018.シニエと地獄
遠目に光が見える。真っ暗闇の洞窟内に流れ込もうとする光は強烈だった。向こう側がさっぱり見えない。まぶしすぎてシニエは目を細めて聞いた。
「地獄。ついた?」
「ああ。そうさね」
光の中に飛び込んだ。
まぶしさに閉じた目を再び開くとそこには地獄が広がっていた。
上は赤い空。岩天井は遥か彼方にあって見えない。下は離れた場所にお燐よりも大きな紅い塀。その向こうに塀より高い建物が建っている。そこから先は建物で分からない。横を向けば地平線まで岩壁と塀が続いている。シニエたちが出てきた洞窟の入り口もこの岩壁にあった。
閻魔補佐官の言うとおり、ここが地の底にできた洞(ほら)なのが信じられないほど地獄は広かった。
足元の炎のように赤い大地。ところどころに生える枯れ木と黒い草が目に付く。
「地獄?」
いまのところ建物だけしか見えない地獄にシニエは首をかしげる。
「さっきも行ったとおりここは裏口さね。逆にレアな場所なのさね」
「ちなみに目の前の建物は十王裁判所になります。お客にはお見せできない観光施設の舞台裏。まさしく従業員玄関ですね。とりあえず、中に入りましょうか?」
閻魔補佐官に促されて塀沿いに歩くと裁判所内へ続く門が現れる。
ガチャリ。閻魔補佐官が鍵を取り出して開ける。門を開くと。
「誰かその亡者を捕まえてくれ!」
叫び声と共にいきなり死に装束の男が走り出てきた。
ガシッ。俊敏な動きで男の顔をアイアンクローするとその後頭部を閻魔補佐官が力任せに地面に叩きつけた。かなりの力が込められていたのか地面にひびが入り頭がめり込んでいる。
「ありがとうございますって・・・ああ!?」
礼を言いながら走り寄ってきた獄卒鬼が閻魔補佐官の顔を見とたん悲鳴を上げた。
「早くこの亡者を連行してください」
「は、はい!」
獄卒鬼の背筋が見事にピーンと伸びて直立不動で返事すると気絶した亡者を縄でぐるぐる巻きにする。
「裁判中の亡者に逃げられるとは情けない。あなたたちは後で再教育です」
一人しかいない獄卒鬼は顔を青くする。
「部署の人間全員とは手厳しいね」
お燐が呆れた声を上げる。
そうしてひと悶着の後。互いの仕事もあるので閻魔補佐官と分かれた。
建物の壁を片側に反対側に等間隔の柱が続き、上に屋根を有した外回廊をお燐が荷車を引く。
肩車されたままのシニエはお燐に尋ねる。
「何処。行く?」
「やることは二つ。憑きものの処分と上司への報告さね。さっさと終わらせて地獄を出るよ」
「わかった」
地面を叩く音がする。シニエが面を上げると白装束の亡者が走ってくるのが見えた。また裁判からの脱走者がでたようだ。
「また逃げられたのかい。地獄の人手不足は深刻さね」
お燐が爪を振ると亡者が燃えた。
「ぎゃあああああああああああ」
ゴロゴロゴロ。叫び声を上げて転がりまわる亡者。
ゴキ。パキャ。止めとばかりにお燐は踏んで荷車で引いた。
「いいかい、シニエ。地獄で亡者は何をしても何度でも生き返る。だから生前の罪の分だけ厳しい責め苦を受けて心改める禊をして転生させるのさね。それら地獄の責め苦に比べたらこんなの序の口さね」
「責め苦。すごい?」
育ちの関係もあって目の前の悲惨な光景を見流してシニエはマイペースに質問する。
動かなくなった消し炭の亡者は追いかけてきた獄卒鬼が回収していった。
「ああ。すごいとも。生者は確実に生き残れない。その上すごく恐ろしくて痛いさね。なにせ死ぬほどの痛みだ。どれほどか、本当は地獄もいろいろと見せてもやりたいが、いまは仕事できてるからね。見せてやれるのはこれから行く所だけさ。あんたもあっちに戻ったら死後のためにもこの世の行い気をつけるんだよ」
「わかった」
本当は教育のためにシニエにも地獄をちゃんと見せてやりたいが。下手に見せて幼子の心にトラウマでも残したら溜まったもんじゃない。目の前で亡者の焼死を見せておきながら頓珍漢なことを思うお燐。それでもなんだかんだいってお燐はシニエに甘かった。
「・・・長い」
ただ延々と続く外回廊。塀が邪魔で外は見えない。建物の壁にたまに扉が現れはするがそれだけ。なんの代わり映えのない景色が続く中をもうだいぶ長い間歩いていた。
「ここは地獄の十王裁判所。長い長い裁判の分だけこの廊下は長いのさ」
「裁判。すごく。長い?」
「ああ。すごく長い裁判さね。死んで七日目の
「長い!?」
とてつもない道の長さであることを理解したシニエがお燐の頭をワサワサ触る。落ち着きがないシニエの子供らしい様子ににんまりしてしまう。
「とはいっても。あたしらは裁判所の入り口から入ったわけじゃないさね。途中にある裏道から入ったわけだ」
「つまり?」
「ついたよ。ここが憑きもの処分場さね」
とある扉の前で止まる。シニエが上を見上げると『地獄憑きもの処理場』と文字の書かれた看板があった。
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