見ていた首の一つがお燐に差し迫るが。お燐は迫った首一つをひらりとかわし、ボボボボボボと爆炎で加速させた荷車の火の輪で焼き引いた。首の頭上が鋭利な刃物で切られたように表層を斬られ、中を焼き抉った。
あと六つ。そう思った矢先に一首が大きく息を吸い込むのが見えた。
ブレスを吐く予備動作にお燐は後退して防御に入る。自身と大きさの変わらない巨大な火の輪を三つ生み出してボボボボボボと高速回転。吐き出された高濃度の毒息を火の輪で受け止めて焼き払う。焼き払うことで毒も無効化する。
続けざまに他の首がブレスを吐き出した。止まらない毒息の猛攻に火の輪を回して防御し続けるお燐。ふと毒の息がやんだと思ったのもつかの間、ブオンと大きく風を切る音と共に火の輪の隙間から大きく振られた大尾が迫るのを目にする。避けられないと思ったお燐は受け止めることにした。三輪が砕け大尾がお燐に迫り荷車ごとお燐を吹き飛ばした。お燐は荷車を振って重心バランスを取ると次の攻撃を警戒して荷車の火の輪を逆回転させて後退した。案の定引いた場所に吐き出された強酸の液が飛んできてジュワアアと嫌な音と煙を上げる。
・・・・・さすがにそう都合よくはいかないか。
潰した三つの首が復活して九つの首が大きく息を吸い込むのが見えた。恐ろしい再生力とブレスにお燐は舌打ちする。せっかく初撃に成功したのに。潰しただけでは足りないのだろう。せめて切り落としていれば違ったかもしれない。火の輪で切り落とし、傷口を焼くことも考えたが首が九つもあると厳しい。
お燐は火の輪を出してボボボボボと回し盾にして毒ブレスの対処をする。
いやらしいことに九頭大尾竜は九首で一気にブレスを吐かず。個々にタイミングをずらして吐いてくる。これでは近づけない。頭を三つも潰されたのだ。九頭大尾竜も近くをちょこまかと動きまわるお燐の厄介さに舌を巻いたに違いない。接近を拒めるブレスによる遠距離攻撃に味を占めたのがわかる。厄介だと思う反面。思いのほかさっきの大尾攻撃も強力だったものだからふらつく足元にいまは都合がよかった。
しかし九頭大尾竜もバカではない。足踏み状態に次の一手をうつ。
ボーン。
お燐の目の前でブレスに触れた火の輪が爆発した。
逃げることもできず爆発の余波に後ろへと吹き飛ばされる。
視界が暗転。
まったくしょうがない娘だと優しく笑うメディア。生意気に大丈夫だと笑うチヨメ。離さないとばかりに腹に顔を埋めたシニエの頭上。三者三様の姿が脳裏に浮かび流れて消える。
一瞬とはいえ失った意識が戻る。猫としての野生の本能が反射で体を動かす。宙を舞った体が自然と身をひねり、受身を取って地面をワンバウンドすると荷車と足をつける。
殺しきれ無い勢いにズザザザザザと地を滑る中で何が起きたのかを考察する。
そういう毒も吐けるのか。
おそらく火山口などで噴出する硫黄の混じった引火性の毒ガスと似たブレスを吐いたのだろう。そして火の輪の火に引火すると周囲に霧散した残りの毒息に次々と引火して連鎖爆発を起こしたのだ。
強酸も吐いていたし。あらゆる毒を吐くとはなんと厄介なことかと肝を冷やした。
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