024.初江王と閻魔補佐官
お燐が去った後。初江王は背を椅子の背もたれに預けて天井を仰ぎ見る。
そして閻魔王の第一補佐官が報告に来たときのことを思い出した。
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「各十王およびその第一補佐官へのみの報告のため直接調査にあたった私が伺いました」
気配も無く影にまぎれて姿を現した閻魔補佐官に内心冷や汗を隠しながら初江王は報告を聞いた。
「二十年間行方不明でした九頭大尾竜ですが、確かに地上に姿を現していました。本人に接触。スカウトを試みましたが応じてもらえず、神代の終わりを理由に神々のようにこの世からの退去ももちかけましたが拒否されました」
「ふむ。
初江王は
「神獣の類である彼は神々と同位存在。神々がいて世界の修復を行えた神代ならよかったのですが、神代の終わりを迎えたいまでは世界への影響が大きすぎる。自然災害と同一視できるものでもない。一度死んでいたなら我々地獄もいくつか手があったのですが・・・・・」
「はい。かの竜は生者。今の時代では我々地獄は大っぴらに手出しができません。影響が出ない範囲で送れる限度は二人程度の上、その二人でさえも多忙の地獄で手が開いた獄卒はいません。私自身が行くにしても決着がつくまでとなると地獄の運営に影響が出ます」
「ふむ。この世とあの世を行き来できて九頭大尾竜と戦えて仕事にも影響が出ない者ですか」
初江王の脳裏に浮かぶのは大きな化け猫の姿だった。
「各十王の採決も取りましたが火車お燐さんに行ってもらうほかないかと」
すでに十王九人の許可も取得済みですか。根回し後に最後にお燐の上司である私を訪ねるとは相変わらず準備のいいことだ。お燐自身が断ることも考えたが、お燐に九頭大尾竜と因縁があったことを思い出す。これは確定でしょうね。
九頭大尾竜は毒持ち。かの竜が居るだけで周囲一体は毒に侵され荒野と化す。戦う獄卒は亡者ゆえに毒で死にはしない。が、毒には侵される。戦闘中常時意識を失うほどの激痛に苛まれながら戦うことになる。一匹で戦わせるのも忍びない。誰かサポートできるものでもいれば。
「ちょうどいいことにお燐さんをサポートできる人間も現れました」
まるでこちらの考えを呼んだかのごとく閻魔補佐官から言葉が出る。
「詳しく教えていただいても?」
「この世でお燐さんが保護したシニエさんという五歳の生者の子供なのですが強力な毒の耐性を持っています」
「強力な毒の耐性ですか?」
毒の耐性を持つといっても様々だ。特に人の場合は免疫力に頼るところが大きい。徐々に毒を飲んで耐性をつけても適度に継続しなければ時間の経過と共に耐性が弱まることもある。それこそ毒で体が構成されでもしない限り、その毒耐性も何処まで信頼が置けるかわからない。
「彼女は仙人になりかけていて片目が霊眼でした」
その言葉が指す意味に思わず初江王は顔を上げる。初江王を見透かした閻魔補佐官は頷くと続きを口にする。
「どうやら毒で体を破壊して再構成したようです。彼女ならどんな毒の中でも動き回ることができるでしょう」
仙人が不老不死になるためには手段が二つある。どうしても劣化する肉体を不老不死の体に作り変えるか、肉体を捨てるかだ。だがどちらもかなりリスクが高い。前者は作り変える間に耐え切れずに死んでしまうことがあり、後者は霊体を維持できずにただの亡者になる。私でも耐えるのが大変で数百年かけて徐々に行ったくらいだ。五歳の幼子に耐えられるものではない。
「お燐さんの辿った道から白の塔で実験体の子を拾ったのだと思います」
「つまりその子は実験によってなまじ仙人化した子ということですか」
「あくまでも憶測です。白の塔には私も立ち寄りましたが建物の破損が酷く有益な情報は手に入りませんでした。まあ、白の塔自体で有事の際に建物ごと情報が消失するようにしていたのかもしれません。あそこの組織は内部でも派閥争いが酷いですからね」
「そうですか」
椅子の背もたれに背を預けて考える。このタイミングでお燐の側に毒に耐性を持つ娘が現れたのも偶然ではないのかもしれない。
「いいでしょう。いずれにしても誰かには任せないといけないことです。私からお燐に頼んでみましょう」
どう伝えたものかと思案する。
まだ用事があったのか留まっていた閻魔補佐官が口を開く。
「それと先日の健康診断の結果ですが、だいぶストレスが溜まっているようですね」
「なんで結果を知っているんだい!?」
閻魔補佐官の言動に驚く初江王。
「いつも私の意思に関係なく地獄全体の問題が私に回ってきますからね。後で何かあっても困りますから見逃しがないように事前に健康診断で問題の見られたかたのリストを貰うようにしているんです」
「そうなのかい・・・」
まじめで有能すぎる閻魔補佐官に相談をするものは後がたたない。かなり大変なのだろう。
「本地釈迦如来である関係からか初江王は悟りを開かれていますからね。誰にも相談できないもしくは社会的な点で相談し辛いまでことまで気づいてしまうためにストレスをためられているようですね」
「君は本当に有能だね。誰にも気づかれたこと無いのに」
「それほどでもないです。昔から動物と戯れてリフレッシュしていたのは知っていましたし」
「まあ、私の動物好きは有名だからね」
「あまりの動物好きに周囲の方もきっと心が病むようなことがあるのだろうと察している人がほとんどです」
「思いのほか周囲に気を使われていたのだね・・・」
なんだか急に隠していたのがバカらしくなってきた。
「というわけで。たまには別の方法でリフレッシュをして見ませんか?ちょうど健康診断を肥満で引っかかった閻魔王のダイエットで運動に参加するかたを探していたのですが?」
「あ、いや。私は遠慮させてもらうよ」
「そうですか。では私はほかの十王へこのことを再度報告に上がりますので。これで」
あっさりと踵を返して去っていく。相変わらずマイペースだなと思ったら急に振り返った。
「そうそう。日本の猫カフェに行くために頻繁に休みを取るのはできれば控えてください」
「本当になんで君知ってるんだよ!?」
すっと肩越しに閻魔補佐官が光るカードを出す。
「それはあそこの猫カフェのプラチナ会員証。まさか君も・・・」
その後閻魔補佐官は何も言わずに去っていったが一瞬だけ心が通じ合った気がした。
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しまった。なんだか余計なことまで思い出してしまった。
ともかく。お燐には大変な選択を迫られる仕事を与えてしまった。
悟った最善を行ったつもりだが、穴というものは何処にでもある。手のひらからあぶれたものまでは拾えない。
お燐とシニエ。一人と一匹が無事に仕事をこなしてくれればいいのだが。
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