16.魔獅子は語る

 木々の間を尋常ではない数の魔力弾が乱れ飛んでいた。

 その光景は、魔力弾を放った者の魔力量と魔力制御もまた、尋常ではないことを示している。


 アルバ、ケイティ、ユリシャの三人は、飛んでくる魔力弾をすんでで避け、ときに木々を盾にして、何とかしのいでいる。


 標的が自分から外れた瞬間を見計らい、ケイティが前に一歩踏み出した。

 しかし、その途端に魔力弾が足元に飛んで来て、飛び退かざるを得なくなる。


 木々の間から、魔獅子がゆっくりと姿を現した。


『そんなものか? 女神よ。さきほどから我に一太刀も届かぬではないか。いい加減に人の真似事などせず、神として我が前に立つがよい』


【支配】の魔法の効果により、魔獅子の言葉が三人の脳裏に響く。


「この期に及んで、まだわれを女神呼ばわりか。笑えるな」


 苦笑いを浮かべたケイティがちらりとアルバに目配した。


 ケイティにわずかにうなずき返してから、アルバは魔獅子に口を開く。


「神罰に逆恨みか? 見苦しいな、獅子帝」


『ふ、獅子帝か。懐かしい呼び名だ。そうか、その女神から事情を聞いたか?』


「ああ、ひとりの女欲しさに、『氏子殺し』を犯した大馬鹿野郎だとな」


 たっぷりと皮肉を込めた口調で、アルバは魔獅子を挑発した。


 しかし、魔獅子は余裕の態度を崩さない。


『ふん、抜かせ。確かに我は紅の姫を愛した。しかし、それとレウォトの王族を皆殺しにしたのは、また別の話よ』


「怒りに任せて同盟を破棄し、王族を皆殺しにしたと聞いたが?」


『は! ねずみ、少しは見どころのある奴かと思えば、見損なったぞ。レウォトの民が語る、おとぎ話を真に受けたか?』


 魔獅子の嘲笑ちょうしょうが頭の中に響いた。


『事実のみをかえりみよ。強大な帝国であるティトロフの皇帝が、弱小国ではあるがかなめとなる土地を占めるレウォトの唯一の姫を皇后に望んだ。だが、レウォトがそれを断った。それがすべてだ』


 魔獅子の表情がむがむ。獣の身で、その顔に嘲笑を浮かべることはかなわない。


『その後に何事もなく同盟関係が続くと? 滅ぼされずに済むとでも? バカバカしい! 現実を見ろ!』


「それでも、皆殺しにする必要などなかった!」


 高ぶる感情のままにケイティに怒鳴った。


『黙れ!』


 一喝いっかつとともに魔力弾がケイティの胸元を打ちすえた。

 まるで魔獅子の怒りによって速度が増したかのような、目にも留まらぬ一撃だ。


「が……」


「ケイティ!」


 倒れ込んだケイティにユリシャが駆け寄ろうとする。

 が、仲間の危機に動揺したのか、その動きはあまりにも無防備だ。


 魔獅子から放たれた魔力弾がユリシャをとらえた。


「ぐは……」


 魔力弾を受けてユリシャもまた地に伏す。


 アルバは動けない。

 さきほどから魔獅子の周囲に浮かんだ無数の魔力弾が自分を狙っていると気づいているからだ。

 今動けばユリシャの二の舞である。


『下らん! 国の安寧あんねいより姫の恋を優先する? それが王族の下す判断か? 強国に恭順きょうじゅんせず国を滅ぼす愚かな王族など、害悪でしかない! 皆殺しにあって当然だ』


「くっ……」


 地べたに伏せたケイティが魔獅子をにらみ返すが、反論の言葉は出ない。


 魔獅子は怒りに満ちた瞳でケイティを見下ろした。


『レウォトの王族は滅ぶべくして滅んだ。それは人の世の道理だ。神の干渉することではない。氏子の最後のひとりである姫は殺さずに済んだ。そして、姫と我との間に生まれた娘にレウォトの名も継がせた。ゆえに氏子も絶やしてはおらぬ。どこに神の怒りを買う道理がある? いや、ない! 断じてない!』


 魔獅子のいきどおりが【支配】の魔法を介してアルバの脳裏を打つ。

 それだけで、意識が持っていかれそうなほどの圧力を感じる。


 アルバは苦い顔をしながら、魔獅子に問う。


「それなのに、神罰を受けた。その理不尽が許せない。そう言いたいわけだな?」


『そうだ。その神罰の結果、我が帝国は滅びた。まるで地獄絵図だったぞ、我が子同然の帝国の民が互いに奪い合い殺し合うさまはな。多くの民が死んだ。何もかもなくなった。すべては理不尽な神のために!』


 頭の中に響く声に合わせて、魔獅子が地を揺るがすような獣のうなり声を上げる。


「確かに、その神罰とやらは俺もはた迷惑だとは思ったさ」


 アルバが魔獅子に同調する。


「それで、神に復讐ふくしゅうするというのはわかる。しかし、それとスタークの街がどうつながる? あの街は、お前が復讐すべき相手の女神とは縁もゆかりもない? さあ、答えろ!」


 挑むようなアルバの言葉に、平静を取り戻した魔獅子が静かに宣言する。


『神なる存在、それ自体が災厄さいやくだと我は断ずる。我は神そのものを否定する。すべての神は滅ぶべきだ。そのために、我は無謀なる戦いを始めよう。天より人を見下し、意に沿わぬ者を排す、傲慢ごうまんなる支配者を断罪するために。かような神を奉る人間もまた、許されざる者たちだ。彼らが神を奉る限り、彼らもまた我の敵だ』


「だから、スタークの街も滅ぼすと? やはり、あの魔獣の大群はお前が魔法で操っているのだな?」


『知れたことよ。魔獣どもを使い、あの街を蹂躙じゅうりんし、神殿を破壊する。ほかの街も同様だ。我の行く手にある街のすべてで同じことを成す。さすれば、いずれは神も我を無視できなくなる。我に神罰を下そうと我の前に立ちふさがるだろう。そのときは、その首をかみちぎってくれようぞ!』


 頭の中に響く魔獅子の声に、怒りと愉悦が入り混じった感情が膨らんでゆくのがわかった。


 この復讐鬼は怒りに酔っているのだ、とアルバは思った。

 酔って判断力を失っている。


「街を蹂躙した後、町の住民はどうする? 皆殺しにでもするのか? もし、住民が降伏すると言ったら?」


『ふん。そうだな、神への信仰を捨てるというなら、命ばかりは助けてやらんでもない』


「……だ、そうだぜ、モナ。これで充分だろう?」


 ここにはいないモナに語りかけた後、アルバは緊張を解すように首を回してから、魔獅子に語りかけた。


「獅子帝よ、知っているか? 十年前、滅びゆくティトロフ帝国で、神官たちは人命救助のために必死で駆けずり回ったそうだぞ」


『ふん。神の行いによって生じた損害は神殿が補填ほてんする、だったか? 神の尻拭いとは、滑稽こっけいなものよな』


「いや、そうじゃない。神官たちの行いは、完全な善意による奉仕だ」


『なんだと?』


「さっき、『神罰ははた迷惑だ』と言ったろう? 同じことをうちの神官の前で言ったら、後で説教をらったよ。神罰で王が死んでも、神殿は一切補填しない。わからないか? 王が死んだところで、まともな国なら滅びない。それで滅ぶ国なんて、はなから終わってるのさ」


 アルバは魔獅子を挑発する。


「仮に、お前が大往生だいおうじょうしていたら、帝国はもっと大きくなっていて、国が滅ぶときの被害者はもっと増えていたかも知れないな。お前、どうせ歳を食っても、自分の死期を悟って態度を改めたりしないだろ?」


『貴様!』


 その瞬間、南東の方角から強烈な光が差した。

 森の中に、木々が作る長い影が何本も伸びる。


『む? 何事だ?』


 魔獅子が光の差すほうを振り仰ぐ。

 アルバもそちらへと視線を巡らせる。


 そこには地上から天へと上る光の柱が見えた。

 土地勘のある者なら、その光の根本が、スタークの街の位置だと気づくだろう。


「どうやら作戦成功だな」


「ふわぁ。よく寝た~」


 地に伏せていたケイティとユリシャがのそりと立ち上がった。


「【魔力耐性ワックス】をしこたま塗り込んだよろい越しでも結構効いたな。魔法薬をいただくとしよう」


 ケイティが懐から魔法薬を取り出した。


 ユリシャはすでに腰に手を当てて魔法薬に口をつけている。


「んぐんぐ、ぷふぁ~」


「出し惜しみする必要はないからな。最後の仕上げ前に、体力を完全回復しといてくれ」


『貴様ら、たばかったな』


 魔獅子ににらまれながらも、アルバは余裕の表情だ。


「お前の口を軽くするために、ひと芝居打たせてもらった。さて、お前の言葉をそっくり返すぜ。現実を見ろ。神に恭順せず国を滅ぼした愚かな皇帝など、害悪でしかない。今また、あの光のもとで、お前の作り上げた魔獣の軍団が滅ぼうとしているぞ」


『あの光は何だ? 貴様、一体何をした?』


「何も。ただ、お前との話を街にいる神官に聞かせただけさ。【伝心】の恩寵でな」


『神官だと? 田舎の街に埋もれているような小童こわっぱに何ができる?』


「知らんだろうから教えてやる。うちの神官の通り名は『微笑みの聖女』。驚くことに、これが伊達だてじゃないんだよ」


 肩をすくめ、アルバはにやりと笑った。


「彼女は、神様の次に怒らせちゃいけない相手だ」

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