030.寝物語の朝に

 まぶた越しに感じた明かりにパッチリとシニエは目を覚ました。

 メディアの家には窓が三つある。ベッドの側と玄関扉、台所の三面。ベッドにはうっすらと光をぼかして弱くするカーテンがされている。お燐いわく寝ぼすけメディアのために朝日が屋内に射すよう姉弟子が付けたのだという。

 このベッドも姉弟子のものだ。貰った服も。ところどころに姉弟子の跡がある。

 むくりとベッドの上で起き上がるとかけ布の感触を確かめて、会ったことも無い姉弟子の残渣に姉弟子の存在を感じて不思議な気持ちになる。

 今まではここにあるものとしての認識しかなかったのだからしかたが無い。でもそこに姉弟子が加わった。ただの『ベッド』が『姉弟子のベッド』に変わったのだ。あれもこれもそれも。不思議だった。昨日話を聞いていたときも会ったことのない姉弟子に実感など無かった。なのにいま姉弟子は居ないのにここに居る?姉弟子を知って改めて痕跡をなぞり触れる。知っているのはお燐とメディアに聞いた姉弟子で声も姿も知らない。触れたのは姉弟子の残渣。

 姉弟子は死んでもう居ない。会えないのが残念に思えた。


「シニエ。起きたのかい?」


 ア~と濁音の声を出して欠伸をするお燐。前足で顔を擦る。むくりと起き上がって二本足で立つとメディアの掛け布団を剥ぎ取る。


「ほら。メディアも起きるさね」


 ところどころ毛が跳ねているぼさぼさ頭でメディアが起き上がる。


「ほらほら。しゃきっとするさね。師匠なら弟子の手本にならなきゃだめさね」


 お燐がメディアを持ち上げて立たせる。寒くないようにと肩にカーディガンをかけてとかいがいしくメディアの世話をする。

 メディアが顔を洗う間にお燐は釜戸に火をつける。

 スッキリとした顔になったメディアが朝食の準備を始めた。

 パン種を取り出して適度な大きさに千切って形を整える。中央に穴の開いた鉄板の両端に乗せると釜戸の中に入れた。中央を通り燃え上がる火の上に鍋を置く。お燐がちょいちょいと前足を動かすと操られた火が強くなったり弱くなったり。すぐに湯気を上げる鍋の中に骨とキノコを入れる。やがて中に入れたそれらを取り除くと細かく切った玉ねぎを投入。取り出したキノコも切り刻んで入れた。煮込んでいるうちにパンの焼けた匂いがしてくる。屈み込んで釜戸内のパンを確かめると鉄板ごとパンを取り出した。鉄板の上には膨らんで丸くなったパンと薄っぺらく四角いパンが乗っていて家中にパンの匂いが充満する。メディアは塩を手でつまみ入れて香草を投入。軽く湯がいて取り出した。出来上がったスープをスープカップに移すとミルを回して乾燥させた木の実をすりつぶしたペッパーをちりばめる。

 チーズを軽くあぶる。溶けた表面を削って四角い薄いパンのにかけると上にベリーと蜂蜜をかけてもう一枚のパンではさんだ。メディアがそれを包丁で押し切る。丸く膨らんだパンと違って硬く焼けた四角い薄いパンのサンドはザクッっと音をたてて切り分けられる。


「さあできたさね」

 オニオンスープとふわふわ焼きたてのロールパンを並べる。少し離してチーズと蜂蜜とベリーをはさんだクラッカーサンドのデザートを置いた。

 パンにかぶりつく。やわらかいので潰れて小さなシニエの口にも収まる分を千切ると口いっぱい頬張っると鼻腔をパンの香りがくすぐった。すかさずシニエはスープカップを持ってスープを流し込む。流し込まれたスープにさらにパンが小さくなったのを見計らってシニエは口を動かして咀嚼。飲み込めそうなことを確認するとごくりと飲み込んだ。同じことをしてパンを一つ食べるとスープにスプーンを差し入れて玉ねぎとキノコを掬う。やわらかく噛むと味が陣割と染み出してくるそれらを味わった。

 スープとパンを片付けるとシニエはいよいよデザートに手を伸ばす。ぎゅっとしても小さくならないそれに口を大きく開いてかぶりついた。表面のパリッとした感触を突き抜けてチーズに到達。潰されてチーズと蜂蜜がはみ出てきて舌の上に広がった。チーズの塩気が蜂蜜の甘さを引き立てて、噛み千切って咀嚼すればベリーの甘酸っぱさが混じってきて味の変化が楽しめる。一口二口三口とあっというまに平らげてしまった。

「あたしの分も食べるさね?」

 夢中で食べるシニエにお燐がサンドを半分差し出してくる。大分腹が膨らんでいるがまだ入りそうだ。シニエはコクリと頷くとお燐の分も食べた。


 スープを飲むお燐を見てメディアがふっと笑った。

「なんだい。思い出し笑いなんかしちゃってさ」

「昔チヨメが慌てふためいたのを思い出したさね」

 思い当たることがあるのか。ああ、とお燐も口にする。

「そういや亡者のあたしにはもう関係ないけど。猫に玉ねぎは毒だったね」

「生前のお燐の食事にはすごく気を使ったものさね」

「そりゃあありがとうさね。しかし確かに最初のころあたしが玉ねぎ食べちゃったってチヨメが泣き叫んだときがあったね」

 しかもその後仕事に出かけようとしたら。二、三日たってから中毒症が出る場合もあるからここにいてとか。引きとめようと抱きついてきて迷惑だったのを覚えている。


「そういえばお燐はいつごろ退治に行くつもりさね」

「今日この後にでも行くつもりさね」

「・・・そうさね」

 長年連れ添っているだけにメディアもなんとなく予想していた答えだった。きっとシニエがいるからだろう。子供の成長は早い。時間の経過はシニエに余計な知恵と体力をつけさせる。自分なら三ヶ月もあれば足の矯正もできる。ちょっとした魔法だって教えられる。お燐はこう思っているのだろう。頑固なシニエが無力であるうちに終わらせてしまいたいと。何が影響して不測の事態が起きるかもわからない。だからお燐はすぐにでも連れて行くフリをして近場にシニエを置いて単独で戦うつもりなのだ。本来九頭大尾竜と戦うこと自体反対だがその選択肢がないのならそれが妥当だろう。

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