031.竜退治出発
「お燐。行く?」
自分も連れて行くよな?シニエの物言う視線がお燐を射抜く。
「ああ。行くさね。昨日貰った着物があったろ。シニエも準備するさね」
地獄から支給された着物。細く紺に白の縦筋が交互に入った縞々柄。袖下と前後の身頃に紅い火の灯った車輪があり、背に火車お燐が描かれている。しかも耐熱防刃速乾、自動修復とお燐にシニエの位置を伝える機能付き。
シニエはこくりと頷き返すとメディアを見る。着物は昨日帰ってきたときにメディアに渡してある。メディアは微笑み返すとはいはいと母親のように立ち上がり着物を取りにいく。篭から着物を取り出してシニエに着せてやった。
軽く肌触りのいい生地は服の存在主張が希薄すぎる。ごわごわして主張の強かったいままでの服と違う。服を着ている気がしない。素っ裸のようでわずらわしくなくていい。五歳でまだ恥じらいもあいまいな年頃のシニエは女の子としては身も蓋も無い感想を抱くのだった。
模様のある上等な服を着たことが無いシニエは着物を眺める。腕を上げて袖下を。お燐の使う火の車輪を髣髴とさせる模様。鮮やかなオレンジと赤は本物のようでとても満足のいくものだった。そうなるとは背にある
何度も両腕をあげて裏に表と袖下と帯にと着物を眺めるシニエ。自分の姿を気にする様子は女の子らしく。そんな一面にお燐とメディアは思わず微笑まずには居られなかった。子供のシニエが動きやすいように丈がひざ下までと短いのがシニエを活発で元気な子供らしくみせてくれるのがまたいい。出会ったころのガリガリでやせ細ったシニエとは似ても似つかない今のシニエの出来上がりに二人は満足した。惜しむらくは九頭大尾竜の戦いに曲がりなりにもシニエを連れて行かなければいけないことだろう。
シニエをお燐がここに連れてきた日から五日しか立っていない。
「まだ五日しか経っていないのにもっと昔から一緒に居たような気がするさね」
「なんだかんだいって濃い数日を過ごしたからね」
お燐もこの五日間に思いをはせる。寿命の概念から外れたお燐とメディア。その時間感覚は生者と比べて大雑把。一年が一ヵ月に近い。酷いと一昨日の夕飯を思い出すような感覚で話をする。ただ不思議なことにここに生者が混ざると時間の感覚が変わってくる。いまみたいに逆に増えて感じることもある。チヨメの居た六年間は特に長かった。心に与える彩とは不思議なことに時間の流れさえ超越する。
「これから先にもっと長い付き合いがまってるさね」
「そうさね」
メディアも同じ気持ちだった。
「ともかく二人とも無事に帰ってくることさね」
「なにか必要なものはあるさね?」
「むしろ持っていって役に立つものはあるのさね?」
確かにとメディアは肩をすくめて応える。
メディアほどともなれば毒に合わせた薬の調合なんてお手のもの。口にできない年齢の歳月はこの世の毒も薬も網羅していて数多の薬を用意できる。でもだからどうだというのだ。相手は毒竜。扱う毒も同じくまた数多。持ちきれない数の薬を渡してなんになる。他にも薬の効果時間や用法容量の知識不足と問題は多々ある。九頭大尾竜相手ではメディアの薬という利点も用を成さない。メディアも薬をおいそれと渡すつもりは無かった。つまりはお燐に役立つものが無いのだ。持って行くものがあったとしてもそれはむしろ生者であるシニエのためのもの。傷薬や包帯、魔物避けなどの幅広く使える点で便利なものになる。
シニエも求めるものは無いだろうと思いつつも訪ねてみる。
「シニエは何かあるさね?」
「いらない」
お燐がいらないというのならきっと必要な物はないのだろう。なによりもシニエ自身がお燐にとっての荷物なのだから荷物が荷物を持ってどうするのだ。白の塔では穀潰しとも言われて蔑まされたシニエは役立たずであることを忌避していた。
「まあ・・・そうさね。それでもシニエは生者さね。お燐ほど丈夫じゃないことをちゃんと覚えておくさね。些細なことで体調崩してお燐を困せるわけにもいかないさね」
なるほど。それはもっともだ。シニエは素直にコクコクと頷き返す。
「とりあえず、幅広く使える魔物除けと傷薬を袖下に。あと携帯食と水。代えの着替えをお燐の荷車に入れとくぐらいはしたほうがいいさね」
「わかった」
「それと。シニエ右手を上げるさね」
屈むメディアの前に右手を上げる。シニエの手首にメディアが編み紐を巻きつける。端が輪になっていてもう一端が網目状に石包み編みされた石になっている。石を反対側の輪に通すことで腕に巻きつけてとめる腕輪だった。
「魔物避けにもなる幸運のお守りさね」
「お守り?」
「その石は太陽の光を集めて内包するのさね。暗がりで腕を上げて石を吊るすと光り輝いてランタンになるだけでなく、光は彷徨う亡者と魔物を遠ざけてくれる力があるのさね。鬼灯の森を歩くのに必要になものさね」
実は隠しオプションで太陽光の内包量しだいでは光の膜を張る魔術も組み込んである。もちろんシニエに渡したものにはたっぷり光を浴びせてあった。
シニエは腕を頭上まで上げて目前にたらした石を眺める。石はメディアの瞳と似た黄金色で光にかざすと輝いてとてもきれいだった。
「これはチヨメにも与えたお守りさね」
「姉弟子?」
「そう、姉弟子さね」
「いわゆる大魔女メディアの弟子の証さね」
「違うさね」
メディアがお燐の言葉を否定する。訝しげな顔をするお燐をよそにメディアはすっと立ち上がると戸棚から古い石の付いた紐を取り出した。網紐は色あせて擦り切れているが石は同じ物が付いている。はて?どこかで見たことがあるようなとお燐が首をかしげるとメディアが懐かしげに笑って答える。
「生前のお燐の首輪さね」
ああ、と納得のいったお燐がポリポリと頬を掻いて口にする。
「家族の証さね」
気恥ずかしさからプイッとそっぽを向くメディアからお燐はそれを取り上げる。
「ならあたしももう一度付けとかないといけないさね」
「大きさを変えられるいまのお燐には伸縮自在の紐でもないと付けられないさね。それに大妖・火車お燐に飼い猫の首輪は似合わないさね」
身体の大きさを変えられるお燐に身体にあわせて着ける首輪や腕輪は難しい。そして確かに威厳を失いかねないので誰かの飼い猫に見えるのは避けたい。なら埋め込めばいい。ブチッと石だけ引きちぎると首の根元中央に霊体を弄って石を埋め込んだ。横目でチラチラと見るメディアの口角が上がっていた。
「さて。出発するかね」
もう準備も十分だろう。ノソリとお燐の大きな体が動く。
シニエも追随して外に出る。
鬼灯の森の中にぽっかりと小さく開いた場所にメディアの家はある。おかげで家周りに日の光が届く。緑一色の地面に広がる草の絨毯とは対称に遠くに眺める周囲の森奥は光が届かず黒く塗りつぶされて色が無い。本来の鬼灯の森の姿を晒していた。
朝の森は涼しいというよりは寒い。サクサクと踏みしめられる霜は降りてないものの。肌を刺すくらいの十分な寒さがある。吐く息も白く色づく。
「シニエ。これも羽織っていくさね」
追いかけてきたメディアがシニエにローブを羽織らせる。
「チヨメのお下がりのローブさね。これは特別に調合した薬草が塗ってあって竜の息吹にも数秒持ちこたえられる優れものなのさね。それに素足のままのその服装だと寒いさね」
シニエの服はひざ下から下は素足だ。外は寒い。お燐がシニエを適当な場所に置き去りにするつもりなら防寒具は必要だろう。
チヨメ。シニエのことをよろしく頼むさね。シニエをそっと抱きしめた。薬草臭いメディアの匂いが鼻を付く。癖のあるその匂いがシニエは嫌いではなかった。スーと吸い込む。
立ち上がるとメディアは荷車の前に立つお燐に声をかける。
「必ず二人無事に帰ってくるさね」
「わかってるさね」
「わかった」
心配性な母親にげんなりなお燐とは対称的に元気よく答えるシニエ。
「そうさね。せっかくだからこの薬草飴も持っていくといいさね」
薬紙に包まれた飴をシニエの袖下に入れてくる。
「一応薬だから苦いのもあるから覚えておくさね。良薬口に苦しさね」
「ああ。もういい加減にするさね。もう行くって言ってるさね」
声を荒げるお燐にしぶしぶメディアが身を引いた。
「シニエ行くよ」
「わかった」
お燐は前に倒れて前足を地に着けて四足になる。シニエの脇の下に両手を差し込んで持ち上げて、メディアがシニエの騎乗を補助する。足を折りたたんで正座姿勢のシニエをお燐の背にちょこんと乗せた。お燐の背中でもそもそ動く。足を開き両腕を広げて大の字になってお燐の背中に張り付く。背中越しにシニエを確認するとお燐は火の紐を出してシニエと荷車に結び付ける。
グッと地面を力強く踏みしめて荷車を引いて前にゆっくり駆け出す。勢いがつくと前足で地面では無くて空気を踏み締める。と四肢で空を蹴り上げて徐々に速度を上げた。
空へと駆け上がり、背の高い木に隠れてお燐が見えなくなったころ。
「行ってらっしゃいさね」
消えた影に手を振った。
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