034.常に手遅れだから進む

 話はお燐と九頭大尾竜の戦いから遡る。


 茫然自失のままにシニエがお燐を見失ったころ。


 視線はただ宙を漂い。シニエは空っぽまま前を見る。


 この崖を飛び降りたら死ぬだろう。


 ただそう思った。

 お燐を追いかけたいとも。置いていかれて悲しいとも。どうすればいいのだとわけのわからないままにただ泣き喚く。何てこともない。

 何かが過ぎ去るのを待っていた。

 白の塔での実験や白い人のいじめのときと似ている。

 たぶん自分は待っているのだと思う。

 終わりが来るのを。

 こうしていればきっと終わりが来る。

 いつもそうだった。


 本当に?


 お燐と出会った日の夜を思い出す。


 炎の中であのままでいたら終わっていただろうか?

 お燐が来なければ、シニエはどうなっていただろうか?

 死という終わりが来て地獄に行ったかもしれない。

 でもお燐には遭えなかっただろう。

 それは・・・嫌だなぁ。

 あのまま炎の中で大きい痛いの中で死ぬよりも嫌だった。


―――あたしと生きたいんだろう?


 シニエはあの時お燐を引き止めて聞かれたのだ。

 それで気づかされた。

 自分は生きたいのだと。

 そして自分も生きたいと答えて選んだ。

 そう。自分はあの時も今も生きたかったのだ。


 お燐は待っていろと言った。ここに居れば九頭大尾竜を倒したお燐が迎えに来る。それは間違いじゃないだろう。むしろ勝手に追いかけてお燐に嫌われたらどうしようか?もしかしたら追いかけたことが原因でお燐に捨てられるかもしれない。それは嫌だった。


 じゃあ待とうか?


 そう思うのだがしっくりとこない。気持ち悪い。

 シニエの中でお燐との出会いが徐々に進んでいく。


―――世の中ってのはね。勝手に事が起きて勝手に終わるものなのさね。世の中取り越し苦労ばっかりさ。


 そうか、お燐も言っていたではないか。

 シニエがどうしようと何をしていようとも。

 物事とはシニエとは別に勝手に起こって終わるもの。

 お燐が九頭大尾竜と戦うのはもはや勝手に起こっていつか終わることなのだ。


―――でもね。だからって進まないわけにもいかないのさね。常に手遅れだから進むのさね。


 そしてお燐はそれが分かっていても進む化け猫だった。


 ああ。何でこんな大事なことを忘れていたのだろう?

 戦いの場に居ないシニエには勝手に起きて終わることはどうにもできにない。

 でもその外側でシニエがどうするかはシニエの自由なのだ。

 それはつまりシニエが自分でどうしたいか?どう生きたいか?にほかならない。

 バカだなあと自分でも思う。

 そんなのはとっくの昔に決めていたではないか。

 なんだ。簡単なことじゃないか。

 足を折ってまで付いて行こうとした。地獄まで付いていった。


 お燐と生きたい。

 お燐に憑いて生きたい。


 さあ、お燐を追いかけよう。

 そう。自分はお燐の憑きものなのだから。


 進むことを決めたシニエは再び目の前の崖を見下ろす。

 崖は中々の高さがあった。メディアの家よりも高さがある。地面は見えるが目に見える距離でも崖下は遠い。

 横を見れば切り立った崖は中々長々と続いている。迂回するにしても骨が折れそうだった。

 いまさらになって置いていかれた恨みを抱き始める。

 ただ追いかけるだけでは気がすみそうに無い。

 そうだ。置いていった罰に意地悪をしよう。

 シニエはお燐が唯一嫌がっていたことを思い出す。

「お燐燐」

 そうだ。追いかけて追いついて。『お燐燐』と呼んでやる。

「シシシシ・・・」

 待ち構える未来を想像してシニエは楽しそうに笑った。

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