ロドルフの冒険

 「で、その後どうなんだい? そろそろルパンからの連絡はあったんだろう?」

 ニューヨーク市にある新聞社〈アローポリス〉の社長室へと呼び出されたパトリシア・ジョンストンはこの数か月の間、毎日のように繰り返されるその質問に辟易としていた。

 目の前にある本革で作られたゆったりとした椅子に腰も落ち着けず、机に座って身を乗り出しながらその興味と熱意の全てをパトリシアへとぶつけているのが、犯罪専門新聞アローポリスの社長であるヘンリー・マッカラミ―であった。

 「まだよ、ヘンリー。頼むから一日くらいはその事を忘れさせてくれないかしら。ただでさえ今追っている事件と、ロドルフの新しい友達に悩まされているのに、これ以上問題を抱えるなんて私の許容範囲を超えているわ!」

 パトリシアは有り有りとした不満を吐き出す。

 「ロドルフの事なら僕に任せてくれればいいじゃないか。何て言ったってあの子の父親は──」

 「マッカラミーさん──」

 パトリシアは鋭い口調でヘンリーの言葉を遮った。

 「あなたの嫉妬深い奥様に息子を預けるなんて金輪際ゴメンだわ!」

 「そう言うと思った。でもババスール叔母さんの所だって君は嫌なんだろう?」

 「当たり前よ! 田舎だからって安心していたけど、あんなタチの悪い連中と友達になるなんて思ってもいなかったわ!」

 「まあ子供は元気な方が良いじゃないか。それに君は僕とは違う性格の子に育てたいんだろう? だったら活発になってくれれば君の目的にも沿うじゃないか」

 「気楽に言うのね。あの子はまだ七歳よ、周りの環境に影響されやすい年頃なの。汚い言葉を一つ一つ直させるのは本当に大変なんだから!──ところで何か用事があって呼んだのでしょう? 私は出先からわざわざ戻って来たのよ? ルパンの件で呼んだなんて言ったら、アローポリスは明日の一面記事に困ることは無くなるでしょうね!」

 パトリシアは冗談交じりの口調で問い詰めたが、その視線はヘンリーを射抜く程に鋭く突き刺さった。

 「──まったく、人は変わる物だね。あの頃の僕が今の君を口説こうとしたら、ニューヨーク湾に沈められそうだ」

 ヘンリーのぼやきに対して、パトリシアは黙って満面の笑みを浮かべる事で返答とした。

 「悪いが今からシカゴへ飛んで欲しいんだ。ロイスが怪我をして行けなくなってね。現地での手配は整っている。ジミーと組んで取材をしてくれ」

 「今から? 嘘でしょ?」

 「ロドルフはババスール叔母さんの所へ預けておくから安心していいよ」


 「おい、ロドルフ! 来ないのか?」

 深夜。ババスール家の横に立つ大木へと登ったトムが、開いている二階の部屋の窓を覗き込んでそこにいる少年へと声を潜めながら呼び掛けた。

 ここはニューヨーク州ロックランド郡スプリング・パーク。母親が仕事の為に長期間家を離れる時には、いつもロドルフはこの村に住むババスール叔母さんの家へと預けられていた。何度か訪れる内に同世代の友達も出来、遊びにも誘われるようになった。そして、この年頃の少年たちがする事と言えば、一も二も無く冒険である。

 (ここで怯んだら臆病者の烙印を押される。そしてしばらくの間、あいつらは僕を見かけるたびにこう言うんだ──やっぱ都会暮らしをしてるとお上品なお嬢様になっちまうんだな、って。僕は男だ! 僕はママを守る男になるんだ!)

 ロドルフは覚悟を決めると、用意しておいた靴を履いて大木へと飛び移りトムの後に続いて地面へと降り立った。すでに家の周りにはハックを始めとした数人の友達が集まっていた。子供たちのリーダー的存在であるトムの合図で小さな冒険者たちは一塊となり、月明かりに照らさながら村の外れにある森へと向かって行った。

今夜の冒険の舞台は森の中にある打ち捨てられた屋敷であった。その廃屋は〈コルネーユの館〉と呼ばれており、そこには前世紀から眠りに就いている美しい貴婦人がいると伝えられていた。

 恋人と添い遂げる為に政略結婚から免れようと仮死の毒を飲んだ貴婦人であったが、計画を知らされていなかった恋人は貴婦人が死んだと思い込み本物の毒を飲んでしまう。目覚めた貴婦人はその事実を知り、彼と同じ毒を飲んだが死に至る事が出来ず、永遠の眠りに就いている、という伝説であった。

 彼女の魂は夜な夜な恋人の姿を探して森の中を彷徨っているという。その魂を目撃した村人たちはいつしかこの森を〈コルネーユの乙女の森〉と呼び、彼女の事を〈眠れる森の美女〉と称する様になった。

 そんな伝説も時と共に風化して行くのが常であったが、ここ数日村の中では『夜中に眠れる森の美女が泣いている』という噂が広まっていた。当然の如く大人たちは夜、森へ近づく事を禁止していたが、子供たちに向かって「ダメ」と強要するのは全くの逆効果だ。怖い物知らずの彼らは貴婦人に泣き止んで貰う為に、館を目指しているのである。

 そうは言ってもいざ森を目の前にすると、子供たちは立ち止まりお互いの顔を見合わせた。するとハックが進み出て、自分自身を鼓舞するかのように大きな声で断言した

 「だいたいマフ爺さんは酔っていない時の方が珍しいんだ! 絶対に聴き間違いか思い込みに決まっているよ!」

 勇気を取り戻した一行は、次々と同意の声を上げた。

 「よし、行こう!」

 トムの合図で彼を先頭に森の中へと足を踏み入れて行く。トムの弟のシドは彼にべったりとくっついていた。その後ろにハックが続き、しんがりをロドルフが務めている。

 初めは獣道のように人が踏み入った跡が残されており、それを辿っていた一行であったがやがて道は下生えに覆われ、その先は身長程に伸びた草やそびえ立つ木々によって遮られてしまった。途方に暮れたトムが立ち止まって周囲を見回す。

 「館なんて見えないぞ」

 最後尾にいるロドルフも館への道を見つけようと、淡い月明かりに照らされた森の中をキョロキョロと見回してみる。すると遠くでチカチカと何かが光ったように感じられた。

 (何だろう、あれ?)

 仲間から離れ過ぎない程度の距離感を保って木々の間へと歩を進める。

 その時、夜風に乗って微かな唸り声が聴こえて来た。

 「何、あれ!」

 シドが怯えて兄へとしがみつく。

 「動物──だけどこの森にあんな野獣みたいな声を上げる奴はいないはずだぞ」

 その唸り声が段々と大きくなり、少年たちへと近づいて来た!

 「やばい! 逃げろ!」

 トムの合図で皆が一斉に駆け出す。

 「えっ? 何、どうしたの?」

 皆から少し離れていたロドルフは完全に出遅れてしまった。

 慌てて追いかけようとする彼の耳へと、ハッキリとした女性の呼び掛けが聴こえて来た。

 「──ロドルフ」

 突然名前を呼ばれてビクッとなるロドルフ。

 「──ロドルフ」

 「誰! なんで僕を呼ぶの?」

 勇気を振り絞ってロドルフが叫んだ。

 次の瞬間、森を抜けてロドルフの目の前に黄色い毛並みをした動物が飛び出して来た!

 「うわぁ!」

 驚きの余りに腰を抜かすロドルフ。

 「待っていたわ、ロドルフ」

 少年と対峙しながら彼を威嚇している虎の背後から、透き通るように白い肌をした薄絹を纏う若い女性が姿を現した。

 「付いて来て──サイダ、戻るわよ」

 女性はロドルフへと呼び掛けると、虎を引き連れて木々の間を森の奥へと進んで行く。

 呆気に取られていたロドルフも、気を取り直すと女性と虎の後を追って行った。


 「私の名前はアンジェリク。ずっとあなたが来るのを待っていたわ」

 館へと招待されたロドルフは、朽ち果てたように見えた外観からは想像できないほど壮麗に飾り立てられた室内を見て驚きに目を見張った。

 「どうなっているの? 入る時はあんなにボロボロに見えたのに!」

 広い居間にはアンティーク調の家具が備え付けられ、壁際の暖炉には赤々と火が灯っている。サイダと呼ばれた虎は暖炉の前へと向かうと、そこで身を丸くして目を閉じた。

 「ここは時が止まっている世界なのよ。この部屋までの長い通路が時間を超えて行く為のトンネルだったの」

 「へぇー、凄いや! っていう事はここにずっといても外の時間は進まないって事だね!」

 ロドルフの素直な感想を聞いてアンジェリクは楽しげに笑った。

 「そうよ。ロドルフは本当に頭の良い子ね」

 「ママが家に居ない時はいつも本を読んでいるんだ!『クリスマス・キャロル』って知ってる?『不思議の国のアリス』もそんな話だよね?」

 「まあ、ロドルフ! 私もどっちのお話も大好きよ! ねえ、ずっと一人で寂しかったの。ちょっとの間だけでいいから一緒にいてくれないかしら?」

 アンジェリクが甘える様にロドルフを見た。

 子供ながらもロドルフはドキマギしながら返事をする。

 「で、でも、ババスール叔母さんが心配するし──」

 「あら、大丈夫よ! ここを出た時にはさっきの時間へ戻れるから心配は要らないわ」

 アンジェリクはそう答えながら満面の笑みを浮かべた。

 「──そっか、そうだよね! だったら一日くらいは大丈夫だよね!」

 ロドルフも安堵しながらにこりと笑みを返す。

 アンジェリクは立ち上がってロドルフの手を取ると、畳み掛けるように言葉を紡いだ。

 「この家には書庫があるの。多分あなたの読んだ事のない本がいっぱいあるわ。ふかふかのベッドもあるから、読みながら眠っても大丈夫よ! こう見えても私料理には自信があるの。あなたの好きな食べ物を教えて頂戴。明日の朝御飯は一緒に食べましょう──」


 (話が違うわ──)

 シカゴに着いたパトリシアはタクシーを拾ってジミーが宿泊しているホテルへと向かったが、そこに彼は居なかった。フロント係の話では朝一番で部屋を引き払ってニューヨークへと帰って行ったという。

 「どうなってるのよ、もう!」

 ヘンリーへの怒りが自然と声になって発せられた。電話機を探して周囲を見回す。

 三台並んだ電話機の真ん中が使用中であった為、一番右側の電話機の前へと立った。受話器を取り上げダイヤルに指を掛ける。

 次の瞬間、左の脇腹にチクリとした微かな痛みが走り、パトリシアは動きを止めた。

 「シカゴへようこそ、お嬢さん。また会えて嬉しいよ」

 電話機と電話機の間を遮る衝立越しに聴いたその声をパトリシアは憶えていた。リバティー広場でジェームズの認識票を奪って行った男の声であった。

 「あなたが〈ザ・ラフ〉なの?」

 努めて冷静さを保ちながらパトリシアが問いかける。

 「ザ・ラフ? まあ、何とでも好きに呼べばいい。名前など何の意味も無い」

 「ねえ、こんなに人の多い所で一体何をする気なの? 私が叫んだらあなたは逃げ切れないわ」

 「叫んだ瞬間にこの刃の切っ先はあんたの脇腹へと突き刺さるぜ。忘れるなよ、ここはシカゴなんだ」

 「──私をおびき寄せる為の罠だったってことね」

 パトリシアは観念したかの様に溜息を吐いた。

 「光栄だろ? あんたを呼び寄せる為だけに事件を起こして偽電話を掛けて──一体組織が幾ら費やしたと思う? まあ、その程度のはした金、組織にとっては痛くも痒くもないがな」

 「そんなに裕福な組織がルパンの何を狙っているというの?」

 パトリシアの問いかけを男は笑い飛ばした。

 「ハッ! 舐めて貰っちゃ困る。そんな誘導に引っ掛かるかよ! 組織の目的が知りたいんだろ? だったらおまえも組織の一員となるんだ」

 「組織の一員って──私にも資格があるのかしら?」

 「〈奴〉に関わった人間全員に資格がある。それがボスの方針だ」

 (ボスね──)

 パトリシアはここが肝要と心に刻み、極めて落ち着いた態度で返答した。

 「利益になる話なら聞くわ。私だって楽に生活できるならその方良いもの」

 「それが利口だ。謀ろうなんて企むんじゃないぞ。こっちはロドルフ坊やをいつでも天使にしてやる事が出来るんだからな」

 (──ロドルフ!)

 予想外の攻撃にパトリシアは叫び声を上げたい衝動に襲われたが、意志の力でそれを抑え込み不敵な笑みを浮かべた。

 「それは朗報だわ。こぶ付きだとアヴァンチュールもままならないのよ」

 「フン! 強がるなよ。いいか、黙って付いて来い」

 男はナイフを引くと、背中を向けて歩き出した。

 パトリシアは震える脚を鼓舞しながら、早足で男の後を付いて行った。


 シカゴの地理に明るくないパトリシアにはそこの地名までは判らなかったが〈ザ・ラフ〉が歩いて行く先がシカゴの裏世界である事は簡単に見当が付いた。長身でスタイルの良いパトリシアには路地の端々から好奇な視線が注がれるが〈ザ・ラフ〉が一睨みしただけで、彼らは蜘蛛の子を散らすかのようにその気配を消した。

 幾つかの角を曲がり、路地の突き当たりへと達すると、壁を背に屈強な男が二人並んで立っていた。

 「Near In Pulse」

 〈ザ・ラフ〉がそう呟くと、男たちが左右へと広がる。空いた空間には何もない。

 〈ザ・ラフ〉は壁に手を当てると力を込めた。すると壁は回転扉のようにクルリと回り、パトリシアの目の前で〈ザ・ラフ〉の姿が消える。

 パトリシアは左右に立つ男たちを交互に見遣るが、男たちは無反応のままピクリとも動かない。諦めた様に扉へと手を掛けると回転扉をくぐった。

 壁の向こうは一直線の無機質な通路となっていた。すでに〈ザ・ラフ〉はかなり前方まで歩を進めている。パトリシアはさりげなく中から回転扉を回してみようと試みたが、扉は微動だにしなかった。

 (閉じ込められたと言う訳ね)

 脱出が不可能だと判ったパトリシアは腹を括って〈ザ・ラフ〉の後を追った。

 〈ザ・ラフ〉は一言も発する事無く目の前の階段を上がって行く。見失わないように慌てて彼を追って階段を駆け上がったパトリシアは、階段の最上段で足を止めた〈ザ・ラフ〉にぶつかりそうになった。

 「どうしたの?」

 パトリシアが呼び掛けるも返事は無い。

 「誰だ、オメェは?」

 〈ザ・ラフ〉が声を掛けた相手を見ようとパトリシアが首を伸ばすと、そこには〈彼〉が立っていた!

 「君の敵さ。それ以外に知っておきたい事があるかね?」

 男の人を食った返答を聴いて〈ザ・ラフ〉は残忍な笑みを浮かべた。

 「ああ、あるね──墓石に刻む名前くらい名乗っておくべきだな!」

 〈ザ・ラフ〉は刃渡りの長いナイフを取り出すと、男へと踊りかかった。男は軽やかにそれを躱すと、手刀を叩きつける。そのダメージを物ともせずに〈ザ・ラフ〉はナイフを振り回した。その刃先が男の衣服を切り刻む。

 「こいつ! 私の一張羅だぞ!」

 男は余裕の表情を浮かべながら冗談めかした。

 「おまえのその余裕をかました面の皮を切り刻んでくれるわ!」

 〈ザ・ラフ〉は空いていた左手にも手品のように一瞬で取り出したナイフを握り、二本の刃物を操りながら男を追いこんで行く。

 「さすがに、これは、無理かな」

 男は華麗に躱しながらも、徐々に壁際へと追い込まれて行く。

 「死ね死ね死ね!」

 狂ったように鮮やかなナイフ捌きを見せる〈ザ・ラフ〉。

 「──悪いね」

 懐に手を入れた男は、電光石火の素早さで拳銃を取り出し〈ザ・ラフ〉の腹部を撃ち抜いた!

 蹲って倒れ込んだ〈ザ・ラフ〉が動きを止める。

 「致命傷ではないはずだ、生きているって言ってくれよ。私が使う銃弾はいつも蒸気殺菌器で消毒しているんだ。入り口にいるヘラクレスたちを呼んで来るから薬箱を使って手当てして貰ってくれ。ここにも薬箱くらいあるんだろ? おい、何とか答えろよ!」

 男が〈ザ・ラフ〉の上からどやしつける。パトリシアは彼に近寄って行き、そっとその肩を抱いた。

 「公爵様──彼はもう死んでいますわ」

 彼女に指摘されて、セイラーは怒りを爆発させた。

 「畜生! また無駄な殺しをしてしまった! 私としたことが──クソッ! 昔はもっとうまくやれていたじゃないか!」

 苛々しながら周囲をグルグルと歩き続けていたセイラーが、徐々に落ち着きを取り戻して行く。

 「いや──申し訳ない。恥ずかしい姿を見せてしまいました」

 パトリシアへと謝ると、彼女は首を横に振ってそれを否定した。

 「いいえ。命を尊ぶ貴方様の姿勢に感動致しましたわ」

 「あなたにそう言っていただけると救われます──さあ、こちらへどうぞ。あなたと離れてから私が何をしていたのかお話ししましょう」

 セイラーは二階の一番奥にある部屋へとパトリシアを導いて行く。扉を開け室内へと入って行くと、そこには椅子に縛り付けられた一人の男がいた。

 「ああ。紹介が遅れました。彼の名前はマフィアノ、ここのボスですよ」

 「ボス? と言う事は彼が〈N.I.P.〉のリーダーと言う事ですか?」

 パトリシアは驚きながらマフィアノを見つめた。彼らの会話は耳に届いていたが、マフィアノは観念したかのように項垂れて一言も発する事は無かった。

 「ああ、それが少々込み入ってまして。順を追って説明しましょう。アメリカにいたあなたは御存じなかったでしょうが、あの後ヨーロッパを震撼させる連続殺人事件が発生しました。ロシア、イギリス、フランスで立て続けに三件です。これらの事件が連続殺人だと結論付けられた理由は現場に各国の言葉でこのような文言の書かれたカードが残されていたからです『裏切り者には制裁を──F.F.』」

 「〈F.F.〉ですか──」

 「実はこれらの事件にはそれ以外に警察も知らない共通点が有りました」

 「共通点?」

 「事件の被害者たちが全員、過去にルパンの部下だったのです!」

 「ルパンの部下?」

 「ええ。ルパンが関わって来るとなると〈F.F.〉というメッセージにはあなたも心当たりがあるはずです」

 「〈F.F.〉?──フレデリック・フィールズ!」

 「正解。つまり連続殺人は秘密結社による粛清だったのです。被害者は全員〈N.I.P.〉のメンバーであり、組織に内部抗争が発生して始末されたのでしょう」

 「メンバー? だとしたら認識票があるはず──」

 「勿論、現場には残されていませんでした。ですから私はそれを探す為にも〈N.I.P.〉の活動賛同者に扮し、組織へと接触を図りました。多額の寄付をちらつかせたら簡単でしたよ。マフィアノが声を掛けて来たので奴の元へと潜入しました。ああ、言わずもがなでしょうが、マフィアノもルパンの元部下です。末端なので直接の面識は有りませんがね。そして秘密結社ごっこのさなかにあなたの誘拐計画を知り、ここでお待ちしていたという訳ですよ──そうそう。マフィアノは認識票を五枚持っていました。殺された三人とマフィアノ本人の物、それからジェームズ・マッカラミーの物です」

 「ではジェームズを殺したのも──」

 「おそらくマフィアノの指示でしょうね。ただし一つ気になる点があります。あなたの書いた事件記事を読んだのですが、マッカラミー氏は射殺だったと言うのは本当ですか?」

 「ええ、検死の結果を見ましたから間違いありません」

 「だとしたら奇妙だ。連続殺人の被害者は皆ナイフで殺されています。犯行は先程のナイフ使いが行ったのでしょう。なぜマッカラミー氏だけが射殺だったのか? 別の殺し屋がいるのだとしたらマフィアノがこう易々と捕まるはずがありません。それから謎がもう一つ。組織にいた時に耳にした言葉〈ポール・シナ―〉とは一体何なのか?」

 「ポール・シナ―?」

 「罪人ポール〈Paule Sinner〉、またあなたが得意な〈Arsene Lupin〉のアナグラムですよ。全く!〈N.I.P.〉の連中はどれだけルパンが好きなのやら! なあマフィアノ?」

 セイラーがマフィアノへと目を向けると、彼は眠りに落ちている様子であった。

 「呑気な奴だな! この状況で眠れるなんて」

 呆れた様に笑うセイラーであったが、不意に何かに気づいた様に部屋の扉へと向かって駆けて行き、肩から体当たりを食らわせた。だが扉はビクともしない。

 「布を使って口を塞ぐんだ! それから椅子を使って窓硝子を割れ!」

 パトリシアへ向かって叫ぶが、すでに彼女も床の上へと頽れていた。

 「畜生! またしても判断ミスだ! マフィアノもパトリシアも囮に決まっているじゃないか──」

 無念の叫び声を上げながら昏睡ガスを吸い込んだセイラーが倒れ込んだ。

 室内を沈黙が満たすと、部屋の扉が開かれてガスマスクを着けた人物が入って来る。

 「情けないなぁ、アルセーヌ・ルパンともあろう者が」

 その背後から三人のガスマスク姿の男たちが現れ、それぞれが倒れている者たちを抱えて部屋の外へと運び出して行った。

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