17.静止した時の中で

 俺を迷宮の最深部まで連れていかないと、クルスターク家が破滅するらしい。

 よくは分からないが、俺が迷宮攻略を邪魔したから、神殿が怒るそうだ。


 クソ勇者のアルバは俺とクルスターク家の破滅が望みらしく、最後まで俺を連れて行くことに不満のようだったが、女性陣に押し切られていた。


 これ、【魅了】が解けかけてんじゃね?


 特に、女性陣の一人であるケイティは俺への態度が良好で、魔物の止めも刺させてくれると言ってくれた。


 そう言えば、【鷹の目】の女性陣は初見とは随分と印象が違った。


 ラキアはツンデレで間違いない。

 まだデレてないだけだ。きっと、いつか、必ずデレるに違いない。

 俺はそう信じる。


 ケイティは『くっころ』じゃなくて、メスゴリラだった。

 いや、メスゴリラは言いすぎか。

 あれだ、マッチョ美女だ。きっと腹筋割れてる。シックスパックだ。

 間違いない。


 そして、モナとユリシャは怖い。すごく怖い。

 癒やしでも無口でもなかった。

 なにこれ? 二人共極寒だよ!


 印象が違うといえば、モンスターもそうだ。


 コボルトが犬じゃないだと? モフモフじゃないだと?

 許せん。コボルトが犬じゃないなんて話、金輪際聞いたことがないぞ? 頭オカシイんじゃないのか?

 何? おかしいのはこちらだと? もともと最初から竜種だと?


 解せぬ。

 羽毛の生えた蜥蜴とかげとか、恐竜じゃあるまいに。




 そして、俺たちはついに迷宮最深部に到達した。

 最終局面だ。


 どうやらラスボスはミノタウロスらしい。


 まあまあの強敵じゃないか。

 あれだ、迷宮の最後はミノタウロスと相場が決まっているやつだ。なぜかは知らんが。


 当初の予定では、ここに来るまでに経験値を稼いでレベルアップを果たし、ラスボスは俺の【時を止める】能力で華麗に倒す予定だったのだが、仕方ない。

 ここは【鷹の目】の女性たちに華を持たせるとしよう。


 そこで、俺は大変なことに気づいた。


 これが最後のモンスター?

 だったら経験値を得られるラストチャンスじゃないか!

 まずい! 絶対に俺が止めを刺さなきゃ!


 俺は必死になって、止めを譲ってくれるように懇願した。

 ここでも、俺の願いを聞き届けてくれたのはケイティだった。


 これはもう、俺にれているのでは?


 ミノタウロスと戦いは、【鷹の目】の圧勝だった。


 俺はミノタウロスの首を自らの手で落とした。

 ミノタウロスといえば、かなりの大物だ。経験値も多いに違いない。


 これで俺は魔力を取り戻せる!


 しかし、いつまで経っても俺の魔力は戻らなかった。


 なぜだ! これじゃあ、ストーリーが進まない!

 いや、待て。まだ進行不能バグだと決まったわけじゃない。

 まだ最後に一番大きなイベントが残っているじゃないか!


 混乱する思考を抱えたまま、俺は【眠り姫】のもとに向かった。


【眠り姫】をひと目見て、俺は感涙にむせぶ。

 そこにいたのは、俺好みのロリっ子だった。


 間違いない。俺のためのメインヒロインだ!


「彼女は、どうやって? どうしたら、彼女をここから出せる?」


「そりゃあ、この魔法陣を……」


 何? 魔法陣? これを壊せばいいのか!


 俺は持っていた斧を振り下ろし、魔法陣を破壊した。


 そして気がつくと、【眠り姫】とともに、薄暗い部屋の中にいた。


 うん、落ち着け。

 定番の遭難イベントだ。二人のきずなが強く結ばれちゃうやつだ。

 しかし、なんでアルバまでいる? またバグか?

 オーガまで? 何の冗談だ!


 アルバが初めて俺に対して感情を露わにした。

 本気で怒っていた。

 どうやら俺は迷宮を殺してしまったらしい。


 迷宮がなくなったら魔獣が増える? 迷宮があるから、魔獣が湧くんじゃないの?

 逆なのか?

 俺のせいで、魔獣に殺される人が増えるだって!!

 嘘だ! そんなこと、絶対に嘘だ!!


 街の皆の笑顔が、館の兵士たちの笑顔が、脳裏に浮かんだ。


 俺の頭の中は、もうぐちゃぐちゃだ。


 おかしい。おかしい。おかしい。

 迷宮を攻略したんだぞ? ご褒美は?

 なんでみんなが死ぬことになる? そんな馬鹿な話があるか。

 そんな話、聞いたことない、読んだことないぞ!


 そうだ、相手はクソ勇者のアルバだぞ! 本当のことを言っているわけないじゃないか!


 いや、そうか。分かったぞ。

 はは、なーんだ。これは絶望だ。不幸系の主人公が覚醒するイベントに付き物の、絶望というやつだ。

 ああ、気持ちが真っ黒に塗りつぶされる。これが絶望か!


 でも、それなら、次に来るのは希望しかないじゃないか!


 そのとき【眠り姫】が目覚めた。


【眠り姫】がアルバに言った、『お前ではない』と。

 そして、俺に言う、『約束されし者よ』と。


 そうか、それでアルバはこの場所にいたんだ。

【眠り姫】はアルバを否定し、俺を選ぶ。やっぱり、俺が主人公だったんだ!

 その現実を突き付けるためだけに、アルバはこの場所にいたんだ!


 そして【眠り姫】──いや、すでに目覚めたのだから、その呼び名は相応しくない。彼女──真ヒロインは言った。

『生涯にただ一度の願いを』と。


 俺の中で、神との会話がよみがえる。


 そうか、筋書きを仕組んだのは、あの神か。

 邪神じゃなかったんだ。

 いや、俺が最弱なのも、そこから逆転するのも、【眠り姫の迷宮】がある土地の領主の子息に転生したのも、すべてはあの神が仕組んだことだったんだ!

 なんだ、そういうことか。


 そして、俺たちの前に現れるオーガ。


 なるほど、こいつがやられ役──力を取り戻した俺にあっさりと倒される役か。

 ミノタウロスがラスボスじゃなかったんだ。

 俺は真ヒロインに選ばれ、力を取り戻す。そして、このオーガを圧倒的な力で倒す。

 そういう筋書きか。

 神め、味な真似をしてくれる。


 なら、俺はそのシナリオに乗るまでだ!


「魔力だ! 俺に魔力を授けろ!」


 子爵を継ぐと決めたあの日以来、使わずにいた平民の言葉で見得を切る。

 今ここに、領主子息サバレンを葬り去る。

 俺は、真の勇者サーバレンだ!


 身体に魔力がみなぎってくる。赤ん坊のころと同じ感覚だ。

 心がおどる。胸が熱くなる。


 俺はオーガの目の前に立ちふさがった。


 アルバのほうを見ると、苦虫にがむしみ潰したような顔をしている。


 そう、残念ながら、お前は主人公じゃない。

 主人公は俺だ!


──ざまぁ!


「後は任せろ。ここからは俺のターンだ!」


 負ける要素はどこにもなかった。

 俺は【時を止める】魔法を発動する。


 時が止まる。


 俺は無防備な姿をさらすオーガ目掛けてレイピアを突き出した。


 だが、そこで俺は違和感を覚えた。


 レイピアの切っ先が徐々に速度を落とし、オーガに達する前に静止した。

 俺は相変わらずのスピードでレイピアを繰り出しているのに、だ。


 それはつまり、レイピアが徐々に短くなってゆくことを意味した。

 少なくとも、俺の視界には、先端に向けて次第に短くなるレイピアが映っていた。


 なんだこれ!? 気色わるっ!


 その光景に怖気づき、俺はレイピアを途中まで突き出した状態で魔法を解除した。

 魔法を発動していた時間は、体感で二秒程度。

 体内に感じる魔力は半分になっている。


 次の瞬間、短くなっていたレイピアが元の長さを取り戻しつつ、オーガに迫った。


 オーガが体を回転させながら吹っ飛ぶ。

 だが、手応えがない。

 俺は慌てて後ろに飛び退った。


 むくり、とオーガが起き上がった。

 その頬は深く傷ついているが、大した怪我ではない。

 おそらく、レイピアに突かれて吹っ飛んだのではなく、自分から身をひねってレイピアをかわしたのだ。


 俺は混乱した。


 何が起きた? 考えろ。

 そうだ! 神が言っていた。俺に近いものは動いて、遠ざかると止まる。

 だから、俺から遠ざかったレイピアの切っ先はんだ!


 しかし、と俺は気づく。

 これでは動けないオーガを一方的に斬りつけることはできない。


 あれ? 駄目じゃん!

 いやいやいや、まてまて。


 昔読んだ漫画では、時が止まっている間に複数のナイフを投げて、それが相手の目の前で止まり、そして時が動き出した直後に相手に刺さっていた。

 それと同じだ。

 オーガから見れば、一瞬のうちに目の前にレイピアの切っ先が出現し、それが通常の刺突と同じ速度で迫ったのだ。


 確かに、途中で魔法を止めたので、突きが浅くなってしまったが、それをかわせるオーガの反射神経が異常なのだ。


 そうか、だから、複数のナイフが必要になるのか。

 レイピア一本じゃあ、反射神経がいい相手にはかわされちゃうんだ。


 えーと、ナイフ、ナイフ。どこかにナイフの束はないか?

 って、あるわきゃねーだろ!


 立ち上がったオーガが、俺を見て笑っている。


 やばい、こいつ戦闘狂バトルジャンキーだ。

 かわすのがやっとの攻撃を受けて、むしろうれしそうに笑ってるぞ!

 あかんやつだ!


 俺は赤ん坊のころを思い出し、自分の中の魔力を意識する。

 あのころは魔力が尽きると、完全に回復するのに五分から十分くらいかかっていた。

 今は、半分まで魔力を使ってから十数秒で全体の六、七割まで回復している気がする。


 そうか、魔力の回復速度は体内魔力に比例する、ってこういうことか!


 問題は、どうやってオーガに攻撃を当てるかだ。

 要は、レイピアが止まる位置を、もっと相手に近づければいい。

 あと一歩、いや、半歩踏み込むだけでいい。


 目だ。目を狙おう!


 相手が止まっているのだから、狙うのは簡単だ。

 目にレイピアを刺せば、どう考えても剣先が脳に達して致命傷だ。


 俺はオーガと向き合い、慎重に間合いを詰めた。


 時を止めるのが少しでも遅れれば、逆にこっちがやられる。

 時を止めるのが早すぎると──


 あれ?

 今の魔力でも三秒くらいは時を止められるぞ?

 とっとと時を止めて、三秒以内に間合いを詰めて攻撃すれば良くないか?


 俺がすぐにでも時間を止めるべきだと気づいた瞬間、オーガが俺に飛びかかってきた。


 俺は慌てて時間を止めた。

 反射的に、オーガの目を狙ってレイピアを繰り出す。


 しかし、オーガは左の手を顔の前に掲げていた。

 まるで、最初から俺の狙いを読んでいたかのようだ。

 レイピアの切っ先がオーガの手のひらを貫く。


 その直後、止まっているはずの時間の中で、オーガはレイピアごと手を握り込み、そのまま上にレイピアの刃を逸らした。


 うそだろ!

 なんで、止まった時間の中で動けるんだ?

 こいつも時を止める能力者だとでもいうのか!


 オーガの右手がゆっくりと、そして徐々に速度を増して俺に迫る。


 オーガの顔が笑っている。

 その顔がどんどん近づいてきて、ゆっくりと表情が変化する。


 そうだ! 俺に近いものは動き、俺から離れたものは止まる!

 んだ!

 今、オーガは俺の近くにいる!

 俺とに!!


 頭が真っ白になり、体が動かなくなる。

 静止した時の中で、俺の時間だけが過ぎてゆく。


 魔力が尽きた。


 縮んていたレイピアが伸び、しかし、俺の手とオーガの手の間で伸びきれず、へし折れた。

 その衝撃で、俺は吹き飛ばされ、尻もちをつく。


 それが幸いした。


 直前まで俺がいた場所をオーガの右手が風を切って通過する。

 あれをくらっていたら、肋骨ろっこつくらい簡単に折れていただろう。


 だが、危機が去ったわけじゃない。

 オーガが俺を見下ろしている。

 その顔に先ほどまでの愉悦ゆえつはない。もう、俺を強敵と見なしていない証だ。

 今の俺は、ただの獲物だ。


 俺は本当の意味で絶望した。


 何が『時を止める能力』だよ! 何が最強だよ!


 俺はなんで迷宮なんかに入ったんだ? 子爵家嫡男として、のんびりと生きていくはずじゃなかったのか?

 俺の目的はスローライフだったはずじゃないか!

 それがなんで、オーガに殺されようとしている?


 何を間違ったんだ? どこから間違っていたんだ?


 くそ、もう嫌だ。何が異世界転生だ! 何が剣と魔法の世界だ!

 帰りたい。ああ、俺を元の世界に帰してくれ! 

 ファンタジーも無双も、小説の中だけで充分だ!


 のそり、とオーガが俺に近づいて来る。

 死が、すぐそこまで迫っていた。


──パシッ


 突然、オーガが左手を振って、空中で何かを掴み取った。

 そして左手を開き、苦悶くもんの表情を浮かべる。


「ギ、ギガガッ」


「ちっ。よりによって血で濡れた手で掴むかよ」


 見れば、アルバが何かを投げた姿勢で呟いていた。


 アルバがちらりと俺の顔を見て、笑う。


「さて、『後は任せろ。ここからは俺のターンだ!』、だっけか?」


 あふれてくる涙で視界が歪んだ。

 けれど希望が確かにそこにいた。


 主人公という名の希望が。

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