025.オオビトの餞別
「そうか。九頭大尾竜退治を依頼されたか」
「初江王様の頼みとあっちゃしかたがないさね」
浮かない顔の友人に仕事だから仕方が無いのだ気に病むなとお燐は答える。
荷車を取りにお燐とシニエはオオビトのいる憑きもの処理場に再び来ていた。九頭大尾竜退治の話に眉をひそめる。
「シニエも大変だな」
「おう」
手を上げて答えるシニエに緊迫感は無い。椅子に座り足をぶらぶらさせていた。やはり事態の深刻さを理解していないのだろう。ある意味子供っぽい姿が微笑ましく、容赦なく待ち受ける現実が分かるオオビトには心苦しい。
「本当にシニエも連れて行くのか?」
「正直メディアのところに置いていきたいのが本音さね」
「だろうな」
「でもシニエは何をしてでもあたしに付いて来ようとするだろうさね」
メディアの家で置いていこうとするお燐に駄々をこねて意固地になったシニエが足を折ろうとしたこことをオオビトに話す。子供ってやつは経験不足で手加減がうまくできない。意固地になって抗うときのシニエは先のことを考えずいつも全力だ。
「そうか。鬼灯の森の魔女のところでそんなことが。そうなると確かに難しいだろうな。いっそのこと目が届いて離れないように荷車にシニエ用の席(チャイルドシート)でも設けるか?」
「バカ言ってんじゃないよ!」
「まあそうだな」
「そうなったら荷車じゃなくて馬車さね。呼び方変えなきゃいけないじゃないか!」
気にするのはそこなのか?まあ、憑きものを運ぶ車に人を乗せるのはよくないから一緒くたにするのは確かによくないだろう。
「シニエはあたしの背に乗るからいいんだよ!」
そこは譲れないところらしい。お燐を見るに親が子を背負うようなものなのだろう。
せめて何か餞別をやれればいいのだが加護はもう与えてしまった。後できることといったら。小さく非力なシニエに武器というのも違う気がする。何かちょうどいい憑き物が無かっただろうか?椅子に座るシニエを見ていて歪に反った右足がオオビトの目に付く。
ひらめいたオオビトは突然立ち上がり、大焦熱地獄へと続く扉の奥へと消えてしまった。
しばらくして戻ってきたオオビトの手には皿が乗っていた。
「シニエ。靴を脱いでくれるか」
脱いだ靴をオオビトはシニエから受け取ると円ではなく楕円の皿を靴底にあてる。皿の上にある帯を靴の外形に合わせて横に短い釘を打ち付けて固定した。歪みなどのおかしなところは無いかチェックして座るシニエの前に来て右足にその靴底から内側に皿がはみ出した靴を履かせた。
「立ってみてくれるか」
オオビトに促されて立ちあがるとシニエは違和感を覚える。いつもよりも立ち上がりやすかった上に立っているのが楽だった。いつもなら外側に反ったシニエの右足は地面に垂直に力がかからずうまく踏ん張りが利かないため、バランスを取るためにどうしても左足に重心を偏らせる。右足は添えるだけの動物に取っての尻尾のようなもので体重がかからないようにして、いつも体全体が左側に傾いていた。でもいまはそんなこともなく両足に力をかけて真直ぐに立てている。
「さすがに足の反りは直せないからどうしても足には変な負担はかかるかもしれないが。どうだ?いつもよりは立ちやすくなっただろ」
お~!?と自然とシニエの口から感嘆の声が上がる。
「歩きやすくもなったはずだ」
オオビトの言葉に従ってシニエは歩いてみる。
何だこれは?ただ足を動かすだけで歩けるではないか!?
シニエはいつも踏ん張りの効かない右足を庇い、歩くときには上半身を振り子にして重心を移動させて右足にかかる負担を減らして歩いていた。いつも左足だけで踏ん張り、一本足で歩いているようなものだった。立っているときも同じだ。しかしいまはどうだろうか?足は引きずらなければいけないところはあるが、普通の人みたいに歩けているではないか。
シニエはうれしくなって一心不乱に部屋の中を歩き続ける。
はしゃぐシニエの姿にオオビトもお燐も微笑んだ。
「オオビト。ありがとうさね」
「補助具をつけただけで足を直したわけじゃない」
「それでもさね」
「足を直す気はあるのか?」
呪いでもない限り医者に頼んで施術して時間をかければ矯正できないこともないだろう。
「本当はシニエをメディアに預けて地獄に来る間に直してもらうつもりだったさね」
「なるほど。鬼灯の森の魔女ならできるだろうな」
薬草に詳しい魔女は医学にも長けている。
「しかしここにシニエがいるということは・・・」
「あたしにどうしても付いてくって駄々をこねられてね。結局あたしが折れたのさね」
あっはっはとオオビトが声を出して笑う。
「人から恐れられる大妖火車のお燐がずいぶんと気に入られているじゃないか」
「笑い事じゃないんだがね」
睨むお燐にわるいわるいと謝った。
「でもそのおかげでシニエはお燐の助手として地獄への就職が決まって死後まで一緒にいられるようになったわけだし、よかったじゃないか」
「はっ。どうだか」
よくなかったとはお燐は言わない。それだけシニエがお燐に寄り添った存在でもはや家族なのだろうとオオビトは思った。
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