第五話 オレの青春ラブコメは腐っている。

 ──次の日。


 オレは気持ちよくなく朝を迎えた。

 オレは昨日のことが原因であまり寝付けなかった。


 だから今日はモモ会長との仲直りの日だ。オレが勝手にそう決めた。


 今日中に仲直りしとかないと、月曜日の生徒会で妙な気まずさを味わうことになっちゃうからな。

 オレの放った最低すぎる言葉が学校中に出回るのも溜まったものじゃないし。それだけは絶対に避けたい。


 そしてなにより会長とは仲良くしていきたいし。



 オレはベッドから体を起こすとすぐにリンゴの部屋へと向かう。


 どうせリンゴはまだ寝てるだろうし、下に降りてからすぐに親にリンゴを起こしに行けって言われてまた二階に上がるのは面倒だしな。

 オレの部屋のすぐ隣なんだし、昨日の礼も兼ねて。


 オレはリンゴの部屋の前に来て部屋のドアをコンコンとノックする。


 だが反応はない。まぁいつもの事なんだけど。

 オレはもう一度部屋のドアをコンコンとノックした後


「リンゴ、入るぞ」


 と言ってから部屋の扉を開ける。


 オレの部屋を散らかしたまま出ていくリンゴだが、リンゴの部屋はしっかりと片付いている。

 できればオレの部屋もしっかりと綺麗にしていって欲しいもんだ。


 ていうか今更だけどリンゴってオレの部屋に何を探しに来てるんだろう?

 そんなことを考えながらオレはリンゴの寝ているベッドまで近寄る。


 寝顔可愛い。いや待て、オレはシスコンじゃない。リンゴの寝顔みてときめいたりはしない。

 でもこいつはこれでもフルーツ美少女セブンの一人。可愛いのは事実なのだ。


「おーいリンゴ、もう朝だぞー」


 ……いつものことではあるけど、名前を呼ばれたら普通起きるものじゃないのか?


 オレはリンゴの寝ているベッドのすぐそばに置いてある目覚まし時計を手に取り、タイマーをセットする。十二時にセットしてあるタイマーを今の九時まで巻き戻してと。


 すると目覚まし時計がとんでもないくらいの爆音で鳴り出し、オレは咄嗟に耳を押さえる。


「おーい! リンゴ! 朝だぞ!」


「──うるさい! わかった、わかったから! その目覚まし時計早く止めて!」

 

 オレは直ぐに爆音で鳴り出した目覚まし時計を止めて、もとある位置に戻した。


「あんたって鬼よね、鬼いちゃんよね」


 私今上手いこと言ったよね? って顔するな。そのドヤ顔がちょっと可愛いとか思ってないからな。てかこうでもしないと起きないんだから仕方ないだろ。


「そういえばあんた今日モモ会長にもう一度会いに行くんでしょ?」


 自然な流れで突然オレの行動パターンを言い当ててくるのやめて欲しいんだけど。本当に超能力者じゃないんだよね?


「まぁそうだけどなんでそれを知ってるんだ?」


「だってあんた昨日夜遅くまでモモ会長ごめんなさいって声出ししてたでしょ? 隣の部屋なんだから聞こえてくんのよ」


「そ、そうか、それはまたすまなかったな」


 そんな大きな声は出してなかった気がするんだけどまさか聞こえてたのか。


「それでなんだけどさ、あんたモモ会長の家って知ってるの?」


「……知らないです」


 オレが知ってるわけもないですよ。


 ならどうやってモモ会長に謝りに行こうとしたのかって?

 それはまじめなモモ会長のことだから日曜日でも学校に行けばいつもいるからそれでいいと思ってたんだ。

 実はオレもモモ会長がいつも学校にいることを知っていたから、日曜日までも学校に登校して会長に会いに行ったりもしてたかな。

 まぁ大森先生に呼び出されたついでだったんだけどね。


 リンゴはオレの言葉を聞いた直ぐに何かを自分の机の中から取り出す。


「私がモモ会長の家を教えてあげるわ」


 だいたい察しはついた。教えてあげるからこれをついでに持って行ってとでも言いたいんだろう。


「わかったよ、ついでにそれも持って行くよ」


 オレがそう答えるとリンゴはうんうんと頷いて何かが入った少し大きめの袋をオレに渡す。


「それじゃ今からモモ会長の家への行き方を言うからすぐメモとって──」

 

 

 電車に乗って乗り継ぎなしでそのまま三つ目の駅。東口から出たら直ぐに左に曲がって……。


 ここか……。


 メモを片手に持ちながらそれを頼りにしてついにモモ会長の家らしき場所までやってきた。

 駅からはまあまあ近く、ごくごく普通よりも一回りほどでかい一軒家だ。

 オシャレな家はモモ会長の親のセンスを感じさせてくれる。


 オレはメモをポケットにしまい、恐る恐るドアホンを人差し指でポチッと押す。

 するとピンポーンという音が二回ほど繰り返された後、しばらく沈黙が続いた。


 その沈黙の時間にもし違う人が出てきたらどうしようとか、昨日練習した謝罪方法を思い出せとかいろいろ考えてしまう。

 だがドアホンから反応はない。


 もしかして、留守なのか?


 反応が全くないのでオレは直ぐにその場を立ち去ろうとしたその時、ドアホンからガサガサっと音が聞こえた。

 オレはその瞬間回れ右をして様子を伺う。


 そしてしばらくした後、会長ではない女性の声で『どうぞ』とたった一言いわれ玄関からはカシャッという音が聞こえる。


 おそらく扉が開いた音だろう。だけどどうぞと言われて入ってもいいのだろうか。声が会長の声じゃなかったし、会長に姉妹がいるなんて聞いたこともないし。もしかしたら間違えて……。


 いや、考えてても仕方ない。違ったのなら謝ろう。変出者なら思い切り叫んで逃げよう。

 オレはそう心に誓って玄関の扉を恐る恐る開ける。

 

 すると玄関では一人の女の子が腕を組んで堂々と立っていた。

 背丈的には中学生。いや胸を見るに小学生に違いない。

 ショートヘアの美少女は腕を組んだまま口を動かそうとしないのでオレから早速要件を聞くことにした。


「あ、あのぉ桃子さんはいるかな?」


「……」


 ……あれ? 聞こえなかったのか?


「桃子さんってこの家の人であってるかな?」


「……お姉ちゃんは今留守にしていますよ」


 なんだいないのか。うすうす思ってはいたけどやっぱモモ会長は今日も学校に行ってるんだろうな。


「そっか、そういえばオレの妹からこんなものを預かっているから後で桃子さんに渡しといてくれないかな?」


 言いながらオレはリンゴから渡された小さな袋をこの子に手渡しする。


「リンゴより、ですか……」


 言いながらその子は小さな袋に手を突っ込んで何かを取り出そうとする。


「えっ!? それは桃子さんの家に持っていけって言われたもので……」


「いいのですよ、どうせミカン宛でしょうし」


 ミカン宛?


 言いながらその子は小さな袋から何かを取り出した。

 するとどうやら袋の中身はブラジャーだったらしく、それを見たオレは申し訳ない程度に視線を逸らす。


「いい度胸してますね……」


「オレの妹が持っていけって言ったんだからな!? 変な誤解はしないでくれよ?」


「まさか佐藤さんが?」


「話聞いてた!? なんでそうなるのさ。……てかなんでオレの名前を?」


「それは知ってますよ。佐藤さんのことはいろいろ話を聞かされますしね」


 そうかこの子は本当にモモ会長の妹らしい、モモ会長に妹がいるなんて初めて知ったよ。


「それってもしかして……昨日の喧嘩のことも?」


「はい、バッチリと!」


 だよな……そうだよな。もしかしたらオレのこと相当愚痴ってたよな……。


「先輩、良かったら上がってくださいよ。お姉ちゃんが帰ってくるまでは居ていいですから──」


 実際オレとしてもそうしてもらいたかった。だって明日になって生徒会で嫌な空気にはなりたくないだろ?

 だから今日中に仲直りをしておきたいんだ。

 それと将来のことを考えてモモ会長の妹さんにも……いや何考えてんだオレ。

 それはちょっと気が早すぎたな。


「あの、先輩? 聞いてるんですか?」


「あぁごめんごめん、できるならそうさせてもらうよ」


「そうですか、ではどうぞ」


 言われたままオレは家に上がるため靴を脱いで床をふもうとした瞬間。


「ちょっと待ってください!」


「えっ? どうしたんだ?」


「そこに消臭スプレーがあるのが見えないんですか?」


 突然何を言い出すんだこの子は。確かに消臭スプレーなら玄関に置いてはあるけど。


「まぁ見えるには見えるよ?」


「なら使ってくださいよね、家が臭くなるではないですか」


「え? 今のはさすがに酷くない? オレ普段臭いなんて言われたことないし」


 言ってくれる友達がいないというのは置いておこう。


 「オレの足は毎日綺麗に磨いてるし、臭くもないはずだよ?」


 別に親に臭うとか言われたからやってる訳じゃない。


「『男子がこの家に入る時は父に報告したあと消臭スプレーをかけなさい』と、これは我が家に伝わるこの家に上がるための掟なのです」


 誰だよそんな訳分からん掟作ったのは。あぁ父か。父なんだな。女子に過保護すぎる父親っているもんだよな。オレにはぜんっぜん優しくないのに。あ、今はオレの話じゃなかった。


 オレは仕方なく消臭スプレーを全身にかけてやっと家の床を踏んだ。


「あっ、部屋ならこの螺旋階段らせんかいだんを三階まで登ってすぐ右に部屋があるのでそこを使ってください。そこがお姉ちゃんの部屋なんで」


「三階ですぐ右……分かったそうさせてもらうよ。何から何までありがとな」


「いえいえ、ミカンもお姉ちゃんには仲直りしてもらわないと見てるこっちが困りますから」


 それってもしかしてモモ会長も昨日のことを悔やんでるってことでいいのかな?

 まぁいいや。オレは最初から謝るためだけに来たんだし。

 


 ──ここか。


 ドアの前までくるとオレは一度立ち止まり喉をゴクリとならす。

 後ろからすとんすとんと足音が聞こえてきているので妹さんがお茶でも持ってきているのだろう。それにしてもここがモモ会長の部屋。

 いやただの部屋なんだけどね。なんだか女子の部屋に入るってだけで緊張してしまう。


 オレはそっとドアを開けて部屋の中を覗く。


 だがオレの目に入った光景はあのモモ会長の部屋とは思えない部屋だった。

 床には無数の下着が散らかっており、教科書なども転がっている。

 オレは会長の違う一面が見れてしまったようだ。


 オレは恐る恐る部屋の中に入ろうとすると同時に背中を手でバンッと押される感触がする。おそらくモモ会長の妹。でもなんで。

 オレは振り向くことも出来ずにそのまま会長の部屋に転がり込んだ。


「いって……おいおい何するんだよ……!?」


 床に転がったオレは咄嗟に背中を押された方向を振り向く。するとそこにはモモ会長がスマホを片手に持って立っていた。


 そしてパシャ! パシャ! という音がスマホから聞こえてくる。


「え? モモ会長……? 確か居ないって……」


「昨日はごめんね佐藤くん。面倒事を嫌い、そして優しいあなたはきっとこの家まで来てくれると思っていたよ」


 一体何を言ってるんだ?


「あの……会長?」


 さっきの音ってやっぱりあの音だよな……。


「私、実はね……」


 呼吸が乱れる。足が動かない。

 どうやら怖気付いてしまっているようだ。


「私に従順な犬が欲しかったの」


 モモ会長はいつもとは全く違う腹黒い笑みをを浮かべる。


「ええと、あの……会長……?」


「聞こえなかったのかな? 今日からあなたは私のペットになってね?」


 言いながらモモ会長はスマホの画面をオレに見せつける。


 ああ、いい顔で撮れてますねぇ。じゃなくて!


「どう? この写真ってはたから見たらどう見てるのかな?」


 …………。


「ええとかっこいい男子生徒が転んじゃった……とか?」


「うふふ、面白い冗談ね。ねぇ、下着泥棒さん?」


「…………」


 終わった。オレの人生終わった。

 この写真の存在はオレを人生の社会的に消す効果を持ってしまっている。


 なんでこうなった。どうしてこうなった。


 オレが先輩の作ってくれた弁当をまずいと言ったから? いや違う。絶対に違う。


 今ならこれが確実に言える。


 これは……最初から、モモ会長にお出掛けすなわちデートに誘われた時から、その時から仕組まれていた……罠だったんだ。

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