3.戦斧使いは故郷を語る

 ガットロウの背中を見送ったあと、残された一同は状況を飲み込めず、しばし呆然となった。

 割り切りの早さは冒険者にとって美徳だが、ガットロウのそれも実に見事なものである。


「とりあえず、お茶とお菓子をいただいちゃいましょう」


 最初に我に返ったモナが、皆をうながすように率先して菓子に手を伸ばした。


「わーい、おっかしー」


 ユリシャが目にもとまらぬ早業で菓子をほお張る。


「あ、そういえば、前から聞きたかったんスけど、ケイティさんってティトロフ出身じゃないっスか?」


「ブバッ!」


 アーガスがケイティに声をかけた瞬間、ユリシャが口から盛大に菓子の粉を吹き出した。


「わ、ユリシャ、何やってんのよ!」


「ゲホ、ゴホ、み、みず……」


「あらまあ、大変! はい、これ飲んで」


「何やってんだ……」


 ラキアが慌てて吐き出されたものを避け、モナがお茶をユリシャに差し出し、その様子を見てアルバが呆れた。


 アーガスの言葉に最初はキョトンとしていたケイティだが、すぐに苦笑いを浮かべた。


「やはり、わかるか?」


「その赤い髪、レウォト地方の出身でしょ? あと、言葉づかい。北方なまりが入った貴族言葉っぽいんで、帝国貴族出身かなと」


「それがわかる君も?」


「はい、元ティトロフの流民っす」


「苦労したろう? もう十年か」


「まあ、いきなりの帝国崩壊でしたからねー。街っ子だったのに、気づけは狩人っスよ」


 苦労など微塵みじんも感じさせない明るい表情でアーガスはカラカラと笑った。


「吾もいまや冒険者だ。こうなると平民も元貴族も関係ないな」


「そうっスね」


 ケイティとアーガスが互いに微笑み合う。


「お二人は同郷でしたか?」


 モナが聞くと、アーガスが頭をかいた。


「まあ、そうっス。とはいえ、ティトロフはバカでかい帝国だったっスから、地方が違えば、ほとんど別々の国っスが」


「まあ、元貴族だろうなーとは思ってたけど。所作しょさがきれいだし、言葉づかいがそれっぽいしね」


 お茶に口をつけながら、ラキアが平然と言った。


「吾も別に隠す気はなかった。亡国の貴族など何の意味もない。あえて言う必要もあるまい? 貴族嫌いのラキア殿はそれでも気にするか?」


 ケイティがニヤリと笑いながら聞いた。

 もちろん、答えがわかっている質問だ。


「まさか。それについてはお互い様。……それより、北の帝国ティトロフっていえば、十年前に瓦解したのよね? 最後の皇帝が急死したんだっけ? 確か、あだ名が獅子帝?」


「さすがにラキア殿は博識だな。獅子帝エデュだ」


「善政を敷いてたって聞いたけど、亡くなって急に国が瓦解がかいするとか、家臣には恵まれなかったのかしら?」


「いやぁ……あれ、善政っていうんスかね。あ、すみません、ケイティさん、元貴族なのに」


 苦笑いを浮かべたアーガスが、ケイティの素性を思い出して慌てて頭を下げた。


「なに、問題ない。確かに幼い日の記憶では、商店の品ぞろえは豊富で、飢えて死ぬ者も見なかった。治安もよかったし、街も清潔だった。はたから見れば善政だろう。……だが、人々の目は死んでいた」


 ケイティの言葉にアーガスがウンウンうなずいて同調する。


「そうそう。あのころは、まだガキだったっスけど、このスタークと比べて街の雰囲気が暗かったなーって思うっス。なんか、こう、笑顔がないっていうか」


「国内で飢えて死ぬ者を見ないのも道理だ。仕事のない者は徴兵され、補給もなしに隣国へ送られた。飢えて死ぬくらいなら略奪して生き延びろ、とな。そうやって隣国を滅ぼし、奪った人と富で経済を回していた」


「そんな方法で領土を拡大してたの? 最悪じゃない」


 ケイティの話を聞いて、ラキアが険しい顔をした。


「国内でも兵士が犯罪者を取り締まり、大した罪でもないのに即死刑にして財産を国が没収。軽微な罪を犯した者は死ぬまで強制労働だ」


「うわ……」


 とうとうラキアが絶句した。


「大国とは名ばかりで、国土の割に人口が少ない。大量のしかばねの上に築いた繁栄だった。選ばれた者だけ生き残ればいいという思想だ。それらの政策をエデュ帝がひとりで仕切っていた。完全な独裁だ」


 ケイティの瞳は怒りに燃えていた。


「聞くと見るとは大違いか。確かエデュって国の父とか自称してなかった?」


 ラキアの言葉にケイティは大げさに顔をしかめた。


「あれは、自分で何でも決めて、逆らうことを許さない父親だ。いるだろう? 息子の目が死んでいるのに気づかない親が。そういう息子は父親が死んだあと、生き方がわからずに路頭に迷うか、自由を履き違えて自滅するのが落ちだ」


「あー、わかるわかる。優秀だったはずなのに、親が死んだ途端に自堕落になったり、ハメを外して財産食いつぶす息子とかね」


 ラキアが半目でケイティに同調した。


 ケイティが昔を思い出すかのように虚空を見つめる。


「帝国が瓦解がかいしたあとの国々は、みんなそんな感じだったよ。そうやって、滅んでいった」


 ケイティと同じ虚空をアーガスもまた見つめる。


「思い出すなぁ。大量に流民が発生して、ほんとひどい有様だったっス。俺なんか、魔の森に逃げ込むほうがましって状況に追い込まれて。運良く森を南側に抜けれたから、今があるわけっスよ。まあ、その過程ですっかり魔獣狩りが板についたわけっスが」


「アーガスはあの森を抜けてきたのか。そりゃ凄いな。どうりで魔獣狩りと動物用の罠に関しては、右に出る者がいないわけだ」


 アーガスの過去を知って感心するアルバに、アーガスが謙遜けんそんする。


「いえいえ、運がよかっただけっス。帝国軍の弓と矢筒を拾えてなかったら、早々に死んでたっスよ」


 この国の北に広がる森林地帯はすべて魔獣が徘徊はいかいする魔の森だ。

 その森を生きて突破してきただけでも驚嘆に値する。


「じゃあ獅子帝は、独裁を嫌った者に謀殺ぼうさつでもされたの?」


 ラキアの質問に、アーガスとケイティはお互いの顔を見て黙り込む。


「え? 何?」


 思わぬ反応に慌てるラキア。


「あー、ええと、多分ケイティさんのほうが詳しいと思うっスが、神罰が下ったって噂っス」


「そのとおりだ。獅子帝エデュは神の怒りを買い、神罰によって滅んだ」


 ケイティが表情の消えた顔で言った。


「神罰? 独裁を敷いたから? それとも他国を侵略したから? でも、それだけなら加護を失って終わりよね?」


 ラキアが確認するようにモナを見た。

 モナがラキアにうなずき返す。


「はい。第一に神は戦争に関与しません。氏神うじがみはあくまで王族に加護を与えるのみ。国同士の争いに直接関与すれば、それぞれの国を加護する氏神同士のいさかいに発展しかねません。それは神々のいましめるところです」


 神話によれば、原初の昔、神々同士の戦争があって世界が滅びかけたそうだ。

 そのときから神々は不戦の誓いを立て、神同士の諍いを固く禁じている。


「第二に神は政治にも関与しません。それは王族の役目です。王族が神の意に反するなら、加護を取り上げ、別の者に加護を授けるだけです。新たに加護をたまわった者が王位を奪うか、新たな国を作るか、それもまた人が選択すべきことです」


「そうよね。神罰が下るとしたら、『迷宮殺し』とか、神殿を攻撃するとか、信仰の放棄を他人に強要するとか、そのくらいだっけ?」


「はい。それ以外の、あからさまに神の意に背く行為となると……すぐには思い当たりませんね」


 ラキアとモナの問答を見て、ケイティが苦笑する。


「残念ながら、そのすべてが外れだ。エデュ帝は神に頼るのをよしとせず、めったに神殿におもむかなかったらしいが、神殿をおとしめることも、信仰の自由を奪うこともなかった。もちろん『迷宮殺し』もしていない」


「それではなぜ、神罰を受けたのでしょう?」


「モナ殿にもわからないとは、意外だな。獅子帝エデュは、神官の手によらず、神が自らが神罰を下した稀有けうな例なのだが」


「神自ら!? そのような話は聞いたことがありません!」


 モナが驚きの声を上げた。


 通常、神罰を下す役割は神に代わり神官がになう。

 神罰に値する罪があれば、神官がそれを神に上申し、ときには天罰級の恩寵を賜る許可すら得て、神に代わって罰を下す。


「そうか。神殿は知らぬか。神官が関与していないのだから、そうなるか」


「ケイティさんは、その神罰の理由を御存知なのですね?」


「ああ。……獅子帝エデュの罪。それは『氏子うじこ殺し』だ」


 氏子とは、氏神と契約を交わし、その証として神名の一部を姓に加えて代々受け継ぐ一族を指す。


 中央神殿はすべての神々をまつっているため、神官はすべての神から恩寵を賜ることができる。

 一方で、氏子は氏神だけを祀る代わりに、恩寵としての制限を受けない『加護』を賜る。


「まさか……氏子の一族を皆殺しにしたのですか?」


「そうだ。ある神を祀っていた一族を……根絶やしにした」


 モナとラキアが納得したようにうなずく。


「確かに、氏子を皆殺しにされたら、その神は怒り狂うでしょう。神にとって氏子は我が子も同然と言います。ほかの神々も、その怒りを当然として、戒めることはしないでしょう」


「『迷宮殺し』のとき、クルスターク卿に罪が及ばなかったのも似たような理由だしね。爵位を失ったクルスターク家が落ちぶれて断絶でもしたら、時氏神の怒りを買っちゃう。神殿はそれを危惧きぐしたのよね」


 ここまで黙って話を聞いていたアルバがボソリとつぶやく。


「しかし、それで帝国が崩壊して、大勢の人間が流民になったのだとしたら、神罰もはた迷惑だな。いったい何人が巻き添えで死んだのやら」


「いえ、それは──」


 モナが発言しようとするのを、アルバが手で制した。


「待て、外が騒がしい。何か変だ」


 アルバが腰を浮かせるのと同時に、応接室のドアが乱暴に開かれた。

 応接室に入ってきたミュスカが蒼い顔で叫ぶ。


「大変です! 街に、街に魔狼が迫っています! 百匹近くの群れです!」


 あまりのことに全員が一斉に固まった。

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