18.赤獅子は魔獅子に鉄槌を下す

『天罰級の恩寵だと!? 馬鹿な! 数名の高位神官がいて初めて成せる業だぞ!? こんな辺境の地で?』


 頭の中に響く魔獅子の声からは、動揺がはっきりと聞き取れた。


 魔獅子がにらみつける先、木々の隙間から見えるのは、天空へと至る光の柱である。

 それが天罰級の恩寵であるならば、その光のもとで成されるのは、神敵の敗北以外にはありえない。


「可哀想に。襲った街が悪かったと諦めるんだな」


 告げた内容とは裏腹に、アルバの声色に同情は感じられない。むしろ魔獅子の怒りをあおっている。


 アルバの意図に気づき、ユリシャとケイティも便乗する。


「残念でしたー。あっかんべー!」


「お前の負けだ、獅子帝エデュ。観念しろ。いかな魔獣の大群とて神罰の前には無力だ!」


「グルガァオォォー!!」『またしても神か! おのれ、どこまで我の邪魔をする! 何様なにさまのつもりだ!』


 周囲の木の葉が震えるほどの音量で、天に向かって咆哮ほうこうが放たれた。

 それに魔獅子の怒声が重なる。


 だが、【鷹の目】の三人はそれにひるむ様子はない。

 むしろ、思惑どおりに魔獅子から冷静さが消え失せてゆくさまを余裕の表情で見ている。


「何様? そりゃ『神様』だろさ。怒らせなきゃ、干渉してこない。困ったときはデタラメな力で助けてもくれる。便利なもんだと思うがな?」


「『不敬ですよ、アルバさん!』ってか?」


 魔獅子の発言を揶揄やゆするアルバに、ユリシャがモナの口真似で突っ込む。ちなみにまったく似ていない。


「ふむ。そのたとえ、厳格だが放任主義で親馬鹿だった父上を思い出す。なるほど、神とは理想的な保護者なのかも知れぬ……」


 戦斧せんぷを構え直し、ケイティは魔獅子へと駆け出す。


「お前と違ってな!」


『何が父だ! 何が保護者だ!』


 怒りに任せ、魔獅子がケイティに向けて無数の魔力弾を放った。


「させない!」


 いつの間にかケイティに追従していたユリシャが、ケイティの背後から躍り出た。

 迫りくる魔力弾が、ユリシャの二刀にことごとく切り裂かれる。


『我とて、帝国の父であった! その我が、子供たちが殺し合うさまを見せられたのだ!』


 魔獅子の眼前に、その怨念を集めたような特大の魔力弾が形成される。


『我が子らの恨み、受けろ! 女神よ!』


 魔獅子が特大の魔力弾を放った。

 それと同時に、合図を交わすこともなく、ユリシャとケイティが再び位置を入れ替える。


われは元帝国民だがな、お前を父と思ったことなど──」


 飛来する特大魔力弾に対し、ケイティは右の拳を引く。


「断じて──」


 しなるムチのような高速の拳が魔力弾をとらえた。


「ない!!」


──バシュ!


 魔力弾が音を立てて四散した。

 ケイティの手甲に塗りつけられた【魔力耐性ワックス】が、シュウシュウと音を立てて揮発する。


 怒りに任せた攻撃で体内魔力を使い果たしたのか、魔獅子からの攻撃が止んだ。

 その機を逃さず、ケイティは魔獅子の懐に潜り込む。


 だが、その時点で、すでに魔獅子は前脚を振り上げ、ケイティに狙い定めていた。


『ほざけ、女神が!』

「ぬるい!」


 振り下ろされた前脚を左手の戦斧で受け流したケイティは、その流れのままに右の拳で魔獅子の顔面を打ち据えた。


──ドガッ


 あごから地面へとたたきつけられ、あまりの勢いに魔獅子の体が反動で浮く。


 さらにケイティは、魔獅子の前脚をつかんでひねり上げ、魔獅子の首根っこに体重を乗せて地面へと抑えつけた。


『がっ! おのれ! なぜ動かん!』


 魔獅子はケイティの下で身動きが取れない。後脚がむなしく地面をかくだけだ。


 体格で倍以上もある魔獅子がケイティに抑えつけられている光景は、はたから見ればふざけているようにすら見えた。


「情けない! いくら『魔力と筋力は両立しない』とはいえ、その巨体でこれを返せんとは。やはり、逸話いつわは事実か!」


『何だと?』


「お前に武術を教えた老師のことだ。よわい七十を越え、いまだ若い武術家と互角に渡り合えていたあの方を、お前は怪力でやり込め、追い出した」


『は! それがどうした? 自分より弱い者から何を学べよう!』


「その結果がこのザマだ! 獅子の体躯たいくを持ってして、女の私に力で及ばぬ! 人間だったころのお前が力のことわりを学べば、それこそ天下無双だったろうに!」


『下らん! 我は皇帝だ。天下無双など望まぬ!』


「負け惜しみを! その皇帝の本分でも、お前は失格だ。人心を理解せずに民を統治する? それでは力で抑えつけるのが関の山だ。そうして高まった内圧は、お前という重しを失って無軌道に噴出するか、すでに押しつぶされた残骸しか残さなかった。そして帝国は滅んだ!」


『貴様などに! 貴様などに何がわかる!』


になんだ? スタークを蹂躙じゅうりんする? 八つ当たりか! 思いどおりにならぬからと、目の前のものに当たり散らす、それは幼子おさなごの所業だ! お前はただの子供だ! 並外れた才覚のせいで、叱られることなく歳だけ食ったガキだ!」


『黙れ! 黙れ! だまれぇ!!』


 魔獅子の体から魔力光が渦を巻いて沸き立ち、旋風とともに木の葉が舞った。


「なに!?」


 ケイティの体がわずかに浮き上がり、それに乗じて魔獅子がケイティを跳ね除けた。


 地面を転がるケイティの隙を埋めるべく、アルバはとっさに牽制けんせいの投剣を放つ。

 しかし、投剣は魔獅子の手前で見えない何かに弾かれた。


「まじかよ。『爆ぜろ!』の魔法は想定済みだが、らすどころか弾いたぞ」


『爆ぜろ!』は自身の周囲に物理力の渦を瞬間的に発散させる魔法である。

『これでも喰らえ!』と並んで魔物がよく使うものだ。


「物理障壁か。しかし、あの程度なら戦斧は防げぬ。問題ない!」


 ケイティが立ち上がって戦斧を構え直した。

 ユリシャがすぐさまケイティの背後を守る位置につく。


「うーん、斬っても威力を削がれて毛皮で防がれそう。突きなら通るかな?」


 ユリシャ続いてケイティの後方についたアルバが、魔獅子の姿を見て疑問を口にする。


「それにしても、あの姿は何だ? ワーグ? 魔物化が進行しているんじゃないか?」


 さきほどから魔獅子の全身が魔力光に包まれ、逆立った毛が波打つように揺れている。

 巨大な狼型の魔物──ワーグを思わせる姿だ。


「第二形態? パワーアップ? そんなんありなん?」


 ユリシャがアルバにしかめ面を向けた。


「俺に聞くな。ていうか、忘れたのか? ただの獅子だったはずが魔獣化している時点で、そもそも奴は普通じゃない」


「おふぅ、まじで忘れてた。なんでもありか!」


「だが、すまん。こいつらのことは、俺も失念していた」


 いつの間にか、周囲の森が動物の気配で満たされていた。

 木々の間から、近づいてくる魔鹿まろくの姿が見えた。

 ざわめく下草からは、魔兎まとの長い耳が見え隠れしている。


「うわぁ、この数を全部屠殺とさつしなきゃ駄目? うん、うさちゃんはケイティに任せた」


 突然ユリシャに役割を振られ、ケイティが慌てる。


「いやいやいや、得物からいって担当が逆だ! 吾の戦斧で魔兎はつらい」


「ええ~。素手でヤレばいいじゃん」


 どう見ても面白半分のユリシャに対し、ケイティは大真面目に拒否する。


「勘弁してくれ! さすがにこの数を手で締めるのは精神的にきつい。魔兎になっても目がつぶらなのは卑怯ひきょうだ!」


「ケイティ、兎肉好物っしょ?」


「それとこれとは話が別だぁ!」


 下らないやり取りをしている間に魔鹿が三人を取り囲み、動きを止めた。


 本来なら包囲が完成する前に一点突破で退路を確保すべきだったのだが、今回はそうもいかない。

 魔獅子という無尽蔵に魔力弾を撃てる砲台に狙われた状態では、背中を見せることは死を意味する。


 ケイティとユリシャは互いに背を預け、魔鹿の攻撃に備える。


 アルバは【浮力】を発動して高い木の枝へと逃れた。

 どのみちアルバがその場に残っても、ふたりの連携に水を差す結果にしかならない。


 魔鹿が一斉にケイティとユリシャに襲いかかった。


 次の瞬間には戦斧の一振りで数匹の魔鹿が吹っ飛び、二刀の一閃で複数の首が飛んだ。


『くらえ!』


 魔獅子が魔力弾をケイティへ放つ。魔鹿を巻き込むことなどお構いなしの攻撃だ。


「ちっ!」


 ちょうど魔鹿を戦斧でなぎ倒した直後だったケイティは、魔力弾を避けられる体勢ではない。


「しゃっ!」


 ユリシャが間一髪で、ケイティに迫った魔力弾を斬る。


(このままでは先日の二の舞いだ)


 枝の上から戦場を俯瞰ふかんするアルバの脳裏に、魔兎に足を取られて不覚を取った記憶がよみがえる。


 どんなに弱い手駒でも、数の利は確実に効果を発揮する。

 敵を斬るたびに血と脂がついて刃の切れ味は落ち、武器を一振りするたびに疲労は確実にまる。

 しかも味方への誤射をいとわない攻撃が降り注ぐ中では、その効果は絶大だ。


 アルバは素早く枝から枝へと乗り移り、魔獅子の側面へと回った。


「お前の相手はこっちだ!」


 魔力弾でケイティを狙っている魔獅子に気づき、アルバはあえて声を発してから投剣を放った。

 投剣は予想どおり『爆ぜろ!』に阻まれる。


 アルバはその様子をつぶさに観察する。


(なるほど、常に自身を魔力で包み、それを『爆ぜろ!』に変化させているのか。何もないところから発動するより出力が上がるまでが早い。その分、物体に及ぼせる力も増すわけだ)


 ケイティがアルバの動きに気づいて声を上げた。


「アルバ殿! 無茶はするな! 何、このくらい、すぐに片付ける!」


 ケイティは健気けなげにそう言うが、倒しても倒しても魔鹿が絶える気配はない。


「了解だ! ただの斥候に大将相手は荷が重い!」


 あえて魔獅子に聞かせるため、アルバは大声で返答した。


(が、どうせ最後だ。ありったけの切り札を切らせてもらおう)


 アルバはベルトにくくり付けていた小箱の蓋を開ける。ひとつ目の切り札だ。


(勝負だ、獅子帝!)


 木の幹を蹴り、アルバは宙へと身を踊らせた。

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