026.地獄の帰り道
オオビトとの別れを済ませるとお燐はそろそろこの世へ戻ることにした。もともとあの世の物を口にはできない生者のシニエは長く地獄にいられない。あまり長くいすぎると空腹と乾きでつらい思いをさせてしまう。飲まず食わずで人は三日程度持つというが。半日限度でもつらいことには変わりない。
シニエを肩車して荷車を引く。来た時と同じ裁判所裏の従業員玄関を通り、境界越えの洞窟を使って戻るつもりだ。
途中忘れずに地獄の備品支給所に寄る。シニエの獄卒の証と替えの服を貰った。
渡された服は着物だった。細く紺に白の縦筋が交互に入った縞々柄。袖下と前後の身頃に紅い火の灯った車輪があり、背に火車お燐が描かれていた。
紺と白の縞模様はいい。目立つものでもないし、シニエをすらっと燐とした姿に見せてくれるさね。だが。
「誰だいこんな目立つ柄付けたやつは!?」
お燐の咆哮にびくびくと体も声も震わせた受付の獄卒嬢。
「シニエさんが喜ぶと思いまして」
「だから気配もなく背後に立つんじゃないよ!」
犯人は閻魔王の第一補佐官だった。あんな目立つのいい分けないだろ!と抗議すると。
「耐熱防刃速乾。霊体繊維で自動修復機能付き。お燐さんの模様にはお燐さんの毛を使用していてシニエさんの位置をお燐さんに伝える機能が盛り込まれています」
「ああ、くそう。無駄に便利だねえ!?」
閻魔補佐官のセールストークにもはや押し返す気力が失せてくる。というか。側で背中のお燐模様が眼前に来るように着物を掲げてシニエがはしゃいでいる。子供からお気に入りのおもちゃを奪い取ることほど難しいことはない。
お燐は遠い目をしてあきらめることにした。
着物だと肩車しづらい。とりあえず着替えは無しとして着物は荷車に乗せた。白装束姿のままのシニエを肩車する。閻魔補佐官を無視して裁判所裏の従業員玄関を通り、境界越えの洞窟へと入った。
お燐が火の玉で辺りを照らしながら真っ暗闇の洞窟内を歩く。
くいくい。肩口を引かれてシニエが振り返るとシニエよりも小さな子が二人いた。空からきらきら舞い降りる
地獄に合わない雰囲気の子たちだ。獄卒だろうか?首をかしげるシニエ。
「こらっ!」
お燐が怒鳴り声を上げた。
「なんか後ろが明るいと思えば!」
お燐の踵を返す勢いにシニエは仰け反る。落ちないようにとお燐の頭をつかむ。
「いったい天使が地獄に何の用さね!」
お燐が腕を逆袈裟懸けに振り上げる。ブォン!と大きな風切り音が鳴った。天使はひらりとそれを避けて、やばい見つかった、と口元を覆う分かりやすいリアクションを取る。
「しかも勝手にうちの子連れて行こうとして!ただじゃおかないよ!ってなんだい。その『げっババアが着た!?』見たいな顔は!?あんたたち下っ端天使はいつも表情で語って!舌打ちするんじゃない」
お燐にあからさまに不機嫌な態度を取る天使たち。その上舌打ちだけでは飽きたらず、ペッと唾を吐いてシニエの視線に気づくと、違うんだ、と両手を左右に振って慌てふためくと中々に忙しい。しまいにはコツンと自分の頭を軽く叩いてテヘッとかわいくペロッと舌を出す。ここにきてすべてを水に流そうとする豪胆さにはシニエも感心してしまった。
そんな天使にお燐が口角を上げる。意地の悪いにやりとした笑みを浮かべて。
「あたしゃ知ってるんだよ。あんたら天使が声を出してしゃべれるってことをさね。じゃあなんでしゃべらないか?」
はっ。お燐は大きく鼻で笑う。
「大昔にそのハスキーボイスが見た目と合わないって人間に言われたのがショックだったんだってね?それでリアクション大きくして念話で話すようになったんだって?ご苦労なことさねって、だから舌打ちするんじゃないよ!」
もはやシニエを前にして不遜な態度を隠すことさえしなくなる。天使の中身の残念さが際立ちすぎていつしかお燐も怒りより呆れが上回ってしまった。昔話に聞くところでは生まれたばかりのころは天使たちももっとまともだったらしい。ただ長い年月で自我の確立と共に個性を手に入れていつしか残念な方向に変わり果ててしまった。中には神と敵対して悪魔になった堕天使もいる。神もまさかこんな風に成長するとは思っていなかったことだろう。
それでも天使は天使だ。シニエに対して悪意があるとは思えない。
「で?あんたらは何しにきたさね?」
天使は身振り手振りに念話で話す。地獄に誤って迷い込んだ子がいるみたいだったから助けに来たとのことだった。お燐が説明して誤解を解くとあっさりと帰っていった。
やれやれと無駄に張った肩の力が抜ける。しかし天使が心配して来るほどとは。もしかしたらシニエなら十王裁判をほぼ素通りできるのではないだろうか?とちょっと思った。まあ、獄卒となった今では裁判を受ける必要も無いが。というか今の天使といい今日はいろいろとあり過ぎではないだろうか?何百年と働いてきたが普段では考えられない。
帰りの一悶着に危機感を覚えたお燐はすぐさま境界線を越えた。あの世からこの世へ戻るとすぐさま洞窟を駆け抜けて崖下へと出る。行くときはここで閻魔補佐官とであったのだ。火の玉を飛ばして周囲を照らし。辺りを見回して安全を確認した。念のため出てきた洞窟内も確認する。誰もいない。シニエとお燐二人だけだった。
「ふう。なんとか地獄を無事に抜けられたようだね」
安堵の息を漏らすが油断はできない。このまま空へと駆け上がり、メディアのところまで一気に行ってしまおう。
「シニエ。前に倒れて四足になるから背中に移動するさね」
「わかった」
シニエの返事を聞くとお燐は前に倒れて前足を地に着けて四足になった。後頭部から背中へシニエが徐々にもそもそ動いていく。背中越しに移動し終わったのを確認するとお燐は火の紐を出してシニエと荷車に結び付ける。
出だしゆっくりに崖下を駆けて、徐々に速度を上げると四肢で空を蹴り上げる。暗闇に覆われた崖を駆け上がり光のある場所に出るとちょうと沈む夕日が目に入った。早朝に出てちょうど夕方に戻ってきたことになる。
赤いオレンジ色の毛をしたお燐が夕日に重なる。空に溶け込んだ中で今日はいろいろとあって疲れただろうとお燐がシニエに顔を向ける。そして背にしがみ付くシニエが抱えているものを見て。
「って、あんたなんてもん持ってんだい!」
驚きの声を上げた。
シニエの両手で抱えるほどの桃を持っていた。
「天使。拾った。くれた」
つまりは地獄いたときに天使が拾ってシニエに手渡した桃なわけで。桃は地獄にあった物になる。地獄のものを生者が食べると死者の国である地獄から出られなくなる。それゆえに地獄のものを生者は食べてはいけない。一応ここはもうこの世だ。でもだからといってこの世で地獄の物を口にしてもいい訳ではない。過去の実例では裏話で地獄のものをこの世で食べた場合、生者が若返った、力が強くなった、怪我が治った、化け物になったなんて御伽噺が残っていたりする。事象次第では憑きものとしてお燐が回収に向かうケースだってある。
「地獄のものを持ち帰ったらダメさね!」
お燐が取り上げようと右前足を背に回すと右前足が桃に当たってシニエの手から桃が転がり落ちてしまった。桃はヒューとそのまま落ちていき、下の川へと飛び込んだ。中々流れの急な川で桃はあっという間に遠くへと流れて行ってしまった。
あ~と間延びした声を出すシニエと開いた口の塞がらないお燐。
「まあ、何かあったらあたしが回収しに行くからいいさね」
そう言って気を取り直すと空を駆け出し。再び帰路に着いた。
余談ではあるが、数日後ある村で変わった噂が流れた。
川でおばあさんが桃を拾い。おじいさんと二人で食べたところ。二人そろって若返ったのだという。そして、しばらくして二人の間に男の子が生まれたそうだ。その男の子は桃から名をとり、桃太郎と名づけられたそうな。
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