16.クズ勇者に出会った件

 度重たびかさなる失敗の中で、俺の心は疲弊ひへいしていった。


 言語翻訳も、鑑定も、マジックボックスも、ステータス表示もなしで転生させられたのは、あのマッチョ神にだまされた結果なのではとすら疑い始めていた。


 一体いつから、転生させてくれる神が邪神でないと錯覚していた?


 あの神は一生に一度だけ願いを叶えてくれると言ってたけど、それもきっと罠に違いない!


 そこで俺は、自分が不遇系の主人公なのではないかと思い至った。


 魔力も筋力も持たない俺は、現状最弱の存在である。

 つまり、後は最強へ至るしか道はないのである。

 それが必然である。それが『ざまぁ』である。


 逆転の目はどこにある?

 勇者パーティーからの追放か? ダンジョン最深部への廃棄か?


 いずれにしろ、手がかりは冒険者ギルドにありそうだ。




 スタークの街に出て、冒険者ギルドについて情報収集していた俺は、気になるうわさを聞きつけた。


「【鷹の目】って、例のハーレムパーティーだろ? あそこはベッピンぞろいだよなぁ。男の名前はアルバだっけ? あの、幻惑系魔術がやけにうまいって噂の……」


 頭の中で閃光せんこうが走った。


(幻惑系魔術だって!? 間違いない! そいつは『クズ勇者』だ!)


 クズ勇者──それは勇者パーティーの女性メンバーを【魅了】で寝取り、最終的には主人公に『ざまぁ』される存在だ。


 過去、いくつもの国が【魅了】の魔術によって滅んでいる。幻惑系魔術は貴族にとっては禁忌だ。

 魔術についての知識は幼児期で止まっている俺だが、子爵家嫡男として歴史の勉強はちゃんとしたのだ。


「アルバがどんな奴かって? ええと、いつもマスクをして、目の周りを黒く塗ってて、ぱっと見、不気味というか、胡散うさん臭いというか、そんな奴だよなぁ」


 話に聞くアルバの風体は、どう考えても女にモテるようには思えない。

 俺は、そいつが【魅了】で女性を虜にしているのだと確信した。


 俺は冒険者ギルドへと急いだ。そのときの俺は興奮状態だった。




「見つけたぞ、【鷹の目】のアルバ! 貴様に決闘を申し込む!」


 冒険者ギルドでアルバを見つけた俺は、ろくすっぽ考えもせずに決闘を申し込んでいた。


 しかし、アルバは俺を無視した。


 冗談じゃないぞ。敵役に無視されたら、俺がモブキャラみたいじゃないか。

 なんとしても、こいつと敵対関係にならなきゃ、俺が主人公の物語が始まらない!


 普段なら絶対に使わない『無礼討ち』なんて言葉まで持ち出し、生まれて初めて抜き身のレイピアを人に向けた。

 内心どきどきだった。


 そこに【鷹の目】の女性陣が現れた。

 街でおおよその人相を聞き出していたため、ひと目で彼女たちだと分かった。


 彼女たちは俺の予想以上だった!


 黒マントを羽織ったツリ目の美人は、きっとツンデレに違いない。

 神官服の女性は、見るからにおっとり癒やし系だ。

 赤毛が印象的な鎧のお姉さんは『くっころ』か?

 目つきの鋭い彼女は、おそらく無口なクール系だろう。


 うん、間違いない!


 テンションの上がった俺は、あらためてアルバに決闘を申し込んだ。


 そこで、驚愕の事実が判明した。

 なんとアルバは戦闘職ではなかった。


 敵を探す? 罠を見つける? 鍵を開ける? それって盗賊の仕事じゃないの?

 斥候職? 聞いたことないぞ?


 俺は混乱したが、アルバと斥候職で勝負することにした。


 相手の専門分野で勝てば、その鼻をへし折れるだろう。

 もともと相手に有利な条件なので、負けてもさして悔しくはない。

 それに、俺が不遇系の主人公なのだとしたら、一度はアルバに負ける必要がある。そこからの逆転こそが大事なのだ。


 そして、決闘についてギルド支部長のガットロウと話しているとき、俺は天啓を受けた。


【眠り姫の迷宮】!


 迷宮の最深部に眠る美少女!

 メインヒロインキタコレ! 間違いない。


 ついに正規ルートに入ったのだと確信した俺は、早速【眠り姫の迷宮】にいどむことにした。




 まずは事前に迷宮について調べてみた。

 俺は抜かりない男なのだ。やっぱ、攻略本は必須ひっすだ。


 迷宮にまつわる文献は驚くほど少なかったが、情報をかき集めた結果、大変なことに気づいた。


 なんだこれ? ファンタジー小説に出てくるモンスターそっくりじゃないか!


 この世界のモンスターは引きこもり体質らしく、迷宮の外に出てこない。そのため、どんな魔物が存在するのか一般には知られていなかった。

 今まで気づけなかったのも無理はない。


 そして、過去に多くの領主が兵士を使って迷宮を攻略しようとして、ことごとく失敗したという逸話もあった。


 迷宮にしかいないモンスター。

 多数の兵士でも敵わないモンスターを少数で倒せる冒険者。

 ならず者に毛が生えた程度の冒険者が、なぜそんなに強いのか。


 答えはひとつ! 経験値だ!


 モンスターを倒すことで得られる経験値。

 この世界で経験値を得られるのは迷宮を攻略している冒険者だけだ。

 そして、この世界にはステータスを確認する方法がない。

 つまり、冒険者だけが経験値を得てレベルアップしているにもかかわらず、ステータスを確認できないために誰もそれに気づいていない!


 俺は一人で小躍りした。


 レベルアップ時にはHPとMPが全回復するものと相場が決まっている。

 つまり、レベルアップさえすれば俺の魔力も回復し、俺は【時を止める】ことができる最強の魔法使いに返り咲ける!


 俺の中で、最弱から最強へ至る道筋ができ上がった。


 後は実行に移すだけだ。




 父の部下から特に腕の立つ四人を選び、俺は意気揚々と迷宮攻略にいどんだ。


 しかも、冒険者ギルド支部長のガットロウまで同行してくれた。

 彼は元冒険者で、いくつもの迷宮を攻略したと聞く。


 これはあれだな、突っ立ったままで雑魚モンスターに攻撃されても、傷ひとつ付かないくらいの高レベルなんじゃないか?


 四人の精鋭に加え、高レベル冒険者。彼らがいる限り、万が一にも危険はない。

 俺の中から恐怖心が吹っ飛んでいった。


 しかし、現実は俺が考えるよりも過酷だった。


 あの、最弱モンスターの一角を占めるゴブリンですら超怖かった。


 なにあれ。

 すばしこいし、弓矢は使うし、刃物は振り回すわで、とんでもないぞ!?

 木の棒で倒せるくらいじゃないとバランス悪いだろ?


 とりあえず、自力でゴブリンを倒すことは諦めた。


 だが、経験値がパーティーで山分けなのか、止めを刺した者に入るのかが分からない。

 念のため、兵士たちに指示を出す。


「ゴブリンには無理に止めを刺さずともよい。死にかけのゴブリンがいたら、我輩自らが止めを刺す」


 途中、何匹かゴブリンに止めを刺したが、レイピア越しに伝わる感触が気持ち悪く、吐きそうになった。

 これもレベルアップのためだと我慢した。


 低レベルだと必要な経験値は少ないはずなのだが、なかなかレベルアップはしなかった。

 ステータスは確認できないが、俺の場合は魔力が回復するはずなので、すぐにレベルアップを実感できるはずだ。




 迷宮を歩いている途中、よそ見をしていた俺は、壁の不自然な突起を押してしまった。


 一瞬で意識が途切れ、目を覚ますと床に寝かされていた。


「サバレン様! はあ、良かったぁ……。ご無事で何よりです」


 兵士たちが俺を囲んであおい顔をしていた。

 俺が死んでしまうんじゃないかと思ったらしい。


 どうやら俺は罠を起動してしまい、壁から放たれた毒矢に一瞬で意識を刈り取られたらしい。

 ガットロウが持っていた最上級の魔法薬で一命を取り留めたそうだ。


 ポーションだ。

 そうか、やっぱりそういうのも、この世界にはあったんだ。


 ガットロウの話では、魔法薬は時折迷宮の宝箱から手に入るそうだ。


 怪我、毒、病気、何にでも効くが、あまりにも未知の物質すぎて、売り物にできないらしい。

 かの悪名高き魔法使いが作ったものだ。最悪、飲んだ人間が魔物化しても不思議じゃない。


 今のところ、冒険者が自分で見つけたものを自己責任で使うだけらしい。一種の臨床試験なのだとか。

 過去、副作用が出た事例は数件程度だそうだ。


 ……いや、むしろ人体実験だろ、それ。


 話の最後に、ガットロウがニヤリと笑って付け加えた。


「国としても原則使用禁止なのですが、時折、貴族の使いと思しき方がギルドに買い付けに来ます。まあ、公然の秘密というやつです。今回のことは特例ということで、他言無用に願いますよ」


 この騒動の後、兵士たちは迷宮攻略の中止を求めてきた。


「御身に何かあれば、子爵様が悲しまれます。何卒、お聞き届けください」


 俺自身は気絶していたので、自分がどんな状態だったのか知る由もなく、兵士たちの心配がピンとこない。


「実際、吾輩は無傷で済んだのだから何の問題もない。迷宮攻略は続ける。クルスターク家の名誉にかけて、決闘の放棄などできぬ。死んだ方がまだ名誉が守れるというものだ」


 心配する皆の顔を見ていると心が痛んだが、目的達成のために心を鬼にした。


 俺はなんとしても迷宮攻略を続けなければならない。

 そう、魔力回復とヒロイン確保のために!




 この直後から、それまで順調に進んでいた迷宮攻略の雲行きが怪しくなってきた。


 おそらく俺に怪我をさせまいと兵士たちが神経質になり、気疲れを起こしたのだ。

 皆の集中力が急速に低下してゆくのが、俺にすら分かった。


 そして、中層階を進んでいる途中でついに最悪の事態に直面した。


「しまっ、ぐわ!」


 前衛兵と魔術兵の連携が乱れ、虚を突かれた前衛兵の一人が敵の一撃を受けて昏倒こんとうした。


「サバレン様を守れ!」「くっ! 腕が……」


 敵に囲まれる形となったもう一人の前衛兵も傷つき倒れ、後衛の魔術兵も殺到した敵に腕を負傷させられた。

 本来なら魔術兵を守るべき弓兵は、俺を守るために動けなかった。


「やらせるかよ!」


 直後にガットロウが前に出て、あっと言う間に敵を蹴散らした。

 彼がいなかったら、俺たちは全滅していただろう。


 前衛兵の二人は重傷だった。


「サバレン様、私が加勢した時点で、決闘は判定負けです。よろしいですね?」


 実際のところ、俺は勝ち負けにはこだわっていない。

 むしろ、不遇系主人公である俺が、クズ勇者であるアルバにいったん敗北することは、充分に想定済みだ。


 俺は決闘の敗北を受け入れた。


「【大広間】に向かいます。戻るにしろ【転移の魔法陣】を使ったほうが早い。【鷹の目】と合流できれば、恩寵での治療も受けられます」


 俺にはよく分からなかったが、ガットロウの目には【鷹の目】の進んだ痕跡こんせきが見えているらしい。

 それ以降は、すでに事切れた魔物の死骸を横目に、罠に目印が付けられた道を進んだ。

 荷物の重さを除けば、拍子抜けするほど楽な行程だった。


 俺たちは苦もなく【鷹の目】に追いつき、怪我をした兵士たちも神官の治療を受けることができた。




 その日は【大広間】で野営した。


 体の芯から染み出してくる疲れにまどろみながら、俺はどうすれば迷宮の最深部までたどり着けるかだけを考えていた。


 翌朝、俺たちは【転移の魔法陣】で迷宮の入口まで帰ることなった。


 魔法陣が重量過多で動かなかった場合、ガットロウは迷宮の最深部まで【鷹の目】に同行するそうだ。


 俺の欲しかった答えが、目の前にぶら下がっていた。


 俺は、魔法陣が発動する瞬間を狙い、ガットロウが迷宮攻略用に用意していた荷物を奪って魔法陣を出た。


【大広間】には、俺と【鷹の目】の面々だけが残った。


 俺とガットロウの役割が入れ替わっただけだ。何も問題はない。

 これで俺は、迷宮最深部まで行ける。


 目的達成まで、もう少しだ。

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