第24話 学祭そのニ
私の混乱を彼は苦笑した。
春彦を立花と呼び、鮫島さんを威親先輩と呼ぶ。店長って威親さんっていうんだな、とも思ったけれど。立花って何?でも呆ける私をよそに、店長はますます腑に落ちた顔で笑う。
「なるほどねぇ!そりゃヤベェわけだよ立花が相手じゃなぁ。」
「先輩。」
「俺と立花さ、中学が一緒だったんだよ。卒業した途端連絡よこさねぇんだもん本当に薄情者だよなぁ立花ァ!」
からから笑って背中を叩く店長に、次第に苦虫を噛んでいくハル。
「まって店長、立花って誰ですか?」
私も店長も同じ顔。何言ってるんだ?の意。そこに注釈を入れるのはハルだった。
「先輩俺いま佐々谷なんですよ。」
「………ああ、親父さんの姓だっけか。」
「そう。……いっちゃん店長って何?」
「この子の友達の円ちゃんが俺の店で働いてんの。今ちょっと逸れてんだけど。紹介してやろうか?」
「……
「なんだ知り合い?」
世界狭ぇなぁ!と言いながら店長はハルを連行していく。去り際に私へ手を振って、「伊月ちゃんちょっとこいつ借りるね!」と歯を見せて笑った。引き止めるのは申し訳なかったので、手を振りかえして行ってらっしゃいと返した。仕方がない。私は円さんを待つことにする。
しかしそれも叶わない。
「ねえ、もしかして瀬川伊月さん?」
呼ぶ声に振り向けば、大層綺麗な男性が立っている。アイドルみたいなその人に頷いて返せば、彼はぱっと明るい笑みを浮かべた。
「会ってみたかったんだぁ。俺、
大きな瞳でまじまじと見られると、思わずたじろいでしまう。ほとんど金髪に近い髪が揺れて、彼は眉を八の字にして言った。
「俺さ、栄養科?のカフェのココア飲みに行きたいんだけど、場所わかんないんだよね。」
「隣の棟ですよ。」
「ちょっと一緒に来てくれない?」
有無を言わせず、彼は私の手を引いた。なんて人懐こい。仕方がないので受付の
右手の廊下を進み、角を曲がると生花の展示があった。ちなみに生花は選択授業。私は取らなかった。春川さんは色とりどりの花を見て、写真撮ろ!と楽しそうに言う。多少強引にツーショットを撮って、送るから連絡先教えて、と流れるように連絡先を交換した。手際の良さに私は驚きながら、されるがままだった。
「瀬川さんモテるでしょう。」
唐突な言葉に首を振る。すると彼は訝しげに笑いながら腕を組む。所作がいちいち可愛いのは、彼の持ち味なんだろうと思う。
「佐々谷がぞっこんみたいだからさぁ。確かにきっちりしてて、素敵だねぇ。」
春川さんの手が私の首へと伸びる。咄嗟に払い除けたのは、先日の此永さんと重なったからだった。
拒絶に気を悪くしたのか、春川さんから先程までの笑みが消え失せた。じろ、と睨むその目つきが悪寒を呼ぶ。
「佐々谷なんかやめて俺にしない?」
「なんですか急に。」
「一目惚れってやつ?」
顔と言葉がまるで合っていない。笑わない目で、彼は続けた。
「どいつもこいつも、あいつが良いらしくてさぁ。どこがいいんだかさっぱりなんだよねぇ。俺のほうが楽しく付き合えると思うんだけどなぁ。」
「……それは私への好意じゃないでしょう。」
ああ、今日も厄日かなぁ。震える体を律しながら、そんなことを考えた。これまで突飛な悪意に触れる機会なんてそうそうなかった。だから逃げ方が分からない。
「ハルのことが嫌いだから、一泡吹かせてやりたいだけだ。そんなことしても悲しくなるだけですよ。私に構うよりもっと、」
「随分大人な意見だね。…ああ、だから夢中になるのかな。年相応な子、あいつ嫌いなのかなぁ。」
春川さんの態度に違和感を覚える。何だかまるで、私越しに誰かを見ているようだ。
これ以上取り合うのは悪手な気がする。私は廊下を指さした。
「……ここを真っ直ぐ行って、左に曲がると扉があるのでそこを入ったら右に曲がってもらえるとココアあると思うので。」
「佐々谷と付き合ってる訳じゃないんでしょ?」
「早く行かないと売り切れちゃいますよ。」
踵を返した私を掴む手。咄嗟のことで力加減が出来なかったんだろうけれど、その力は私を萎縮させるには十分だった。肩をびくつかせる私を見て、春川さんは瞳を歪ませる。
「もしかして男性恐怖症?だから佐々谷と付き合わないの?」
「初対面の人間に迫られたら誰でも怖いと思いますけど。」
「じゃあどうして?佐々谷は遊びなの?」
初めは可愛らしいと思った笑顔も、よく見れば貼り付けた様に不自然だ。それが面白いほどに此永さんと重なる。
「…もう勘弁して。」
つぶやいた言葉はしっかり春川さんへ届いていて、随分ドスの効いた「は?」を頂いた。こうなれば、此永さんに言い返せなかった分までぶちまけてしまえ。これも恐らく最適解ではないけれど。
「どいつもこいつも佐々谷って、って、私も今思いましたよ。私とハルの問題でしょ。とやかく言われる筋合いないし、春川さんに関係もないでしょ。」
「関係あるよ。じゃなきゃわざわざお前なんかに会いに来るわけないじゃん。」
「は?」
「佐々谷がお前のものになっちゃったら、俺、どうして良いかわかんない。」
そう呟く瞳には、殺しきれない切なさがあった。私は必死に思考を巡らせる。
「……春川さんもハルが好きで?恋敵を潰しに?」
「はぁ?!誰があんなやつ好きになるかよ!!」
握られていた手が、全速力で振り切られた。
勢い余って私はよろけ、振り切られた左手は花瓶へぶち当たる。それから何個か花瓶と綺麗な花々を巻き込み、私は零れた水に滑って盛大に床へと倒れ込んだ。破片が刺さる痛みを感じながらぼんやり思う。利き手、左なんだよなぁ。
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