20.対策会議

「大丈夫、アルバは主人公だ! きっと魔法にかかった振りをしているだけさ。さもなきゃ気合で洗脳を解くとか、なにか不思議なことが起きて魔法が解けるに違いない!」


 ケイティの報告を聞き終えた途端、サーバレンがなぜか上機嫌でそう言い放った。


 領主の館の応接室には、クルスタークきょうとマーキナー、アルバを除く【鷹の目】の面々、そしてマーキナーのおまけのサーバレンがいた。

 前回の会合とは異なり、ガットロウの姿はない。彼はいまだ現場で事後処理に当たっている。


 状況の深刻さを理解せず、脳天気な発言をしたサーバレンに、ラキアが殺気のこもった視線を向ける。


「あんたねぇ……そんな都合のいい話、あるわけないでしょ!」


 魔術の専門家であるラキアには、サーバレンの言葉がいかに的外れかが痛いほどわかる。

 現状、神の力なくして【支配】の魔法を防ぐ手立ても解除する方法もない。防げない以上、かかった振りなどできるはずもない。


「いやいや、ピンチを切り抜けてこその主人公だ。だから心配しなくても──ヒイッ」


 話の途中でモナの酷薄こくはくな笑みに気づき、サーバレンがすくみ上がった。


「ユリシャさん、お願いできますか?」


「イエス、マーム?」


 いつの間にか縄を手にしたユリシャが、笑みを浮かべてサーバレンに迫る。


「うわ、こら、まて、何をする! ンガフフ」


 ユリシャは手早くサーバレンをふん縛り、猿ぐつわをかませてから、ゲシッと部屋の隅へ蹴り飛ばした。


「……では、【支配】の魔法が人間にも効果を及ぼすようになった、と見て間違いないのだな?」


 元息子が蹴り飛ばされる様子を残念そうな表情で見届けてから、クルスターク卿がケイティに問いかけた。


 ケイティは深刻な顔でうなずく。


「しかし、アルバが敵になるとは、なかなかに面白い展開じゃのう……って、やめろユリシャ、縄を持ってわしに近づくでない。わかった、悪かった。もう茶化さんから、許せ」


 邪悪な笑みを浮かべて詰め寄るユリシャに、マーキナーが椅子の上で後ずさる。


「それにアルバひとりなら、このマーキナーの恩寵で何とかなる。地母神は可能だというとったのじゃろう?」


「地母神様は、忘却の女神様であればエデュに関する記憶を消し去ることで魔獣たちを開放できたはずだ、と仰ってました」


 問いかけに対するモナの答えに、マーキナーは満足げにうなずいた。


「あやつが言うなら間違いはない。儂は特定の記憶だけ消すような器用な真似はできんがの。なに、魔法がかけられる前まで記憶のすべてを巻き戻せばいいだけじゃ」


「そうか……よかった」


「さすが、時氏神様は頼りになるわね」


 ケイティは心底安心したように息をつき、ラキアの機嫌も目に見えてよくなる。


「ご都合主義なら、このデウス・エクス・マーキナーにお任せあれじゃ」


 ドヤ顔で胸を張るマーキナー。

 その直後、一転して真面目な顔で皆に忠告する。


「もっとも、儂自身は幽閉されておる身、天罰級の恩寵は下せん。巻き戻せる事象には限りがある。多数の者が魔獅子の配下にされたら、魔獣同様、殺す以外の選択肢はないぞ。肝に銘じておけ」


 マーキナーの言葉を受け、クルスターク卿が顎に手を当てて思案する。


「魔獅子が人間を支配下に収めるにあたり、最初に狙うとすればスタークの街であろう。由々しき事態だ。早々にエデュを葬る方策を立てねば」


 意見を求めるようにクルスターク卿が一同を見渡す。

 その場にいる全員が考え込むように沈黙する中、口火を切ったのはケイティだった。


「アルバ殿が魔獅子に手傷を負わせている。致命傷ではないが浅くもない。しばらく森に潜んで傷を癒やすだろう。その間にけりをつけたい」


「記憶の巻き戻しも一週間が限度じゃ。アルバを捕らえるなら、早いに越したことはないぞ」


「とはいえ【支配】の魔法によって、今度は接近戦も封じられたことになりますね?」


 モナが確認するようにラキアに視線を向けた。


「そうね。弓による狙撃は【爆ぜろ!】の魔法でらされる。魔術による攻撃は【これでも喰らえ!】に相殺そうさいされる。それを見越しての接近戦だったわけだけど。実際に戦ってみて、どうだった?」


 ラキアがケイティとユリシャに訪ねた。


「うむ。魔獅子の【爆ぜろ!】は強力だ。いしゆみでも狙撃は難しいな。ラキア殿の魔力量では相殺合戦で分が悪い、というアルバ殿の見立ても間違いあるまい。ふたりががりでギリギリ防げるほどの頻度で魔力弾を撃たれた。狙いも正確だ」


「うんうん。あれはやばい」


 ユリシャがケイティに同意する。


「悔しいけど、サーバレンの魔力量ならあるいは、という話よね。まあ、遠距離魔術が使えない時点で役に立たないんだけど」


 床でもがいているサーバレンを見ながら、ラキアはため息をついた。


「そうなると、遠距離からの恩寵一択ね。モナが限定解除できているのがせめてもの救いだわ」


「魔獅子の神敵認定を最優先する、というのもアルバ殿の立案であったな……」


「ですが、魔獅子が現在どこにいるのかわからなければ、私が対峙たいじすることもかないません。アルバさんがいない以上、いえ、アルバさんが敵側にいる以上、魔獅子の所在を捕捉するのは至難の業かと」


 モナの指摘に、ラキアはうんざりした顔になる。


「確かに。下手な人間を索敵に使っても、アルバに返り討ちにされるだけね。かといって大人数で行動すれば、早々に気づかれて魔獅子に逃げられる。包囲網を作るだけの人員も確保できそうにないし……むしろ、包囲した人間を片っ端から配下にされる危険もあるわね」


「魔術や恩寵で何とか見つけられないか?」


 ケイティの問いかけに、ラキアとモナはかぶりを振る。


「魔の森は魔素が濃いから、迷宮内と同様、探知系の魔術は当てにならないわ。アルバの魔力の特徴なら私が覚えているから、近づけは何とかわかる。けど魔獅子のほうは、魔獣の群れと区別は付かないわね」


「恩寵による失せ物探しは意思のない物限定です。人間や動物など、自らの意思で去る可能性のあるものは無理に捜してはならない、というのが神のご意思なのです」


「そうか。……これもまた『パーティー戦力の九割は斥候が担っている』というやつか。を奪われては一割の力も振るえん」


 手詰まり感で空気が重く沈む中、ユリシャが口を開く。


「いっそ、アルバっちを取り戻すほうが早くない? なくなくない?」


「アルバ殿のことだ、向こうから迂闊うかつに仕かけては来ない。姿を見せてくれねば、捕らえる機会もない」


「それじゃがな、儂は今、恩寵を使い切っておる。今日は大勢の死傷者が出たでの。数日分の恩寵を前借りした。つまり、ここ数日は死者を蘇生そせいできん」


 唐突に話題が飛んだため、一同はマーキナーの言いたいことを理解できずに首を傾げる。


「わからんか? こちらから動かなければ、アルバのことだ、街の様子を見に来るのではないか? 街の被害や住民の様子を見れば、儂が恩寵を使い切っておると気づく可能性が高い」


 マーキナーの謎かけに対して真っ先に解答にたどり着いたのはラキアだった。


「あ、そっか、暗殺ね。本来なら先にマーキナーを排除しないと、死者蘇生で暗殺は無効化されちゃうけど、今なら暗殺でこちらの戦力を削ぐ好機というわけね」


「単独行動を取れば、アルバ殿が暗殺を仕かけてくる可能性が高い、と?」


「それでな、仮にアルバと一対一でやりあって、勝てる人間はこの街にどれくらいおるかの?」


 マーキナーの質問に、一同はしばし顔を見合わせる。


 最初に発言したのはラキアだった。


「私は無理かも。魔力探知で不意打ちは防げる。【浮力】を使いこなす以前なら、遠距離からの範囲攻撃で封殺もできた。でも今は、簡単にダガーの投擲とうてき距離まで近づかれちゃう。あのダガーを投げられたら、防げるかわからないわ」


「獅子帝にも使っていたが、あのダガーは特別なのか?」


 ケイティが質問した相手はラキアだったが、横から先にマーキナーが答える。


「うむ。あれは【絶対耐魔剣】じゃ。正式名はグランなんとかと言ったかの。【完全魔力耐性物質】で造られた掘り出し物じゃよ。あやつにはもったいない代物よな」


 マーキナーの発言を聞いて、ラキアは目を丸くする。


「うそっ!? 【魔力耐性】が高いのは知ってたけど、正真正銘の『魔術師殺し』じゃない! はぁ……まったく、いやんなっちゃうわ。あー、無理、無理。今の私じゃアルバに勝てそうにないわ」


 よほどショックだったのか、ラキアはがっくりと肩を落としてしまった。


「……吾も、正直辛いな。不意打ちで先手を取られる可能性が高い。戦斧ではあの跳躍をとらえるのも難しい。なにより【遅延】だ。ほかの誰かならいざ知らず、アルバ殿の虚実きょじつを見抜ける自信はない」


「ガットロウさんも実力はアルバさんより上ですが、相性は悪いかも知れませんね」


 ケイティ同様に力自慢のガットロウについてモナが言及した。

 ラキアがそれに同意するようにうなずく。


「両手剣でねじ伏せるスタイルだものね。ああ見えて慎重だから、小細工には対処できそうだけど……。ユリシャは? アルバに勝てる?」


「わたし? ちょー余裕ーっす」


 得意満面の笑みでユリシャは親指を立てた。

 ケイティが納得顔で補足する。


「ユリシャは目をつぶって戦えるほど勘がいい。不意打ちも【遅延】も対処できるだろう。アルバ殿は防御が硬いわけでもないし、投剣の連続攻撃も何とかしのげるだろう。ユリシャにとっては相性のいい相手だな」


 素早さを身上するユリシャは軽装の相手にはめっぽう強い。

 逆に苦手とするのは、遠距離から避けきれないほどの飽和攻撃を受けることと、刀では歯が立たないほど防備を固めた相手である。


「あと、モナも限定解除状態だから、事実上、無敵よね」


 限定解除中の神官は、天罰級の恩寵を賜れるだけでなく、神敵とその眷属けんぞくに対抗するためであれば、無尽蔵に恩寵を賜れる。


「もっとも、アルバさんが獅子帝の魔法にかかっている確証を私自身が得るまで、通常の恩寵しか使えませんが」


「それでも攻撃を一回防いで、その確証を得れば、後は勝ったも同然、か。無傷で拘束するなら、モナが最適なんだけど。問題は初撃の不意打ちをどう防ぐか、ね」


 ラキアが腕を組んで思案し始めた。


「魔獅子に唯一対抗できる点でも、モナ殿が暗殺の標的になる可能性は高い。うまくアルバ殿を釣れるかも知れんな。逆に、ユリシャはおとりにもならんな。アルバ殿は勝てない相手に挑むほど愚かではない」


「ちぇー。アルバっちと本気でやってみたかったんだけどなー」


 つまらなそうにユリシャは口をとがらせた。


「子爵様の命を狙ってくる可能性はないでしょうか?」


 モナが少し心配そうな表情でクルスターク卿へと視線を向けた。


「確かに、大将を討ち取って指揮系統を混乱させるのは常套じょうとう手段だが……」


 自分に集まった視線を、クルスターク卿は不敵な笑みで受け止める。


「吾輩がこの館に留まる限り、それはないと断言しよう。ここの使用人は特別でな。アルバ君も一発で見抜いていたから、ここへ侵入を試みることはないだろう。暗殺の危険性を排除したい者は、この館に留まるといい」


 子爵の発言に、ラキアとモナは怪訝けげんな表情になる。


 貴族が使用人に手練の者を潜ませるのは、よくある話だ。しかし、この館の使用人たちは、いかにもあか抜けない田舎者にしか見えない。

 それでも、クルスターク卿の態度から、館の安全性に絶対の信頼を置いているのだとわかる。


「もちろん、儂はこの館に留まる。最初に狙われるのは、儂の可能性が高いからの。ここにおれば安心じゃ」


 マーキナーも館の安全性を確信しているようだ。


「それなら、モナもここに置いてもらったほうがいいのかな……?」


 と、そこまで発言して、何か思いついたらしいラキアが、パンっと手のひらを打ち鳴らした。


「あ、そっか、大丈夫じゃない! 明日、モナを無防備な状態で放置して、アルバに暗殺してもらいましょう!」


「ええ!? ラキアさんひどいです!」


「いやいや、モナには例の恩寵があるじゃない。ほら、昔、私が不意打ちで階段から蹴り落としたときにも無傷だったやつが」


「ああ、そういえば!」


 モナもぽんっと手をたたいて得心とくしんした。

 ラキアとモナが共犯者めいた笑みを交わし合う。


「ふたりに何があったのだ? 階段から蹴り落としたとは、穏やかじゃないが」


「けんか? 仲違なかたがい? 痴情のもつれ?」


 目をキラキラさせて問い詰めてくるユリシャに、ラキアがしかめ面で応じる。


「……最後のは聞かなかったことにするわ。要は、そういう恩寵があるって話よ。神官自身も気づいていない危険から一度だけ身を守ってくれる恩寵がね」


「一日の始めに、その日に賜われる恩寵のすべてを消費してしまうので、普段は使えないのです。限定解除状態なら神敵に対しては無制限に恩寵を賜われますから、そちらの分でアルバさんを拘束すれば問題ないですね」


「よし、決まりね。アルバの驚く顔が見えるようだわ。ふふふふふ」


 自分の思いつきがよほど気に入ったのか、ラキアの中ではアルバ対策が決定してしまったようだ。


 含み笑いを続けるラキアに、マーキナーが胡乱うろんな目を向ける。


「まあ、自信があるならやってみるといい。アルバを捕らえたら儂の前に引っ立てて来い。ところでケイティ、お主は大丈夫なのか? 獅子帝は赤毛に執着しとるという話じゃったが」


「ああ」


 ケイティはそっとユリシャに目配せをした。


「魔獅子とは間近で対面した。さすがに女神とは別人だと気づいたようだ。吾が暗殺の標的になることはないだろう」


「なら、よいがの」


 マーキナーとケイティの会話を、ユリシャは無表情でじっと見つめていた。

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