僕がショタ化したのはどう考えても嫁と娘達のせいだ!

赤眼鏡の小説家先生

001『家族の中で一番若いのはお父さん』


「あなた、そろそろ起きないと朝食が冷めてしまいますよ」

「ん……」


 嫁の奈月なつきに身体を揺さぶられ、僕––––八重垣やえがき翔太しょうたは目を覚ました。

 重いまぶたをこすり時計を確認すると、長い針は六を指し、短い針は七と八の間くらいを指している。

 現在時刻、七時半。ゆっくり朝食を食べてから出かけられる時間帯だ。

 四月の中旬とは言え、まだ少し肌寒い。もう少しだけ布団に包まれていたい気持ちもあるが、それをやると奈月がやんわりと怒るので、僕はベッドからスルリと抜け出した。


 エプロンを身につけ、僕を起こしに来てくれた奈月なつきをぼんやりと見つめる。


「どうしましたか? まだ眠いですか?」


 そうやって僕を見つめる眼差しは、出会った頃となんら変わりがない。というか、奈月は歳を取らないんじゃないかと錯覚さえしている。いつまでも若々しく、三児の母だというのにスタイルの良さも昔と変わらない。

 どうやら、を遂げたのは僕だけらしい。

 まあ元々、僕と奈月の間には一回り近い年齢差があるので、それも当然なのかなと思う。


 僕と奈月は歳の差夫婦なのだ。


 奈月との馴れめは、僕が教師をしていた高校で奈月から熱烈ねつれつな猛アピールを受け、僕がそれに折れる形で奈月の卒業と同時に結婚した。

 当時の生徒や同僚からはひやかし半分の祝福を受けたし(むしろ『お前ら早く結婚しろ』みたいな雰囲気だった)、年末年始の飲み会では、他の先生からその時のことをいつも話題に出される。


 僕としては勘弁してくれって感じだけど、奈月に迫られるのは満更でもなかったのは事実だ。

 奈月は高校生にしては垢抜けた美人だったし、料理上手で家庭的でもあった。


 断る理由なんて「教え子だから」くらいしかなかったし、その僕の「教え子だから」という最終防衛ラインも奈月は軽々と飛び越え、先程も述べたが、僕が折れる形で結婚することになった。

 もう、やられたって感じだった。

 進路希望用紙には、『八重垣やえがき先生のお嫁さん』って書いてくるし、テストの氏名欄には毎回『八重垣奈月』と記入してきた。

 そして本当に、八重垣奈月になってしまったというわけだ。


「あの、私の顔に何か付いてますか?」

「あ……、いいや。何も付いてないよ」


 当時のことを思い出し、奈月を見たままボケッとしてしまっていたようだ。


「そうだっ、パジャマを洗っちゃいますので、早く脱いでくださいっ」

「分かった……ふぁ」


 欠伸をしつつ、僕は素直にパジャマを脱いで奈月に手渡した。このパジャマは奈月が最近買ったものなのだけれど、猫の絵が沢山描かれていて、とてもファンシーな柄をしている。

 正直に言うと、趣味じゃないし、僕には似合わないと思う。だけどこのパジャマを着ると奈月が「可愛いっ」と言って喜ぶので、その喜んだ顔に免じて仕方なく着ている。


 ノロノロと着替えてから、パジャマを奈月に渡し、僕はリビングへと向かう。

 リビングでは、二人の娘が既に席に座り、朝食をとっていた。


「あっ、パパ、おきたの!」


 と僕を見るなり元気にこちらに駆け寄って来たのは、幼稚園の年長さん、末っ子の蓮花れんかだ。

 じっとしているのは寝てる時とご飯を食べている時くらいなもので、四六時中元気にはしゃぎ回っている。


 そして、こちらをチラリとも見ずに無視を決め込んでいるのが中学二年生、長女の翔奈かなだ。

 元々反応は薄く、淡白たんぱくな一面があるのだが、この無視はそれとは別の理由がある。

 僕と翔奈は少し前に喧嘩をしてしまい、ちょっと今はギクシャクしている。

 早く関係を改善すべきだとは思うのだけれど、年頃の娘との付き合い方に頭を悩ますのは父親の宿命とも言えよう。


 僕はそんな翔奈を流し目で見ながら、洗面所へと向かう。顔を洗うためだ。

 洗面所に行く途中に、次女のみなととすれ違った。


「はよー」

「ん……」


 僕はその姿を見て、目を細める。

 湊は現在小学五年生なのだが、なぜかギャルに目覚めてしまった。

 綺麗に染まったアッシュカラーの髪を緩く巻き、本人曰く甘めな白ギャルメイクを施し、朝からバッチリ決まっている。

 これから小学校に行くというのに、そんなに決めてどうするんだ……パリピか(使い方合ってる?)。


「ねえ、パパ、今日のみぃなどう?」

「そういうのは、ママにいてくれ」

「みぃなは、パパに訊いてるの」


 湊はジィーと、こちらを見つめてきた。その顔をよく見ると、目には星が散りばめられたカラコンが入っている。

 僕は湊の瞳を指差して、


「学校に行く時に、ソレはダメだ」

「えー、いいじゃん、いいじゃん、コレあると盛れるしぃ」

「大体、学校に行くのにオシャレする必要なんてないだろ」

「パパはそういう所、分かってないねぇ」


 湊はそう言って肩をすくめ、スマホをいじりながら、リビングへと向かって行った。全く……。

 担任の先生や、学校側から注意されないのが本当に不思議でならない。

 それどころか、湊ちゃんはとても優秀で、クラスのリーダー的な存在なんですよ、と褒められる始末だ。成績も学年トップらしいし。

 人は見た目で判断するなと教師として散々教えてきた僕だけれど、それを小学生の娘によって理解するハメになるとは思わなかった。まあ、悪いことはないんだけどさ。

 ……って、いかん、いかん。せっかく早く起きたのに、こんな所で油を売っていると朝食を食べる時間が無くなってしまう。


 僕は洗面所へと早足で向かい、さっさと洗顔を済ませることにした。

 家の洗面台の位置は、少し高めの場所にあるので、背の低い僕は台の上に登る必要がある。

 全く……身長が小さいってのは不便で不自由なもんだ。そんなこと思いもしなかった。

 僕は、昔は毎日使っていた髭剃りをチラッと見てから––––鏡を見た。


 そこには、五歳くらいの子供が映っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る