20.決して戻らない日常

「どうしてこうなった?」


 アルバは頭を抱えていた。


 スタークの街の冒険者ギルド。

 その受付窓口に併設された飲食スペースには【鷹の目】の一同が集まっていた。


 ケイティがアルバの肩に手を置き、首をゆっくりと横に振る。

 ユリシャがアルバの頭を優しくでている。

 モナとラキアは黙ってそれを見ている。




 あの日、マーキナーとサバレンを伴った【鷹の目】を迷宮入り口で出迎えたのは、憔悴しょうすいしきった顔のガットロウと兵士たちだった。


 一行は迷宮入口の野営地で一晩明かし、翌日にはスタークの街へ戻った。


 モナの勧めでスターク神殿へ赴いたマーキナーは、そこですべての神々がまつられている事実に腹を立てた。

 そう、もともと時氏神はこのクルスターク領の氏神であり、クルスターク家は時氏神を代々たてまつる氏子だったのだ。


 スターク神殿の神殿長がマーキナーに面会し、マーキナーが時氏神の依代であることを認めた。


 それと同時に、スターク神殿は中央神殿と連絡を取り、相談の結果、マーキナーの存在は当分の間、秘匿されることになった。

 失われた神である時氏神、そして神との直接的な交流を可能とする依代は、世界を揺るがしかねないほどの存在なのだ。


 秘匿とは言っても神官は嘘がつけない。ただただ黙して語らずだ。

 マーキナーについて尋ねられれば、時氏神の恩寵を賜れる稀有けうな神官、とだけ答える。一応、嘘は言っていない。


 だが、マーキナーの存在を秘匿ひとくすると、サバレンの罪状が宙に浮く。

 神殿側から見れば『神の意思に従って神の依代を奪還した称賛に値する行為』であったとしても、表向きは『迷宮殺し』の大罪人である。


 結局、神殿の審判によりサバレンは有罪となった。


 彼が自ら迷宮を殺したこと、ただし、迷宮殺しの直前の様子が常軌じょうきいっしていたこと、【眠り姫】を【迷宮の核】であると認識していなかったこと、それらをモナが証言した。


 さらに、初めての迷宮攻略で極度の緊張状態に晒されていたこと、サバレン自らも死にかけたことなどをガットロウが証言した。


 結果として【眠り姫】という一見して弱者と思える人物を救おうとした善意の行為と心神耗弱による判断力の低下が招いた過失であるとの判決であった。

 嘘がつけないという制約の中で、サバレンの罪が極力軽くなるよう、神殿が最大限に配慮した結果である。


 罪を問うのは神殿の仕事だが、罰を下すのは国王の仕事である。


 迷宮殺しが過失であったこと、クルスターク卿自身は当時領地におらず事件について知る由もなかったこと、事件を起こした時点でサバレンはすでに廃嫡済みであったことから、クルスターク家には累が及ばないこととなった。

 廃嫡については書類の日付改竄かいざんんによる偽装である。


 そこには、時氏神の氏子であるクルスターク家が取り潰されることのないよう、中央神殿からの最大限の働きかけがあった。

 しかし、神殿の働きかけにも限界はある。


 サバレン本人は結局、毒杯を賜ることになった。


 過失とは言え、ひとつの迷宮が死んだ事実は覆らない。

 誰かが責任を取り、神殿への誠意を示す必要があると国王は考えたのであろう。


 死して責任を取るのもまた貴族の義務であり、その点において貴族の命はとことん軽い。

 処刑ではなく貴族として毒杯を賜ることは、王家からの最大限の温情であった。


 辺境領主の子息、サバレンは死んだ。


 取り乱すこともなく、致死性の毒をあおり、息の根が止まった。


 立派な最期であった。


 王国の検分役が遺体を確認し、彼の名は正式に貴族名簿から抹消された。

 書類の日付改竄で済んだ廃嫡とは違い、人ひとりの死に欺瞞ぎまんが入り込む余地はなかった。




──で、現在に至る。


「でな、俺は考えた。ない頭で考えた。結論としては、やはり俺は主人公じゃない。この世界の主人公は、お前だ、アルバ」


 今、アルバの前で熱弁を振るっているのは、新米冒険者のサーバレンである。

 サバレンではない。サーバレンだ、と本人は言い張っている。


 時氏神の恩寵は、まさしくデタラメだった。

 モナですらデタラメだと認めた。

 治癒なんて生半可なものではない。もっとやばい何かだ。


『なに、こやつの固有時を死ぬ前にまで巻き戻しただけじゃ』


 世界の法則が乱れるので、勘弁してほしい。


 そして、新米冒険者のサーバレンが誕生した。


 以前と何も変わっていない。

 顔も、声も、大馬鹿野郎なところも。

 言葉遣いが貴族言葉から平民言葉に変わっただけだ。


 当然、クルスターク領の者は、その事実に気づく。

 皆、最初は目が点になる。

 次の瞬間、多くの者は大喜びする。一部の者は苦笑いする。


 領主様はニコニコ顔だ。

 領主の館のメイドもコックもうれし泣きしていた。


 最近では、領主のところの兵士たちがしょっちゅうサーバレン目当てでギルドに顔を出す。

『お前ら、冒険者は嫌いじゃなかったのか?』とアルバは問いたい。




 アルバはあらためて、街の者にサバレンの評判を聞いてみた。


 曰く、憎めない大馬鹿野郎。一発殴らせろ。


 曰く、残念イケメン。だが、そこがいい。


 曰く、愛すべきダメ人間。そのダメっぷりに癒やされる。


 曰く、失敗してもめげない男。でもまた、必ずやらかすのは勘弁しろ。


 曰く、平民を見下す言葉を吐きながら、平民好きが隠せていないおマヌケ。


 曰く、無能なのにいじけてない姿に、何かこっちまで元気出る。


 半分悪口なので、本人には内緒らしい。


 なんだ、こいつ人気者じゃないか、とアルバは思った。


 この大馬鹿野郎のどこに好意を抱く余地があるのか、アルバにはさっぱり理解できない。

 いろいろ考えた結果、こんな馬鹿でも、はたから見ている分には面白いのだろうという結論に至った。


 なんだか、いろいろアホらしくなったアルバであった。




 アルバの肩に手を置いたケイティが、処置なしだとでも言いたげに、苦笑いを浮かべて首を横に振っている。


 ユリシャがアルバの頭をよしよしと撫でているが、慰めているのではなく、むしろあおっているのが表情から丸分かりだ。


 ラキアがそれを半目で見ている。


「そういえば、サバ……サーバレンさんは、マヨネーズって、ご存じですよね?」


 苦い顔のアルバに気づいたモナが、話題を変えようとサーバレンに問いかけた。


「ああ、もちろん知ってるよ。神官たちの間では人気なんだろ?」


「私、一度マヨネーズを作るとき、卵を【清め】忘れたことがあったんですよ」


「ああ。そりゃまずいなー。お腹壊さなかった?」


「それが、数日後に【清め】ていないことに気づいたので、【清め】ようとしたら、不発に終わりまして」


「不発?」


「はい。恩寵が無効だった場合、神官にはそれが分かるのです。つまり【清め】る対象が存在しなかったのです」


「ええと、つまり、どゆこと?」


「多分、お酢とお塩のおかげかと。それらには【清め】に似た効果がありますから、少し経つと、生卵の毒を殺すのではないでしょうか」


「まじで?」


「はい。何度か試してみましたが、よく撹拌かくはんして、水分が混ざらないように気を付ければ……」


「! ありがとう! 俺、今から父上、じゃなかった領主様のお屋敷に行かなきゃ。おい、ほら、いくぞマキちゃん」


「おいこら、引っ張るな。菓子が落ちる。やめんか馬鹿者! 先に行っておれ! これを食ったら、すぐに追いつく」


「ちゃんと来いよ! じゃ、またな!」


 サーバレンが【鷹の目】の面々に手を振って、足早にギルドを出てゆく。


「のう、アルバよ。あやつが今週、何回死んだか知っておるか?」


「知りたくもない」


 問いかけてきたマーキナーにアルバはしかめっ面で答えた。


「四回じゃ、四回! あやつ、全然魔獣狩りがうまくならん。儂が巻き戻さなんだら、どうするつもりなのか。お前からも、少し何か言ってやれ!」


「なんで俺が……」


 あの後、サーバレンがアルバに『見られてしまったし、お前だけには教えておく』と言って、オーガと戦ったときの技について教えてくれた。

 あれは時氏神の加護で、魔力を消費して時間を止められるらしい。

 なんだ、そのデタラメは。


 それに、魔力が枯渇していたらしいサーバレンは、あの一件のあと、馬鹿みたいに強大な魔力を持っていることが発覚した。

 ただし、本人は『魔法陣なんて覚えられない!』と弱音を吐いて、魔術の習得は進んでいないらしいが。


 その、デタラメな加護と魔力で、サーバレンは魔獣狩りに勤しんでいる。

 魔獣狩りをするために冒険者になったと本人は言う。

 狩りに行くのは決まって【眠り姫の迷宮】があった森だ。


 そして、魔獣に返り討ちにあって死ぬ。

 死んではマーキナーが巻き戻し、そして、また死ぬ。何度でも死ぬ。

 死にたがっているようにすら見える。


 なぜ、サーバレンがそんな暴挙を続けるのか、その理由をアルバは知っている。


 多分、ギルドの全員が気づいている。


 なにしろ、やつは自分で名乗っているのだ。『迷宮殺しのサーバレン』と。


 だから、誰も何も言わない。


 神殿が許そうが、被害者が出たところでマーキナーが巻き戻してしまうだけだろうが、本人が自分を許せないのだとしたら、他人がとやかく言うことではない。


 ただアルバは、サーバレンと顔を合わせれば、今日のように、その与太話に付き合ってやる。

 ただ、それだけだ。


「これはあれか? 間接的に儂に嫌がらせをしておるのか? 儂だって、好きでマーキナーの体を【迷宮の核】にされたわけではないのじゃぞ?」


「……それでも、あいつをよみがえらせ続けるんだろ? なんだかんだ言って、あんたも、アイツのことが好きなんじゃないか?」


「ふん。あれは儂の手駒じゃ。死なせてなるものか。そもそも、最初から全部儂が悪いといっておるのに、なんであやつが死ぬ必要がある? しかもあやつは、儂に文句ひとつ言わんのだぞ? 人間という奴は、いつまで経っても阿呆あほうのままじゃ。……さて、そろそろ行くかの」


 指についた菓子の粉をぺろぺろとめつつ、マーキナーが席を立つ。


 次の瞬間、その姿がかき消えた。自分の位置を過去のいずれかに巻き戻したのだ。


「ああっ! マーキナーさん、あれほど自重してくださいと言っているのに……」


 モナが弱り顔になっている。


 最近、どうにも日常が騒がしい。

 いや、日常が落ちついてる冒険者なんて、いるわけがないのだが。それにしても限度がある。

 目立たず、誇らず、ひっそりと生きてゆくのがアルバの信条だったはずだ。それが今や、神様が茶飲み友達だ。


 以前、似たようなことを愚痴ったアルバに対して、サーバレンが案の定の答えを返してきたことがある。


『そりゃあ、あんたが主人公だからだよ』


「元領主子息で、黄泉がえり経験者で、加護持ちで、相棒は神様で、容姿端麗で、馬鹿みたいな魔力を持ってて、実は人気者で……あいつが物語の主人公になれないって言うなら、どんな奴がなれるんだって話だ」


 だから、自分は主人公などではない。断じてない。アルバはそう思う。


「まあ、あんたも大概だけどね」


 ラキアが呆れながらそんなことを言った。


「斥候だからな、俺は。目立ったら終わりだと思わないか?」


 アルバの一言は、なぜか、【鷹の目】の女性陣全員の失笑を買った。


 今現在、サーバレンの熱心な布教により、アルバの通り名は『因果超越のアルバ』である。

鬼殺しオーガキラー』ならまだ許せた。しかし、『因果超越』はありえない。


「どうしてこうなった?」


 心底勘弁してほしいと思うアルバだった。




第二話 完

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