漏電

 彼女は泣いていた。歯を食いしばって、小刻みに震えて、目をつぶって。

 彼は動けなかった。そこらの電柱と変わりなく、ただ、立っていた。

 大雨が降っている気がした。それくらい、彼には身に着けてるものすべてが重く、どうしようもない寒気がした。

 涙の理由を知りたかった。彼の心を打つ水滴と、何が違うのだろう。頬を伝うたった一滴の雫に、人々が群がるのは何故なのだろう。

 十分に水分を得て芽を出した懐疑は、背を伸ばし、やがて憤慨という花を咲かせた。その花は、彼女の方を向くわけでもなく、その花弁をひたすらに四方へ伸ばしていた。誰も悪くはない。だが確かに咲いている。それと同時に、その一滴に惹かれているのも事実だった。

 しだいに電柱は自身に足があることを思い出した。一歩屋根の下へ入りたいと願った。

「どうして泣いてるの」

 雨音にかき消されてしまいそうな声で尋ねた。

 そしてその時、雷が落ちた。

「自分で考えてよ」

 屋根から弾き出され、また、彼の心は雨に濡れた。

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単発集 Inertia @Into-never-ever

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