第2話 再会


 目覚めた憑き物は、欠伸を噛み殺しながら宗也を見上げた。

 宗也は金魚のように口をぱくぱくさせた後、特大のため息をつきながら後ろの棚へともたれかかった。


「…とんでもないもの憑けてるじゃん…。」


 日頃から妖や幽霊の類を見ている宗也には、格の違いが一目でわかる。この憑き物は、その辺で見かける妖よりもよっぽど強く、清らかだった。


「お前は誰だ。」

「こっちの台詞です。」


 憑き物が圧倒的な妖気とともに睨みつけても、宗也は怯まない。それどころか、自分より身長の低い憑き物を見下して、睨み返していた。


「お前、ばちが当たるとか考えないのか。」

「ばち?」

「……おととい来やがれ、って顔してるな。」


 憑き物は宗也の生意気な態度を気に入ったようで、ニコリと笑いながら言った。


「私は紅狐こうこ。こいつとは、古い付き合いなんだ。」

「古いって、例えばこの子が生まれる前から?」


 宗也はかなめの体を指差している。

 

「憑き物は、憑いた時点で分かるんです。気配が変わるから。でもこの子の気配が変わったことなんて一度もなかった。」

「……心配しなくても、かなめの名を奪って喰ったりしないよ。そもそもかなめは、私の加護のうちにある。」


 霊能者の間では、妖に名前を知られてはいけないという決まりがある。名前は魂と結びついていて、妖に名前を知られることで、魂ごと支配されてしまう恐れがあるからだ。

 しかし紅狐はかなめを護っているという。宗也は首を傾げて紅狐を見た。


「あなたの目的は?」

「約束したんだ。こいつが、私に。」


 紅狐の白い手が、自身のシャツを掴んで捲り上げた。スカートのアジャスターは緩く、腹部を露わにするのを止めやしない。


 するすると上がっていくシャツ。宗也は彼女の手を掴んで止めながら、顔を近づけて腹部を見た。


「……何ですか、これ。」

「私にかけられた呪いだ。」


 彼女の腹には無数の痣と、蔦のような模様が伸びている。


「これが全身に回ったとき、私は死ぬ。前世のかなめは私を救おうとして、殺されてしまった。」

「前世のかなめ?」

「言っただろう。古い付き合いだと。」


 宗也は到底信じられないと言いたげな顔をしている。紅狐はおかまいなしに、宗也の手を解きながら続けた。


「この十年、かなめは有り余る霊力を私にくれた。おかげで呪いの侵攻は遅くなり、私は表へ出られるくらいに回復した。だが事態は好転していない。」


 宗也が腹部の呪詛に触れた。すると呪詛は、宗也を拒絶するように大きく畝った。


「呪いを必ず解いてやる。だから待っていろと、あいつは死ぬ間際に言ったんだ。…私は、馬鹿正直に待ってしまった。たかが数千年だと、あいつが笑って言うものだから。」


 宗也が見上げた紅狐は、高圧的な態度とは裏腹に、今にも泣き出しそうな顔をしていた。


「なあお前、かなめと仲が良いんだろ。」

「……言われなくても協力します。」


 眉を下げて礼を述べる紅狐は、鼻を啜りながら辺りを見渡した。


「あの蓮沼に行く。かなめと話がしたい。」


 理科室は一階にある。窓から外を見ようとも、紅狐の視界に町外れの蓮沼が映るわけがない。けれど紅狐の瞳はしっかり沼をとらえているようで、靴下のまま意気揚々と歩きだした。


「そのまま外に出る気ですか。」


 宗也は慌ててその手を捕まえたが、紅狐は構わず話を続けた。


「この町は瘴気が濃いな。妖は瘴気を吸いすぎると理性を失うだろ?お前、かなめが食われないように守ってくれ。あと足が汚れるから抱っこしてくれるとうれしい。」


 両手を広げて微動だにしない紅狐へ、宗也は制服のポケットから取り出した鬼灯を渡す。宗也が二つをいっぺんに叩いて破ると、二人の制服は戦闘用の装束へと様変わりした。


「これで歩けるでしょ。」

「…これはなんと言ったかな。」

「羽織と袴と地下足袋です。」

「最近の人間はこれを着なくなったよな。」

「…皇は古い組織なので。」


 宗也は黒の羽織を翻す。その背中には皇の文字が入っていた。


「ただ今日は、関守が不在なんです。」

「せきもり?」

「皇の治安部隊です。あなたの願いを聞こうにも、俺ひとりじゃ限度がありますよ。」

「恐らく音緒ねおという百目鬼どうめきが助太刀にくる。」

「かなめにデコピンしたのはそいつですね。」

「私を起こすおまじないだ。許してやれ。」

「…善処はしますが。」


 宗也は紅狐の手を引き、蓮沼へと駆け出した。


「…今朝までこんなに瘴気は濃くなかった。他より瘴気が濃い町だからこそ、関守は浄化を怠らない。あなたが目覚めた以外で、町に何か起こってる。」


 宗也は後方の殺気に気付く。

 紅狐を前方へと振り切って踵を返し、瞬時に刃を抜いた。


 対峙するのは獣の姿をしたおおきな妖。

 殺気と共に振り下ろされた牙を躱し、宗也は妖を逆袈裟斬りにする。そこに躊躇いや慈悲はなく、後ろで見ていた紅狐は黄金の目を丸くした。


「殺し慣れているな。」

「………嫌な言い方。」


 宗也は即座に紅狐を抱き寄せる。そして彼女の背後を突かんと飛びかかった妖を、真正面から斬り捨てた。血飛沫が二人に降り掛かったが、宗也は眉ひとつ動かさなかった。


「皇には妖に対する独自の規定があって、関守はだくと定められた悪鬼に対して、実力行使が認められています。…見習いが情けをかけても、苦しむのは妖のほうです。」


 宗也が進めば進むほど、二人を追う妖は増えていく。彼らは殺気立ち、涎を滴らせながらこちらに牙を剥いている。宗也は紅狐を守りながらも、決して足を止めなかった。


 蓮沼に着いた途端、宗也は強い妖気を感じた。


「何故ここに皇が居るんです?」


 背後から聞こえた声。宗也は即座に斬りかかる。

 しかしその妖はいとも容易く太刀筋を見切って、麦色の長髪をなびかせながら距離をとった。紅狐は宗也の手をすり抜けて、呑気に彼のもとへと歩いていった。


「遅かったな音緒ねお。」

「紅様のこと、十年がかりで探したんですよ。」

「目、いっぱいあるのになぁ。」

「…元気そうで何よりです。」


 愛想笑いを見せた眉目秀麗な百目鬼が、改めて漆黒の羽織を纏った宗也を見た。


「…まさか白河の関を越えるとは。皇と優勝旗だけはここまで来ないと思っていましたが。」

「妖のくせに何を…。」


 百目鬼は狩衣のような装束を纏って腕を組み、怪訝な顔で宗也を凝視している。


「見習いひとり置いて、本物の関守はどこに行ったんです?」

「教える義理はない。」

「可愛くないですねぇ。」


 音緒と呼ばれた百目鬼の頬と首元には、無数の目玉がある。目玉はそれぞれぐるりと周囲を見渡し、妖の動きを牽制していた。そして彼はどこからともなく、真紅の槍を取り出した。


「見習いの小童には、とっても荷が重いんじゃないですか?この状況。」


 音緒は紅狐を担ぎ、片手に握った槍を大きく旋回させた。その風圧は凄まじく、妖の群れは堪らず後ろへ吹き飛んだ。そしてそれは、宗也も例外ではなかった。


「音緒、私はこの体の持ち主と話がしたい。」

「どうやって?」

「持ち主に一回体を返すから………、」

「…返す前に全部説明してもらえませんか!」


 黄金の相貌が閉じられた瞬間、髪の紅色も消え失せた。慌てる音緒と視線が合うのは、急に体と意識を返されたかなめだ。


「ッうわぁ宗ちゃんじゃない?!」


 自分は理科室で宗也にもたれかかった筈なのに。

 かなめは妖に抱えられた現状に困惑しているが、彼の瞳を見てハッとした。


「…昇降口の!」

「…はじめまして、紅様のうつわ。」

「べにさま…?」

「…名前も覚えていないんですか?」


 かなめは困った顔で音緒を見上げ、彼の背後に妖が迫っていることに気付いた。

 するりと音緒の懐から抜け出て、かなめは瞬時に刀を手にした。


「ごめんね。」


 かなめは妖の牙を刃で往なし、柄で妖の首元を突く。そのまま次々と襲い掛かる妖と真っ向から対峙し、全ての妖を気絶させた。


「…甘いですねぇ。」


 百目鬼は呆れたようにため息をついて、意識を取り戻し再びかなめへ襲い掛からんとする妖にとどめを刺した。事切れた彼らは砂のように崩れて霧散する。


「うつわ、それでは誰も助かりませんよ。瘴気に飲まれるというのは、結構な苦痛ですからね。…その辺、見習いの小童はよく分かっているんでしょう。」


 音緒が宗也を見てみれば、彼は迷わず妖の急所を突いていた。妖が次々と霧散して、少年の周りは塵芥が舞っている。


 音緒は次にかなめを見る。彼女は妖の勢いに押されて、沼の淵へと追い詰められていた。


「うつわに体を返して、彼女と対話を望むなら…なるほど、だからわざわざこんな沼に…。」


 音緒は槍を振るい、近くの妖を全て葬った。

 そしてかなめの元へと歩み寄る。右手で槍を持ち、飛びかかる妖を切り捨てながら、左手でかなめの肩を掴んだ。


「少々手荒ですが、許してくださいね。」


 かなめを掴む左手が、彼女を沼へと突き落とす。

 華奢な体は、あっけなく沼へと沈んでいった。



 かなめは、あっという間に天地を失った。

 閉じていた瞼を開けると、飛び込んでくるのは眩しいほどの紅だった。


 流れるような紅い髪を凝視する代赭の瞳。まあるく呆けた表情に、紅髪の主は少しだけ笑った。


「さて、思い出せるかな。」


 暗闇にぽつりと浮かぶ彼女の瞳は、黄金の光が際立っていた。その瞳に強く揺さぶられて、かなめの中を駆け巡る記憶の断片。ああそうだ、あれは五歳の時だった。


 夕暮れの山と、地面に書いたまじない。

 まじないがうまく発動すると、辺りに幽かな香の匂いが漂った。そして顔を上げると、彼女がいた。彼女を呼び寄せるために、かなめは初めて呪術を使ったのだ。


 記憶と重なる彼女を見つめながら、かなめは首を傾げている。


紅狐こうこあなた、どうしてここに…?」

「お前が言ったんだろう。たかが数千年、待っていろと。おかげで随分楽になったよ。これならお前との約束も果たせるかもしれない。」

「……約束?」


 かなめはまだ首を傾げていた。記憶がすっぽり抜け落ちている。かなめにはいいようのない気持ち悪さがあった。一向に思い出せない少女の様子に、紅狐はその黄金の瞳を伏せて言う。


「やはり人間にとっては長すぎたんだ。忘れていても仕方がないか。」


 紅狐の足が一歩後ろへ引いた。踵を返してしまうのだと、かなめは直感的に理解した。咄嗟にその腕を掴んで止めた。


「待って、今はまだ私と一緒にいて。もう少し経てば思い出せるかもしれない。あなたが大事だって分かるの。だって私、このために……。」


 紅狐の白い手が言葉を制止した。

 美しく整った紅狐が黄金の双眸を潤ませて、不釣り合いに幼く笑う。


「お前はいつだって自分を二の次にして、いらない苦労を買って出るんだ。……そして私はいつだって、そんなお前の手を求めてしまうんだ。」


 気付けばかなめは、紅狐に抱きしめられていた。

 人より少し高い体温が、とくとくと揺れている。 


「私がお前の砦になる。だから思い出してくれ。私のこと、あの国のこと、そして劉伯のこと。」


 かなめは頷きながら、紅狐を強く抱きしめ返した。


 遠くで水の音がした。泡の音がいくつか聞こえて、体が強い力で引き上げられた。


「かなめ、大丈夫?」


 宗也が沼へと飛び込んで、かなめの体を抱えていた。水面から顔を出して初めて、かなめは呼吸をしていなかったことに気付いた。


 呼吸の乱れた少年少女を、百目鬼が沼の淵から見下ろしている。彼の右頬には痛々しい刀傷があって、彼の装束は自身の血で汚れていた。


 かなめがギョッとして音緒に安否を尋ねれば、彼はクツクツと笑って言った。


「見習いを見くびっていたことは謝りますよ。」


 刀傷は宗也によるものだ。急に現れてかなめを突き落とした鬼を、宗也は斬りつけてから沼へと飛び込んだのだ。


「この沼、皇が管理しているものでしょう。ここだけ霊気の質が違う。有事の際の駆け込み寺といったところでしょうか。」


 沼からあがろうとするかなめへ手を貸しながら、音緒は宗也へ声をかけた。宗也はああそうだよと答えながら、自分へと差し出された百目鬼の手を払い除けた。


 相変わらず蓮沼には妖が群がっている。音緒が突風を起こして吹き飛ばしたり、近づく者を容赦なく葬るせいで、接近を躊躇っているようだ。


 宗也がずぶ濡れの襟元に手を入れて、持っていた呪符を掴む。かなめは咄嗟にその手を掴み、宗也の黒檀色した瞳を見つめた。


「殺したくないの。」


 皇に独自の規定があることを、かなめも玄宗から教わっている。その際、救えないなら殺せという言葉の後に、玄宗はこう続けた。



 お前ひとりじゃ救えなくても、相棒と二人なら案外なんとかなるもんだ。俺たちの仕事は、あくまで浄化。くれぐれも、刃を持つ意味を履き違えるな。



「宗ちゃんと二人なら出来ると思うの。…音緒だって手伝ってくれるでしょ?」


 呆れたようなため息がふたつ。宗也と音緒のものだった。宗也はじっとかなめを見つめて、また一つ大きなため息をついた。それが安堵の息だと、かなめにはわかる。


「無理しないでよ宗ちゃん。家に出た蜘蛛のこと、全部逃してるの知ってるんだよ。」

「…分かったよ。」

「蚊だって一瞬ためらうじゃん。」

「分かったってば!」


 宗也は改めて呪符を全て手に取る。それを空中に投げると、呪符のひとつひとつが青白い光を帯びた。

 それは糸になって空中を舞い、ばらまいた呪符全てが織り混ざって、一つの大きな網となった。


 網は妖の上にのしかかり、沼じゅうの妖が身動きを封じられた。


「かなめ、こっちの方が似合うんじゃない?」


 そう言って宗也がかなめへ手渡したのは舞扇だ。

 舞には清めの力があるとされていて、かなめが長年重ねてきた修行のひとつでもある。


「宗ちゃんもやろうよ。」

「俺は絶対にイヤ。」

「前の祭りで女舞やって、女の子の面子丸潰しにしたことまだ悔やんでるの?」

「…かなめ今日ちょっと意地悪だよ。」


 百目鬼は胡座をかいて、頬杖をつきながらこちらを見ていた。どうやら人間二人で対処ができる状況だと踏んだらしかった。


 網に絡まった妖がもがいて暴れている。

 抜け出そうと身を捩る者もいれば、網を千切ろうと牙を剥く者もいた。しかし網はびくともせずに、妖たちの自由を奪っていた。


 かなめが静かに腰を落として、舞の型へ入る。

 扇をひとつ振るうと、どこからともなく鈴の音が聞こえた。


 一定の間隔で共鳴し続ける鈴の音。かなめが扇を振るうたび、シャン、シャン、と清らかな音があたりへ飽和して、瘴気を包んで流れていく。

 しなやかに曲線を描くかなめの体は、紅の装束を美しく揺らして魅せていた。


 妖の目つきが変わっていく。先程までの殺気が嘘のように、目の前で舞う一人の少女をうっとりした表情で見つめていた。


 扇が高く宙を舞う。


 くるりと翻る扇の紅が、日の光を受けて煌めいていた。それがかなめの手中へ収まった時、湧き上がるのは妖による歓声と拍手喝采だった。


「嬢ちゃんすげえなぁ!」

「いいもん見せてもらったよ!」

「アンタまさか玄宗んとこの娘さんかい?」

「本当かい、大きくなったんだねぇ。」

「そうかそうか、お前さんもとうとう俺たちが見えるようになったのか。覚えていねえかな、俺、ちょっと昔にお前さんにお酌してもらったんだぜ。」

「あの月見の宴なら、もう十年が経ってるよ。」


 瘴気と敵意を失った妖に対して、網は制止力を持たなかった。皆網をすり抜けて、かなめの元へと群がった。


「そういえばあんた名前は?」

「バカヤロウ皇の人間が迂闊に喋るもんかよ。」

「術者なら仮の名前を持ってるもんだろう。」

「みんながみんなあだ名があるわけじゃない。お嬢ちゃん…なあお嬢ちゃんずぶ濡れじゃねえか。こっちきな、乾かしてやるから。」


 目をまんまるくしてかなめは宗也を見る。しかし宗也も同じような顔をしていた。二人とも、妖がここまで人懐こくお節介だとは思っていなかった。


 ふと、肩を抱かれるような温もりを感じた。

 かなめが振り返っても、側には宗也しかおらず、宗也に肩を抱かれているわけでもない。きょとんとするかなめの頭に響くのは、紛れもなく紅狐の声だった。


「お前は私の加護のうちだ。おいでと言われているんだから、行って遊んでくると良い。お前の舞で、危機は去ったよ。」 


 かなめ以外に聞こえない紅狐の声。しかしかなめの態度で、宗也には察するものがある。


「紅狐、なんだって?」

「大丈夫だから遊んできなさいって。」


 かなめに、宗也の顔が近づいた。

 両頬を包まれていて、かなめは身動きが取れなくなる。こちらをじっと凝視してくる黒檀色した瞳に、かなめはぎこちなく視線を合わせ続けた。


「……大丈夫そうではある、んだけど……。」


 宗也は頰を包んでいた手を離して、指先で光の糸を紡ぎ始めた。青白い光の糸がみるみるうちに宗也の手元でひとつの形へ変化していく。


 花弁のように見えるそれを宗也が一度握って開くと、姿を見せたのは紅色の髪飾りだった。

 水引で作った花のように繊細な形をしたそれを、宗也はかなめの人差し指へ括り付けた。優しく結ばれた蝶々結びに、かなめは目を輝かせて左手を目の高さまで上げた。


「お守り。」

「ありがとう宗ちゃん!」


 宗也の両手を握ったかと思うと、かなめはすぐに妖の輪へ入っていた。


 草むらへ行儀良く座ったかなめの黒髪を猫又が梳いている。隣で団扇のような姿をした妖が風を送ると、かなめの黒髪がさらりと揺れた。その肩には拳ひとつにも満たない綿毛のような妖が乗っていた。


 瞬く間に妖へ受け入れられたかなめは、至極幸せそうに笑っている。やっと念願叶ったのだ。授業参観のように遠巻きに見る宗也に気付いて手を振るかなめが、彼の引きつった笑みの真意に気付くことはなく、十年前の宴の続きをしているみたいにはしゃいでいた。


 宗也は音緒の気配を感じて振り返る。

 百目鬼の持つ無数の目と、黒檀の目が合う。彼は鼻を鳴らしながら高くひとつに結えた長髪を後ろへ払った。


「まもなく思い出すでしょうが、あの小娘が背負うものは決して軽くない。貴方相当苦労しますよ。」


 しかし次に鼻を鳴らすのは宗也だった。


「お前の出番はこの先も無いよ。」

「…威勢が良くて結構です。」


 ふっと笑った音緒は、陽炎のように姿を消してしまった。宗也は百目鬼が立っていた場所を睨みつけて、右から聞こえてくる陽気な喧騒へと目を向けた。こちらへ来いと手を振るかなめに、渋々輪に入る決断をして、水を含んで重たい袴ごと一歩を踏み出した。


 そして翌日。

 登校したかなめは、黒板の前に立つ藤色の瞳をした少年に、目をまんまるくした。

 宗也もかなめの斜め後ろの席で、頬杖を解きながらその端正な顔を限界まで引きつらせる。

 そんな二人をよそに、担任は少年を紹介した。


「転校生の笹原音緒ささはらねお君だ。皆、仲良くするように。」

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