023 『小悪魔なのは、見た目だけじゃない』

 僕はとりあえず現状報告も兼ねて、息を整えながらみなとに電話をかけた。


「あ、パパ。どったの?」

蓮花れんかを見失った、アイツ足が早過ぎる」

「あははー、やっぱりねぇ」


 電話口から楽しそうに笑う湊の声が聞こえてきた。


「走るなって言うべきだった……」


 僕の溜息混じりの後悔を聞いた湊は、とんでもないことを言う。


「みぃなが行きは走って行きなって言ったからねー」

「なんでそんなこと言うんだよ⁉︎」


 裏切りだぞ、湊! 僕とお前は周囲から評判の仲良し親子じゃなかったのか⁉︎ 見せかけだったのか⁉︎ もしかして未だに『日サロ行きたい』って言った時に猛反対したの気にしてるのか⁉︎ その後、水着で庭に寝っ転がり、セルフで肌焼いてるのを止めたことまだ根に持ってるのか⁉︎ ていうか、それ止めたの僕じゃなくて奈月だぞ⁉︎ 濡衣じゃないか!

 しかしそんなことは全くこれっぽっちも関係なく、湊には湊の思惑があったようだ。


「だってそうすれば、パパを振り切れるでしょ?」

「……このやろう」


 小悪魔なのは、見た目だけじゃないってことか。

 湊は遠回しではあるが、僕が蓮花に着いていくのに反対していた。着いてはきたが、着いていけなくするとは、策士さくしだな湊。


「あははー、怒った?」

「僕がそのくらいで怒るわけないだろ」

「まあ、れんちゃんは私と友達の家に遊びに行く時もしっかりと周りを見て歩いてるし、普通に出歩く分にはもう全く問題ないレベルなんだよねー」

「……そっか」


 湊の方が、蓮花と触れ合っている時間は遥かに長い。

 湊は僕の知らない蓮花の一面を知っているわけで、そういうことが既に出来ると判断したうえでの、開幕ダッシュ指示だったのか。


「あ、和菓子屋さん着いたみたいだよ」

「なんで分かるんだよ」

「店員さんに『着いたらLINEしてくださいね』って送っておいたの」


 根回し上手なことで。


「あとねー、れんちゃんに持たせてるポーチの中に、みぃなが前使ってたAirPods入れといたから、GPSで現在地分かるよ」

「お前は、スパイか何かか⁉︎」


 ハイテクを駆使しやがって。最近のイヤホンは無くしても分かるように、現在地を表示する機能が付いてるんだよなぁ。

 しかもスマホ本体を入れるんじゃなくて、イヤホンを入れる辺り冴えてやがる。軽いし、かさばらないし、もしもの事があったとしてもスマホよりは壊れる心配は少ない。

 なんか、全力ダッシュしたのが馬鹿みたいに思えてきた。


「でも、帰りも走られたら流石にヤバいだろ」


 プリンを持って走られたら、絶対に溢れる。だが湊はこちらも完璧だった。


「帰りはゆっくり歩いて帰るように言っておいたよー」

「抜かりなさ過ぎだろ!」

「あと、もし忘れちゃても店員さんにそのことを言ってもらうようにお願いしたら、多分大丈夫だと思う」


 ……もう帰ろうかな。

 なんか、根回しが凄すぎて逆に心配事が無くなってきた。というか、そこまでやるなら事前に言って欲しかった。

 でも、一応歩いて和菓子屋さんの店内が見える所までは来たので、最後まで見守ることにした。

 それは心配だからではなく、娘の成長をだ。


 ……ああ、そうか。

 僕は心配な気持ちもある反面、こうやって直に娘の成長を見たかったから、着いて来てたのか。

 なんか、自分で新たな自分を知った感覚だ。


「とりあえず、一旦切るよ」

「おっけー、じゃあ、パパも迷子にならないように気を付けてねー」

「なるか!」


 電話口にツッコミを入れてから、通話終了ボタンをタップした。

 ……念のため、電池の残量を確認する––––87%ある。迷っても大丈夫だ。


 店内でお買い物をする蓮花を僕は静かに見守る。

 蓮花はカウンターに居る顔馴染みのおばちゃんに元気よく話しかけ、無事にプリンを注文する事が出来たようだ。

 なんか、こういう娘の成長を見るのは嬉しいな。奈月にも見せてやりたい。


 数分後、おばちゃんからプリンの入った箱を受け取り(ケーキが入っているようなやつだ)、無事に会計を済ませ、蓮花は両手で箱を慎重そうに持ちながら、和菓子屋さんから出てきた。

 ……すごいゆっくり歩いてる。先程のダッシュが速過ぎたのかは分からないけど、チーターとカタツムリくらいの違いはある。

 ノロノロという表現がしっくりくるほどの、歩みの遅さだ。


 これ、もしかして湊とおばちゃんが二重に注意したから、必要以上に溢さないように意識しちゃってるとかかな。

 中で固定してあるはずだし、プリンには蓋も付いてるので、多少は揺れても大丈夫なんだけどな。


 でもアレはちょっと極端過ぎる。プリンの入ったケースだけを見つめている。これじゃあ、段差とかあっても気付かない可能性がある。

 あれ、これヤバくない? 周りとか見えてないんじゃない? 車とか来たらヤバくない?


 ……どうしよう。僕が声をかければ済む話だけど、それじゃあ意味がない。

 それは、蓮花が一人でおつかいが出来たという達成感を奪ってしまうことになる。それだけはしたくない。

 とりあえず、湊にもう一度電話して作戦会議をする猶予ゆうよくらいはありそうだ。

 僕はポケットからスマホを取り出して、湊にコールしようとしたが––––そんな心配は杞憂きゆうに終わった。

 丁度、前方から自転車が走って来たのだけれど、蓮花は自転車を避けるようにわきに寄った。


 ……なんだ、ちゃんと見えてるじゃん。

 見えてなかったのは僕の方か。子供の成長をちゃんと見えていなかった。

 心配し過ぎ––––か。

 僕は苦笑をしてから、ゆっくりと歩く蓮花を改めて見る。

 その背中はなんだかとても頼もしく見えた。


 僕は湊に電話をかける。ワンコールで湊は電話に出た。


「パパ、どったの?」

「これから、スーパーに行くけど、何か必要なものとかあるか?」


 湊が電話の向こうで笑ったのが分かった。


「なんだよ?」

「あ、ううん。れんちゃんのストーカーはもういいの?」

「ああ」

「そ、じゃあ––––」


 僕は湊の言った物を繰り返しながら、その内容を覚える。

 湊の言ったことを要約すると、蓮花の好きな物の材料を買ってこいって感じだった。

 蓮花の好きな物は、豚カツ。


 なるほど、今日はカツカレーか。こいつは美味そうだ。

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